レベッカ

昼月キオリ

レベッカ

〜前置き〜

あれはまだ夏の暑さが残る日の事だった。

放課後のチャイムが鳴った後。

教室の窓が夕陽で赤くなるのを頬杖をついて見ていた俺に

「おい佐々木あの子どうだった?」

そう話しかけてきたのは同じクラスの友達の八坂だ。

「別にどうもしねーよ」と返した。

あの子とは街でナンパして1日だけ遊んだ女の事。

「モテるくせに相変わらずだなぁお前は」

「そう言う八坂はどーなんだよ?」

「いやーそれが全然!!」

「だろーな」

「ひでーなぁ(笑)」


どうだっていいんだ狙ってる女は他にいるから。

気が向いた時しか連絡もして来ない妙に大人びてガキ扱いしてくるそんな女。




〜惚れてる女〜

「次いつ会える?」

俺がベッドに寝転びながらそう聞くと

「さぁいつかしら」と笑みを浮かべながら君は答えた。

いつもそうだ。そうやって頷くわけでも拒絶する訳でもなくただただ曖昧に答える。

君といる時間は楽しい。でも、いつも心のどこかに隙間がある。

それなのに君は俺の心を捉えて離さない。

「佐々木君は"彼女"作らないの?」

何でそんな意地悪言うんだよ。俺の気持ち分かってるくせに。

「そんなのどうだっていいよ」

窓の外は雨が降り始めていた。

「佐々木君って窓の外見るの好きなのね」

「何でそう思うの?」

「自覚ないのね、佐々木君が窓の外を見てる時、表現が柔らかくなるのよ」

「自分じゃ分からないよ」

「そうね、自分の事は自分が一番分からないものなのよ」

君はたまに核心をついてくる。

しばらく沈黙が続いた後

「ねぇ奏さんは卒業したらどうするの?」

ずっと気になっていた事を聞いた。

奏さんは別の高校で1つ歳上だ。

「引っ越すつもり」

その瞬間、俺の顔が引きつった。

「何でどこに」

「佐々木君落ち着いて」

落ち着いてなんかいられるかよ。何で君はそんなに平然としていられるんだよ。

「私ね、大学に行きたいの」

でも行きたい大学遠いからここからじゃ通えないのよ」

嫌な予感がした。

「それはさよならが近いって事?」

「そうね、でも私も寂しいのよ佐々木君に会えなくなるの」

嘘つき。

「だったら時間作って会えばいいじゃん」

「こう言うのはね別れのタイミングってやつなのよ」

君がやりたい事あるならいくらでも応援するし支えるのに。何でだよ。

俺はそれ以上何も言えなかった。

窓の外はいつの間にか雨が激しくなっていた。




〜Rain〜

雨が弱まった頃

奏さんの家を出た俺は1人で傘をさしながら歩いていた。

"卒業まではここにいるから"

帰り際に奏さんが言った言葉が頭の中にこだまする。

卒業までは関係を続けるけどその後はねって意味だろ。

分かってたよ俺の存在なんて君にとってはそんなものだって。

この雨いつまで降るんだよ。俺雨嫌いなんだよ。

雨の日はいつも別れが来るんだ。

ふと顔を上げると喫茶店が見えた。

そこには窓際の席で1人で飲み物を飲んでいる女がいた。

隣のクラスの木之本だ。

大人しくて喋らない学校でも目立たない印象な女だ。

雨の日に1人で何してんだ。何でそんなに嬉しそうなんだ?

それが余計に俺を苛立たせた。

帰り道に俺は喧嘩した。殴られた頬は不思議と痛みは感じなかった。




〜佐々木と八坂〜

キーンコーンカーンコーン

昼休みの鐘が鳴った。

「何かご機嫌ななめ?」と八坂が聞いてきた。

「別に」

あーこりゃ佐々木やばいな。誰かこいつを癒してやってよ。俺か?いや無言のまま睨まれそうだやめとこう。もう今日1日話しかけない方がなんて思ってた時

「なぁ八坂」

「ん?」

意外にも先に口を開いたのは佐々木だった。

「女って分かんねー」

「ははは、俺はお前の方が分かんねーけどな」

「そんな俺って自分の事分かってねーのかな」

「上手く言えないけどお前の場合もちょい肩の力抜いてもいいんじゃねーか?」

考えた事もなかった。

「肩の力ねぇ」

俺ってそんな肩肘張って生きてたか?」

ふとそんな事を思った。




〜気まぐれなだけ〜

気付けば放課後。

あんなに降っていた雨が止んで雲の間から光が差していた。

相変わらず俺は奏さんの顔ばかり思い浮かべては窓の外を見ていた。

八坂は俺に気を遣ってか先に帰った。

教室には俺だけになった。帰ろうと扉を開けた瞬間

隣の教室から出てきた彼女と目があった。

「あ...」と彼女はビックリした様子で顔を真っ赤にしながら顔をそらした。

すぐにその場を去ろうとした彼女を引き止めた。

彼女は呼び止められるなんて想像もしていなかっただろう。

一瞬何を言われたのか分からなかったようできょとんとした表情をしていた。

木之本が俺を好きなのは知っていた。ほんの気まぐれ。

「なぁ」

俺は彼女を誘惑した。

彼女は驚きと嬉しさいっぱいといった様子で笑みを浮かべた。




〜佐々木君とデート〜

佐々木君から誘われた。嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。でもきっと彼は本気じゃない。分かるもの。

それでもいい。わずかな時間でも佐々木君と会えるなら。

"次の休みどこか行かない?"

ベッドに横になりながら

彼の表情を声を思い浮かべながらそのまま目を瞑った。


今日は約束の日

待ち合わせは1時。15分前に着いた。

彼は来てくれるだろうか。

その数分後彼がこちらへ向かって歩いて来るのが見えた。

やっぱ佐々木君はカッコいいなぁ...。

「待った?」

「ううん、今来たところ」

「行こうか」

「うん」

彼が連れて行ってくれた喫茶店は女の子が喜びそうな店内だった。




〜心の隙間〜

佐々木君はきっと何かと葛藤しているんだろう。

それが何かは分からない。

でもほんの少しでも彼の気晴らしになってくれたなら嬉しい。

「そう言えばさ」

「何?」

「雨の日に1人で喫茶店にいた事あったよね」

「え、いつ?見られてたんだ恥ずかしい〜」

「その時、木之本さん1人だし雨なのに嬉しそうにしてたんだよね、何で?」

「うーん何て言ったらいいんだろう、雨の音好きなんだよね

店内に流れてくる音楽と雨の音が重なって聞こえるの好きで癒されるんだぁ」

そんな事考えた事もなかった。だって雨が降るとろくな事ないし憂鬱で・・・

俺が持ってない感情をこの子は持ってるんだ。


彼女は決して何で私を誘ってくれたの?とは聞いて来なかった。

真っ先に聞かれると思っていたのに。

沈黙の時間が何もない時間が悪くないと感じたのは初めてかもしれない。

その後も奏さんと会いながら木之本とも時々会うようになった。

いつもこうやって心の隙間に誰かを当てはめてた。

奏さんとの間にできるこの心の隙間に。




〜夕日の幻影?〜

「ねぇ佐々木君好きな子でもできた?」

部屋に来て紅茶を飲んでいる俺に

奏さんがまた意地悪な質問をしてきた。

「俺は奏さんが好きだって」

「あら、自覚ないの?ある特定の子から連絡来てる時だけあなたの表情柔らかくなってるのよ

窓の外を見ている時みたいにね」

何だよそれ分かんないよ。分かりたくもねーよ。

奏さんのその言葉の意味が分かったのはもう少し後の事だった。

日が落ち始めてオレンジ色の光がカーテンの隙間から見えた。

一瞬、ほんの一瞬。少しうつむき加減でコーヒーを飲む奏さんの顔が木之本の顔に見えて消えた。

俺は紅茶をおかわりした。




〜木之本の笑顔〜

木之本とは何度目かのデート

いつも同じような場所

特別面白い会話をしてる訳でもない

なのにいつも俺と一緒にいると嬉しそうに笑う。

退屈しないのか?

そう言えば俺も木之本といる時間が退屈に感じた事はなかった。


「なぁいつも似たような場所で退屈しないのか?」

「佐々木君は退屈なの?」

「いや退屈じゃないけど」

「なら良かった、わたしはどこへ行くか何をするかよりも誰といるかだと思ってる」

「木之本って付き合った男嫌いになる事あんの?」

「ん〜どうだろ、でも相手がこっちを好きだから好きになる訳でも相手がこっちを嫌いだから好きにならない訳でもないんだよね

傷付けられたから嫌いになれる訳でもないし

傷付かない相手だから好きになれる訳でもない

ごめん何言ってんだろね(笑)」

「いや、なんとなく分かるよ」

「そ?なら良かった!」

下向き加減にニコリと彼女は笑った。


あの日奏さんの部屋で一瞬見えた木之本の表情と同じだった。




番外編 〜自覚した瞬間〜

「木之本さんが貧血で倒れてあすわ病院に運ばれたそうだがもう問題ないと」

先生が話してるのを八坂は聞いた。



「佐々木!木之本さん倒れて病院にいるんだってよ」

「え」

「なんかヤバいんだってぇ」チラッ

「八坂、あと頼むわ」

「はーい、あ、あすわ病院な〜」

あいつあれで自覚ないのか。いつも今みたいに素直にいけば楽なのにさ。


「おい、八坂、佐々木はどうした?」

「何かもう先生に言える余裕がないくらい腹痛いとかで帰りましたよー」

グッジョブ俺!


佐々木君。

佐々木君。

佐々木君。


あいつが俺を呼ぶ声が表情が頭の中に鮮明に浮かんでは消える。

クソ!こんなになるまで気付かなかったのか俺は。


無事でいてくれ。


ガラッ

病室のドアを開ける前に深呼吸してできる限り静かに開けた。

「あら、お友達?」

そこには木之本の両親がいた。

「あ、はい、あの様子は・・・」

「貧血で倒れたんだけど、もう大丈夫よ

今日は学校もう終わり?」

「いえ・・・」

母親の方が察したのか

「あなた、ちょっと飲み物買いに行きましょう」

目で何かを訴える。

「え、ああ」

ガラガラ、ピシャン。


木之本の寝顔、初めて見た。

顔色あんま良くねーな。


「ん・・・あれ、佐々木君?何で」

「そんなのどうだっていいよ」

佐々木君なんか怒ってる・・・?

「もう無茶すんなって」

あれ、なんかこれって・・・

「佐々木君、もしかして泣いてる?」

「うるせぇ、こっち見んな

お前が・・・死んじまうかと思ったんだぞ」

私の為に泣いてくれてるの?


「佐々木君佐々木君」

「なんだよ」

「手繋いでもいい?」

佐々木君は顔を逸らした状態で手だけ差し出した。

ぎゅっ。


「佐々木君、大好きだよ」

「知ってるよ」


手は繋いだまま。佐々木君はそっぽを向いたまま。

窓の外を見ていた。そこから見える木に小鳥が2羽止まっていた。

葉っぱの隙間から太陽の光がキラキラと煌めいていて少し眩しかったけれど

そんな事が嬉しく感じたんだ。

手を繋いでるところだけ別の世界みたいで

帰るまで手を繋いでいてくれた佐々木君はきっと優しい人だ。




〜キスに近い時間〜

放課後、教室で連れと話してる時だった。

「なぁなぁ佐々木って木之本とどうゆう関係なんだよ?」

ニヤニヤしながらクラスメイトが聞いてきた。

「別にどうもしねーよ」

「こないだ街中で一緒にいんの見た奴がいてさ〜八坂も気になんじゃん?」

「まぁ気にはなってだけどさ」

八坂がちらっとこちらを見る。

「ちょっと遊んでみただけ」

「遊びか〜だよなぁお前モテっからわざわざ木之本なんて選ばないか〜」

それを聞いた八坂は少しムッとしている。

「まぁそんなとこ」

佐々木ってほんと不器用なんだよなぁ・・・もちょっと素直になればいいのにさ。ん?


気付かなかった。木之本がすぐ近くに来ていた事に。

「おい佐々木」

少し焦った口調で八坂が俺の名前を呼んだ。

「何・・・木之本いたのか」

さすがに気まづそうなクラスメイト

「お前ら先帰ってて」

「お、おう!じゃあまたな!」

八坂も何も言わずその場を後にした。

教室から出て行くパタパタと足音が小さくなっていくのを確認した後。

「さっきの聞いてた?」

「うん、何か変なタイミングで来ちゃったね、ごめんね」

何でこの状況で木之本が謝るんだよ。

「私知ってたよ

佐々木君が私の事好きじゃないのも

なんとなくだけど他に好きな人がいる事も」

知ってた?最初から?

「え、じゃあ何で」

「分からない?佐々木君が好きだから

どんな理由でもそばにいてくれた事が嬉しかった」

何でそんなに真っ直ぐいられるんだよ。

「でも、それも今日で終わりだね」

終わり?そうだ、このまま俺が何も言わなければ終わる。それなのに。

その場を去ろうとしたその腕を引っ張った。

木之本は振り向かなかないままだったが相当動揺してるのが背中越しに伝わってきた。

もしかしたら泣いてるのかもしれない。

「俺はいつかこうなるって頭のどこかで分かってた

そうなった時、傷付けるだけ傷付けた木之本に何も言わずにサヨナラするって思ってた」

「・・・」

「なのに手離せねーよ」

まだ木之本は振り返ろうとはしない。

「こっち向けよ」

その言葉を聞いてようやく彼女は振り向いた。涙が頬の上を幾度となく伝っていく。

俺は木之本を強く抱き寄せた。しばらくして木之本は泣き止んだ。

キスをしようと一度体を離す。

触れ合う唇の手前。まるで俺の方が誘惑されているかのような感覚に陥った。

彼女の目はただただ真っ直ぐ怖いくらいに俺を見つめた。




〜衝動〜

その瞬間、俺の中の血が騒いだ。

彼女の両腕を掴み壁越しにキスをした。

今までだって何度もしてるはずなのに余裕なんてどこかに吹っ飛んだ。

まるで初めてとでも言いたげなくらいに。

「ん・・・」

かすかに漏れる彼女の吐息。


佐々木君がこんな性急なキスするなんて。私にはそうなってはくれないものだと思ってた。嬉しい。


俺はそのまま誰もいない教室で彼女を抱いた。

名字で名前を呼ぼうとする彼女に

「名前呼んでよ」

「せいやく・・」

そう呼ばれた直後、腰の動きを早めた。

「あぁっ!」

彼女はすぐに果て俺もそのすぐ後に果てた。

少しして落ち着いた俺は

「これからは俺も名前で呼ぶよ」

すると彼女は嬉しそうに笑った。

「うん!」

心の隙間なんてどこにあったのか分からないくらいに暖かくて優しい時間が流れた。




〜鈍感〜

喫茶店で八坂と話をしていた。

「佐々木最近いい顔になったな

何っつったらいいのか、表情が柔らかくなったって言うか」

「そうか?」

「木之本さん大事にしろよ?俺はああゆうタイプ割と嫌いじゃないぜ

っと睨むなって(笑)」

睨んだつもりはないが。

カランと入口の鐘が鳴った。

八坂が小声で「あれ木之本さんじゃね?」

振り返ると木之本が友達と喋りながら椅子に座った。

「ねぇねぇ、小春ちゃんって佐々木君と付き合ってるの?」

俺はピクッとした。


佐々木ってたまに面白いよなぁ。意外と。頬杖をつきながらそんな事を考えていると。


「まさかぁ!そんなんじゃないよ〜!佐々木君は私に付き合ってくれてるだけだもん」

ピクリピクリと反応をする俺を横目に八坂は必死に笑いを堪えている。


しばらくして木之本とその友達は店を出た。

「佐々木ぃまーそうカッカすんなって!」

「うっせーな、お前何か面白がってねーか?」

「やだなぁそんな訳ないじゃないの〜」

ポンポンっとむくれてる俺の肩を叩く。

「まぁさ、俺たちも外出ようぜ!ゲーセンでも行こうよ」

久しぶりだなゲーセン。

「あぁ」

佐々木の奴怒って帰っちまうかと思っだけどやっぱちょっと変わったな。


ゲーセンに向かっていく途中。友達と解散して1人で歩いている木之本を見かけた。

何やら男に話しかけられている。

「あのさ木之本さんって彼氏いるの?」

木之本と同じクラスの奴だ。

あ、佐々木これはプッツンしたな。

「いないよ!好きな人はいるけど・・・片想いなんだ」

「じゃあ俺と・・・って、え!?」

俺は我慢の限界で駆け寄り木之本の肩を抱き寄せた。

「こいつ俺のだから」

「え!?星夜君?何でここに」

俺は無視して腕を引いて歩いた。八坂はたぶん気をきかして早急に帰っていった。

わりーな八坂。でももう我慢ならんわ。

星夜君飛んで来てくれたの?汗かいてる。ひょっとしてヤキモチ妬いてくれたのかな?なんて。

人がいない所まで来ると。

「どうゆうつもりだよ」

「え、何が」

「喫茶店で」

「え、星夜君もいたの?」

「付き合ってもらってるとか片想いだとか

お前、俺に遊んでもらってると思ってんだろ」

「え、違うの?」

彼女はキョトンとした表情だ。ほんとにそう思ってたんだな。


「そんな訳ねーだろ

言っとくけど、俺お前の事手放す気ねーからな」

クソ、こんな事言う柄じゃねーのに。

「それって...星夜君の彼女になれたって喜んでいいって事?」

「うん」

彼女は満面の笑みで

「そっか、えへめっちゃ嬉しい!」

「!」

俺は赤面した顔を見られないように

「行くぞ!」と手を繋いでそのまま歩き出した。

「え、どこに?」

「喫茶店!」




〜新しい居場所〜

「ん〜このチョコレートパフェ美味しー!」

おかしい。あれから3か月、気付けば週に1回は木之本とデートしている。

奏さんともこの3か月の間会っていない。今までこんな事なかった。

何気なく彼女をじっと見ていると

「どしたの?どっか具合悪い?」

と心配そうにこちらを覗き込んできた。

「いや、何でもないよ

この後どこ行こうか」

最近、星夜君毎週のようにデートに誘ってくれるなぁ。いつまでこうしていられるのかな。1秒でも長く一緒にいられるといいな。

「んーあ!そうだこの前ね植物園ができたんだ!小さいらしいんだけど

見に行ってもいい?この近くなんだ!」

「あぁ、行こうか」

歩いていると前から声がした。

「あら?佐々木君?」

聞き覚えのある声。

都合の悪いものを見ないようにしてきたツケが回ってきたのだ。

「奏さん・・」

あ、星夜君の好きな人ってこの人だ。直感で分かった。

「あの、私やっぱり帰るね!」

グイッと腕を引っ張られた。

「待てよ、まだこれからだろ」

彼女は俯いたまま赤面している。

「そうよ、デートはこれからですもの

私の方こそ邪魔してごめんなさいね」

「あ、いえ・・・」

奏さんはすぐに姿を消した。

「何で帰ろうとした?」

俯いたままの彼女に問う。

「だって好きな人には勝てないから」

その言葉の重みを知らない訳じゃない。

こいつは妙に感がいいな。


「確かにあの人の事は好きだったよ、でも今は違う」

「今は誰が好きなの?」

「お前・・・これ以上言わせるなよ」

「だって星夜君、いつも言葉にしてくれないんだもん」

「好きって、言わなきゃ分かんねぇ?」

「!!」

う、ズルいよ。そんな目で見るなんて。星夜君それは破壊力あり過ぎ。こんなんでまともに好きなんて言われたら・・・。

「何だよ、まだ足りねぇ?」

「いえ、充分です・・・///」

「ん、じゃあ植物園行くぞ」

「うん!」

植物園に向かう途中でこんな事を考えていた。

今度彼女に花束プレゼントしよう。




〜fin〜

待ち合わせの時間より少し早い時間。

花束を持って君を待つ。

少し離れた距離から笑顔でこっちへ向かって走って来る君を

いつまでも見ていたかったけれど。

「お待たせ!」

バサッと花束を君に渡す。

「え、私に?」

「他に誰がいんの」

花束を抱きしめて泣いている君。

「おいおい、そんなに抱きしめたら花潰れちまうだろ」

だってだってだって、星夜君が花束を渡す人はきっとあの人だけで。

私には縁のないものだと思ってたんだよ。

こんなに幸せな日が来るなんて思わなかったんだよ。


俺は頬を人差し指で掻きながら少し照れくさそうに返事をした。

「おう」


雨は嫌いなはずだった。

でも明日雨が降っても君と喫茶店に行こう。

店内に流れる音楽と雨音の合奏を聴きながら

窓から見える景色を眺めて

冷たい紅茶に入った氷をストローで揺らして

たまに君と目が合って

そんな日はきっともうすぐやって来る。






番外編〜冷たい視線〜

植物園の帰り道。

「花可愛かったなぁ!癒されたし」

俺はお前ばっか見てたけどな。なんてぜってー言わねー。

全然タイプじゃなかったはずなのに。

何で俺はこいつの事好きになったんだろ。

「おい」

急にドスのきいた声に呼び止められた。

「お前佐々木だな?」

「そうだけど」

「チッ女連れかよ、俺の彼女が先週お前に手出されて汚れちまったから別れててって泣いて言って来たんだけど

何してくれてんだよ」

「知らねーよ、何かの間違いだろ」

「俺の彼女が嘘付いたって言うのかよ?!」

「いや、知らねーけど

第一俺は少なくともこの3か月はこいつ以外と会ってねーんだ」

「え!?そうなの?」

「何でお前が驚くんだよ・・・」

「あ、いやだってほら星夜君カッコ良くてモテるだろうから

色んなコと遊んでるのかと」

「お前、俺を何だと」

そう言いかけたところで胸ぐらをその男に掴まれた。

「痴話喧嘩は俺の話が終わってからにしな」

話?胸ぐら掴んでる奴のセリフかよ。

やべ、こいつ結構力あんな。

「手離して」

殺気を含んだ声。

「あ"?」

バシッと俺の胸ぐらを掴んでいた手をいとも簡単に振り払った。

「聞こえなかった?手離せって言ったんだけど」

そこには今まで見たことがない表情で相手を睨む彼女の姿があった。

「このあま!」

一瞬何が起きたのか分からなかった。

ほんの数秒後、その男は地面に蹲った。それでやっと何が起きたのか理解したのだ。

その様を彼女は見下すように見ていた。

「こ、はる?」


後に聞いた話によると

俺に絡んできた男の彼女が俺の事が好きになり

別れたいが為に嘘をついたと聞かされた時は

何とも言えない気持ちになった。




番外編〜誘惑のカクテル〜

「え、空手?」

どうりで無駄のない動きで相手を制圧した訳だ。

信じられないこの華奢な身体のどこにあんな力があるんだ。

「つか何でまた格闘技?女の子だったら他にも沢山あるだろ?」

「んー護身術?的な」

それにと付け加えた。

「役に立ったでしょ?」

ニコッと笑う彼女。

「あぁ・・・」

はは、世界で一番敵に回したくねー奴。


「なぁ俺がお前が嫌がる事したらどうする?空手でぶっ飛ばす?」

「えー星夜君にされて嫌な事なんてないけどな」

「んな事言ってると後悔すんぞ」

彼女はじゃあと小さく口角を上げながらこう言った。

「後悔させてみて」

またあの時と同じ目。

まるで誘惑してるこっちが誘惑されているような気分になる。

そうまるで女性を酔わせようとして逆に酔い潰れてしまったかのよう。

甘くて飲みやすいのに度数が強くて気を抜いたら酔いそうなそんなカクテル。

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レベッカ 昼月キオリ @bluepiece221b

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