12 素肌

「どうしたの、その恰好」

 目をそらしながら慎司は尋ねた。

「雨が降っているから」

 少し掠れたような声で穂の香は答えた。

 雨で浴衣が濡れてしまう、だから着ていない、そう言いたいのだろうか。もしかすると、傘は慎司が使っている一本しかないのかもしれない。

 だとしても、ずいぶん大胆なことをする。慎司にすべてを見られてしまうではないか。いや、それこそが狙いなのか。やはりあの家の女たちは何かおかしい。

 その時慎司は違和感を覚えた。雨の中に立っているのに、穂の香は少しも濡れていない。艶やかに長い黒髪はさらりと風に揺れているし、雨粒は滑らかな若い肌の上にとどまらずにすり抜けていくように見えた。

「帰りましょう」

 穂の香に促されて慎司は歩き始めた。家は思いがけないほどに近かった。彩乃が出迎えた。彼女も全裸だった。

 退屈でしたら、と一番奥の部屋に案内された。大きな本棚があった。かなりの冊数だ。最も古い本は、和紙を束ねただけの筆書きだった。比較的新しいものも、最新刊とは言えない時代を示していた。慎司は読み終わった自分の本を棚の隅に追加した。

 それ以来、慎司は食事と風呂以外の時間は、毎日本を読みふけった。もともと読書は好きだったので、苦にはならなかった。

 雨は降り続いた。いつになったらやむのだろう。それも気になるが、森で出会った男のことが頭から離れなかった。

 死にかけてこの家から逃げだした? そんな危険は感じない。京花というのは、いつか見かけた床に伏した女性のことだろうか。逃れるとか捕まるとはどういうことなのか。何かを強制された覚えはない。自由にさせてもらっている。

 魅惑的な二人の女は、ずっと素肌のすべてを慎司の目に晒したままで過ごしている。女のかげりも隠そうとはしない。元々、そういう生活をしていたのだろうか。蒸し暑い気候だ。母娘二人だけでいるのなら、ありうるだろう。

 あるいは、こちらはいつでも準備ができています、というメッセージにも思えた。しかし、見慣れたことで、むしろ心が乱れなくなってきた。そう感じ始めた時に、それは起こった。

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