イルカショー
巡李 渇流(めぐり かわる)
第1話
静まり返った部屋で目を閉じる
今夜もまた頭の中で一日の出来事がループする
詰め放題のようにぎゅうぎゅうにされた電車
やっと着いた会社では上司に理不尽なことで説教をくらい、終わらない業務に加えて、会社の付き合いの飲み
息をつくまもなく過ぎ去った一日にサヨナラをする
窓から入る秋風は心地よい具合にカーテンを揺らし私の体を撫でた
明日は土曜日。もうかれこれ2年半付き合っている彼氏と水族館へ行く予定だ
水族館なんてもうこの歳になって行くことはないんだろうと思っていた
そういえば付き合った日のデートでイルカのショーを見たことを思い出した
その日は肌を刺すような暑さで、汗をかいた手が彼に不快感を与えないか心配していた
出会ってから3回目のデート。未だにぎこちないのはお互いの気持ちに気づいていたからだ
この水族館で目玉のイルカショーは、土曜日ということもあり親子連れやカップルで満席だった
仕方なく立見席で見ることにしたがそれがまた良かった
ショーが始まると観客は中央で芸を披露するイルカ達に夢中になった
私たちがいた立見席はぎゅうぎゅうで後ろの方へと追いやられほとんど見えず、イルカの鳴き声と歓声だけが聞こえた
それをいいことに彼は私を後ろから抱きしめ告白した
その時の彼の言葉は歓声に紛れほとんど聞こえなかったのが事実だ
ため息をついて目を開ける
あの頃の彼を好きだと会う気持ちは、もうとうにどこかへ消えてしまった
きっと彼もそうだろう
マンネリには付き合った時出かけた場所に行くのがいいとよく聞くが、マンネリを拗らせてしまった私たちにはそれも効くことはないだろうと思う
お互い社会人になってから会うことも無くなり、彼も私も連絡をしなくなった
それでも付き合っていられたのは親同士が仲良くなってしまったが故にだ
お互いの両親からは結婚の話もよく出ていて、そのくらいには信頼仕切った関係なのだろう
時計を見ると午前4時を回っている
約束の時間は午前11時だ
これから寝れば5時間は眠れるだろう
そんなことを思いつつ目を閉じた
翌朝、あの日とおなじ青色のワンピースを着て待ち合わせ場所の駅へ行く
秋だがまだまだ夏のような暑さが続くので、夏服でも容易に過ごせる
駅に着くとロータリーで彼の車が待っていた
付き合い当初から乗っている黒の軽自動車だ
車に乗り、彼とお互いの服を見合った
なんと彼もあの日の服装だったからだ
お互いの気持ちが重なっているような感覚に落ちて、少し頬が赤らんだ
たわいもない会話をして30分車を走らせると思い出の水族館へ着いた
今日もあの日とおなじ土曜日、だけど前と違うのは人が少ない事
なぜなら2年前のウィルス蔓延に伴いほとんどの人が自粛しているからだ
車を降りてチケットを買い目玉のイルカショーへと足を進める
彼は私の手を引かない
私も汗をかいた手をにぎられる心配もしていなかった
イルカショーの観客もあの日のようには騒がない
空いた座席に腰掛け、中央のプールでイルカがあの日と同じ芸をする
まるで違う景色に息が詰まる
彼との時間は好きだった
でも、もう彼の顔や声を聞いても愛おしいとは思わない
あの日のような彼の温もりもいつの間にか求めなくなった
お互いに成長したのだろうか
そんなことを考えながら、青空の下でイルカ達がボールを投げあっているのを眺めた
ショーが終わると誰もいなくなり、私たち二人だけになった
彼は何も言わずただプールを見て、私は自分の履いてきたスニーカーの汚れを見ていたのだった
イルカショー 巡李 渇流(めぐり かわる) @meguri_kawaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます