ダンスバトル開幕

藤泉都理

ダンスバトル開幕




「もう、だめ。私。もう、緊張して。もう眠る事ができない、」


 天下無双のダンサーは誰だ、との題目の下に、本選へと挑まんとする吉良心きらもとは真っ青にさせた顔を両の手で覆った。

 ぷにぷにふにふに。

 緊張を和らげようと、ぬいぐるみの秋田犬の肉球を触っていたのだが、まるで効果がなかった。ギンギラギンに目が冴えまくっている。眠れる気がしなかった。

 愛用の布団は今、写真撮影が行われている。

 いや、布団はすでに布団ではない。ダンサーだ。睡眠をもたらしてくれる存在ではない。甘えてはいけない。


「眠らないといけないと思うと余計に眠れない。どうしたらいいの?」

「安心しろ。吉良心」

「マネージャー。どうして?」


 かつて吉良心のマネージャーをしていた殿後でんごだった。

 吉良心に触発された殿後は自らもダンサーを目指してアメリカに旅立ったはずであった。


「もう一人前のダンサーになったの?」

「いいや。私はダンサーになるという夢を諦めて、もう一つの夢を追う事にした」

「もう一つの夢?」

「ああ。吉良心。あなたの睡眠導入剤になる事だ」


 吉良心は目を見開いては、そっぽを向いた。


「いいえ。必要ない。私は一人で眠れるわ」

「眠れていないじゃないか?」

「これから眠るのよ。だから邪魔なの。早く出て行って。ダンサーになる夢を追いなさいよ」

「いいや。出て行かない。私は君を寝かせる。眠らないと天下無双のダンサーになれないあなたの為に、アメリカを渡り歩きあらゆる睡眠方法を会得してきた」

「………ばかなことを、」

「あなたこそ、本当は私に行ってほしくないのに、笑顔で私を見送っただろう」

「………本当に。いいの? ダンス。好きなんでしょ?」

「ああ。布団の座を奪いたかったが。私にはこちらが適任だ」


 両腕を大きく広げた殿後の胸に吉良心は思い切り飛び込んだ。


「ばかな人」

「ああ」

「っふ。ばかなやつらだ」

「「布団」」


 吉良心は殿後から勢いよく離れた。


「そろそろ出番だ。殿後に寝かせてもらえよ」

「布団。私を軽蔑しない? 一人で眠れないって」

「するわけないだろ。ばかなやつだな」


 布団は背中を向けてステージで待っていると言っては、殿後を睨みつけた。

 殿後も布団を睨んでは、激しい火花が散ったのであった。











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ダンスバトル開幕 藤泉都理 @fujitori

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