9 第三の女

 慎司と共に朝食を囲む彩乃と穂の香は、夕べよりも少し着崩れた感じになっていた。深い谷間の覗く胸元や浴衣の割れ目からちらりと垣間見える白い太ももが艶めかしい。

 二人の女はどちらも魅力的に思えた。彩乃はしっとりと熟れた女盛りで、穂の香には青い艶が芽吹いている。その両方からきわどい接待を受けている。誘惑されているのだろうか。なんのために? 女だけで暮らす家に男が入り込んだ。自然な反応と見ることもできるかもしれないが、あまりにも性急過ぎる。時間に追われているかのようだ。

 雨はまだ降り続いている。ただちに帰路につくことはできそうになかった。でも、早急に確認しておきたいことがあった。

「地図はありますか」

「ええ、古いものですが」

 彩乃から変色の進んだ和紙を渡された。週刊誌の見開きくらいのサイズだ。地形らしきものが墨で描かれているが、見方がよく分からなかった。

「この村は、だいたいどの辺りにあるんですか」

 彩乃は戸惑った様子を見せた。

「すみません、地理には弱いんです。それに、ここから出たことがないので、場所を示す目印になるようなものを知りません」

 村から出たことがないというのか。退屈しないのだろうか。いや、都会のような刺激を知らずに育てば、なんの疑問も抱かないのかもしれない。そうやって一生を終えて死んでいく。だからといって、そのせいの価値が軽いなどとは思わない。くだらないことに神経をすり減らして塵芥のように終える人生こそ、憂うべきではないか。

「この近くに他の家はありますか」

「近く、の考え方によると思いますが、ありますよ」

「歩いて行ける範囲ですか」

「どうでしょう。慣れない方には難しいかもしれません」

 かなり距離を置いてぽつりぽつりと民家が建っている。そんな広々とした村のようだ。

 朝食のあと部屋に戻る途中で、少しだけ開いている障子を見つけた。なんとはなしに中を見た。女性が一人、床に就いていた。

 病気なのだろうか、精気のない顔をしている。白くなった部分の多い髪はほつれ、肌の皺が深い。五十歳にも八十歳にも見えた。

 目が合ったような気がした。だがその瞳は何も見ていないと感じられた。おそらく、穂の香の祖母だろう。挨拶をしようかとも考えたが、慎司は静かにその場を離れた。彩乃はこの家で穂の香と二人で暮らしていると言っていた。存在を知られたくない人物なのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る