夢の中の推しに会えたなら
昼月キオリ
夢の中の推しに会えたなら
第一話 夢の中で
杏之助"時折、夢に出てくる女がいた"
「うぅ・・・・」
杏之助"そなたはいつも泣いているな
どうして泣いている?
どうにかしてやりたいと思うが、声をかけても届かない
触れようとしても触れられない
辺りを見渡せば見たことのない建物や衣服、人間で溢れていた
きっと遠い世界にいる人なのだろう"
殿「杏之助、そろそろ嫁をもらったらどうだ?」
杏之助「いえ、俺は好いた者しか嫁にしないと決めていますから」
影人(かげひと・侍)「殿、いまだに杏之助は夢の中の女にしか興味がないのですよ」
光邦(みつくに・侍)「全く、もう4年も同じことを言ってるというのに」
殿「杏之助、夢の中の女もいいが
その女は夢の中にしか存在しないのだろう?」
杏之助「はい、ですがいつか会えるような気がしているのです」
殿「やれやれ、お前ほどの男ならば候補者はいくらでもいるだろうに」
杏之助「お気持ちだけ受け取ります」
影人「やはりな」
光邦「やれやれ」
殿「杏之助は相変わらず頑固だなぁ」
第二話 桜の木の下で
「別れよう」
その言葉を聞いた瞬間、何かが音を立てて崩れていった。
神楽"また重いって言われちゃった
人を好きになると周りが見えなくなってその人しか見えなくなる
私に向いてないんだろうなぁ・・・恋も生きることも・・・"
よりによって桜の季節に振られるなんて。
神楽「ああ、このまま死んじゃいたい・・・」
あてもなく彷徨い続けた私がたどり着いた場所は山の中にある神社。
桜が満開だった。
私は木の下にしゃがみ込んで泣いた。
しばらくして泣き疲れた私はそのまま目を閉じた。
「おい、大丈夫か?息はしているな」
神楽"あ、ヤバい、私寝ちゃってた?誰かが声をかけてくれてる
起きないと・・・"
「良かった、目が覚めたか」
そこには侍のような格好をした男性が立っていた。
神楽「は、はい、あの、すみません、・・・」
「やはり、夢の中の・・・」
神楽「え?」
「いや、気にしないでくれ」
神楽「あの、何かの撮影ですか?」
「?さつえいとは何だ?」
神楽「カメラで動画を撮る・・・」
「かめら??」
神楽「あの・・・今の時代って平成ですよね?」
「いや、今は天正だ」
神楽「・・・」
「そなた名は?」
神楽「水月神楽です」
「そうか、俺は大城杏之助だ、単刀直入に聞く
神楽はこの時代の人間ではないのだな?」
神楽「え、どうしてそれを・・・」
杏之助「驚かないで聞いて欲しい、俺は夢の中で神楽を何度も見ている」
神楽「えぇ!?」
杏之助「その夢の中に出てくるものは、みなこの時代のものではなかった
最初は異国の人間かとも思ったが」
神楽「そうだったんですね・・・」
杏之助「神楽はどのようにしてここへ来たのだ?」
神楽「わ、私は・・・」
杏之助「無理にとは言わないが、そなたのことをもっと知りたい
聞かせて欲しい」
私は自殺未遂の末にここに来たことを杏之助に話した。
神楽「私、人を好きになるとその人しか見えなくなってしまうみたいで・・・」
神楽"この時代人にこんな話したらそんな事で死のうとするなんてって怒られるかもしれないな"
けれど杏之助の表情はまるで気持ちに寄り添ってくれているかのように優しかった。
杏之助「そうか、それは辛かったな」
神楽「え?」
杏之助「突然、違う時代に飛ばされ、心の傷も癒えていない今は辛いだろうが
どうか死ぬのは待って欲しい
こうして会えたのも何かの縁だ
この乱世ではいつ命を落とすか分からない
だからどうか俺のそばにいてほしい
そうでなければ守ることもできない」
神楽「それはとても心強いですけど、いいんですか?・・・」
杏之助「もちろんだ、夢の中ではどうすることもできなかったが
会えた今はそなたの力になれるだろう」
神楽「はい・・・ありがとうございます・・」
神楽"なんて力強い言葉なんだろう
あーやばい、こんな優しい言葉をかけてもらえるなんて思ってなかったから泣きそう"
杏之助「神楽、辛い時は泣いていいんだ
俺のことなら気にしなくていい」
神楽「うっ、うわあぁん!」
杏之助は泣いているそっと神楽を抱き締めた。
杏之助さんは何も言わずに私が泣き止むのを待ってくれた。
第三話 料理上手なお侍さん
神楽「ぐぅ〜、!」
杏之助「はは、腹の虫は素直だな」
神楽「す、すみません」
杏之助「腹が減るのは健康な証だ、よし、ひとまず俺の家に来るといい
今日はご馳走を作ろう」
神楽「え、杏之助さんは料理するんですか?」
杏之助「うむ、料理は好きでな、戦がある時は作れないから毎日ではないが」
神楽「いやいや、料理できるなんて凄いですよ!」
杏之助「ありがとう」
神楽「あ、あと、服すみません・・・涙で濡れてしまいましたね」
杏之助「なーに気にするな、時期に乾く」
出されたご飯は湯気が立っていてだしの優しい香りがふわりと鼻をくすぐった。
神楽「頂きます・・パクッ、わ!美味しい!美味しいです杏之助さん!」
杏之助「そうか、うまいか!それは良かった」
神楽"何かこの人尊いな・・・これは推しになりそう"
神楽「杏之助さんは料理の天才です!」
杏之助「それは大袈裟だなぁ」
神楽「そんなことないです!」
杏之助"先程までの暗い表情が明るくなったな
本当に良かった"
神楽「あ、あの、私の顔、何か付いてますか?」
杏之助「いや、付いていない
やっと笑った顔が見れた、と思ってな」
神楽「え///」
杏之助「神楽は笑顔がよく似合う」
神楽「あ、ありがとうございます///」
神楽"ひぇー殺し文句だよ!"
杏之助"神楽は表情がころころと変わってなんとも可愛いらしい"
第四話 乱世を生きる男
神楽"杏之助さんは乱世を生き抜く人
杏之助さんと出会って初めて戦から戻って来た時、
体に染み付いた血が匂いが怖かった、
誰かを守る為に戦った証だと分かっていても受け入れられなくて・・・"
杏之助「神楽、俺が怖いか?」
神楽「それは・・・」
杏之助「正直に言ってくれ」
神楽「怖いです、血の跡も匂いも・・・」
杏之助「そうか、戦さのない平和な時代から来たんだ
そう思うのは当然のことだろう
俺を嫌いになってしまったか?」
神楽はふるふると首を横に振る。
神楽「嫌いになんてなるはずがないです・・・」
杏之助「そうか、それを聞いて安心した
これは俺からの頼みだ
どんなに怖がってもいい、だが、俺を嫌いにはならないで欲しい
神楽に嫌われるのは想像しただけで身を裂かれるより痛くて苦しい」
神楽"そうだよ、杏之助さんだって本当は人を殺したくないんだ
私はこの人の背負っている痛みの半分も分からない
だからこそ杏之助さんに寄り添える心が欲しい
強さが欲しい
目を逸らしたくない
そう思うのは他でもないあなただから"
神楽「杏之助さん約束します、私はあなたを嫌いになったりしません絶対に」
杏之助「そうか、ありがとう」
神楽"いつもの笑顔とは違う優しい優しい笑顔を見て私はこう思った
ああ、なんて愛おしい人なんだろうと"
10年前。
杏之助「殿、何故、人を殺めなければならないのですか」
殿「殺さなければ自分が殺される、家族、友人、恋人が殺されるからだ
それは嫌だろう?」
杏之助「はい・・・」
殿「俺だってなるべく犠牲者は出したくない
だがそうしなければ自分自身も大切な人達も守れないんだ」
第五話 私にできること
殿「しかし、まさか本当に夢の中の女が現れる日が来るとはな」
影人「俺もまだ信じられませんが、このような奇妙な格好は見たことがありません」
光邦「俺も見たことがない」
殿「俺も杏之助の夢の話を聞いていなければ信じることはできなかったかもしれん
だが4年もの間、杏之助は言い続けてきたのだ
信じる他ないだろう」
神楽「あの、私はここにいていいんでしょうか?素性も知らない人を城に入れるなんて・・・」
殿「はっはっは、神楽は随分と気が弱いな
問題ない、それよりも平成の話を聞かせてくれ」
神楽「は、はい」
神楽"あんまり細かいことは気にしなくていいってことなのかな
他の人もけろっとしてるし・・・"
30分後。
殿「なるほど、平成の話、なかなかに面白い
また聞かせてくれ」
神楽「はい、あの、お殿様一ついいでしょうか?」
殿「何だ?」
神楽「私は、この時代のことは分からないことが多いです
ですがこんな私でも何か役に立ちたいのです
私にできることはありませんか?」
杏之助「俺は家でのんびりしていてもよいと言ったのですが・・それでは落ち着かないと本人が言うんです」
殿「ふむ、それならば雑用にはなってしまうが仕事内容は難しくない
任せてもいいかな?」
神楽「はい!ありがとうございます」
殿「俺も神楽に何かさせる気はなかったがせっかくの申し出
断る理由もないだろう
なぁ杏之助?」
杏之助「はい・・・」
殿「負に落ちない顔だな?」
杏之助「いえ、そんな事は」
殿「ようやく夢の中の女に会えたのだ
独占したい気持ちが先走るのは仕方ないが今は辛抱だな」
杏之助「と、殿!」
殿「ははは、若い若い!、神楽、杏之助は頑固ではあるが誠実で明るい男だ
安心しなさい」
神楽「は、はい、ありがとうございます」
殿「住む場所もこのまま杏之助の元で構わんだろう
しかし杏之助、羽目を外し過ぎないようにな」
杏之助「殿、あまり俺をからかわないで下さい・・・」
神楽"杏之助さんって意外と照れ屋さんなのかな?可愛い"
第六話 戦国で生きる決意
桜の季節。
私は杏之助さんと一番最初に出会った場所へ来ていた。
何となく互いに今ならタイムスリップできるような気がしていたから。
杏之助さんは両親に挨拶がしたいと申し出てくれたのだ。
そしてその日、私と杏之助さんは二人でタイムスリップをした。
杏之助さんと共に両親のいる実家へ行くことに。
令和の時代に来ても、杏之助さんは動揺した様子は見えなかった。
夢の中で何度も見ていたからだとは言っていたけれど・・・。
私たちは戦国時代で生きることを両親に伝えた。
両親は少し時間が欲しいと言われ、一晩待つことに。
父親「だって戦国時代だぞ?あの子が生きていけるとは到底思えない」
母親「でも、杏之助さんが一緒なら・・・それにあの子が生きたいって言うなんて初めてじゃない」
父親「それはそうだが・・・」
母親「またきっと会えるわよ」
父親「うん、そうだな、あんな幸せそうな娘の顔、初めて見たよ」
次の日。
母親「行ってきなさい」
神楽「お母さん・・・」
母親「杏之助さん、この子、人一倍手のかかる子だけどよろしくね」
杏之助「神楽は命に換えても必ず守ります」
母親「あなたもよ?二人で必ず生き延びてちょうだいね」
杏之助「神楽の母上、ありがとうございます
二人で最期まで生き抜くと約束します」
母親「行ってらっしゃい」
父親「体には気をつけるんだぞ!」
神楽「うん、行ってきます」
杏之助「行ってきます」
こうして二人は戦国時代へと戻った。
第七話 似たもの同士
神楽「私、重いからあなたの負担になりませんか?」
杏之助「俺は他の人よりも腕力がある
神楽がどれだけ重くなろうと持ち上げられる自信がある!」
神楽「いえ、あの、物理的な意味でなく・・・ふふ、でも確かに
杏之助さんならどんな重いものでも軽々持ち上げられそうな気がします」
杏之助「ああ、任せてくれ!」
杏之助「神楽、寒くはないか?薪を少し足してこよう」
神楽「あの、杏之助さん、あんまり甘やかされると困るんですが・・・」
杏之助「どうしてだ?」
神楽「このままだと私、ダメな人間になってしまいます」
杏之助「うむ?なっていないだろう?」
神楽「いや、これからなってしまうかもと・・・」
杏之助「神楽の言うダメな人間と言うのはどう言う意味のダメなんだ?」
神楽「あなたがいないと生きていけなくなってしまいますと言う意味です」
杏之助「俺はそうなってくれても構わない
戦で死ぬ気もしていないしな」
神楽「凄い自信ですね」
杏之助「俺は運だけはある
というか俺はすでに神楽がいないと生きていけないんだがな」
神楽「・・・私も重いって言われますけど
杏之助様も結構重いですよね」
杏之助「なら神楽とお揃いだな!」(ペッカー)
満面の笑み。
神楽「う、嬉しそうですね・・・ま、眩しい・・」
杏之助「神楽とお揃いならば嬉しくて当然だろう?」
神楽「それは、ありがとうございます??」
杏之助「はは、何故、神楽が礼を言うんだ?」
神楽「な、何となくですかね」
杏之助「そうかそうか、何となくか!はっはっは!」
神楽「不思議ですね」
杏之助「うん?何が不思議なんだ?」
神楽「最初は戦国時代で私みたいな弱い人間が生きていくなんて無理だと思ってたんですけど
杏之助さんと一緒なら無敵な気がします」
杏之助「無敵か、確かにそうだな!それに俺は神楽を弱いとは思わないぞ?」
神楽「え?」
杏之助「強さとはなにも戦う力だけが強さではない
神楽は周りの力になりたいと声を上げてくれた
俺のそばにいることを決意してくれた
それだけで充分強い人間だ」
神楽「杏之助さん・・・ありがとうございます、そんな風に言ってくれたのは杏之助さんだけです」
杏之助「そうか、俺だけか・・・神楽、今日はご馳走を作る、楽しみにしていてくれ」
神楽「え、どうして急にご馳走を?」
杏之助「細かいことは気にするな!」
神楽「あれ、杏之助さん耳赤いですよ?」
杏之助はその言葉を聞いて両手で耳を塞いだ。
神楽「照れてる杏之助さんも可愛いです」
杏之助「最近、神楽は容赦ないな」
神楽「そうですか?」
最終話 春うらら
神楽「あの、杏之助さんは側室は取らないんですか?」
杏之助「取ってほしいのか?」
神楽「う・・それは、できるなら取って欲しくはないですけど
この時代の人は取るものだと聞いてたので」
杏之助「ああ、皆はそう言うな」(あっけらかん)
神楽「私もこの時代で生きる決意をした身ですから
これからこの時代の文化や考え方を受け入れていった方がいいかと思ったんです」
杏之助「側室は無理に取るものではないだろう
この乱世ではいつ命を落とすか分からない
それなら俺はその貴重な時間を大切な人と過ごしたい
ただそれだけなんだ」
神楽「杏之助さん・・・私も同じ気持ちです」
杏之助「共に生きよう、最期まで」
杏之助は手を出した。
神楽「はい」
神楽は差し出された手に自分の手をそっと重ねた。
その温もりが心地良い。
二人、手と手を繋いで帰り道を歩く。
あなたは死にたかった日々を生きたいと望む日々に変えてくれた人。
時を越えた先で私は日向ぼっこのような恋をした。
風が吹くと薄紅色の桜の花びらが二人を包み込むように舞っていた。
優しい優しいあなと同じ暖かい季節に。
夢の中の推しに会えたなら 昼月キオリ @bluepiece221b
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます