第一幕 煌めけ六等星

第1話 ギスギス新学期


 アレジメント専門学校、『ガルテン』。アレジメントを目指す上で最も王道、近道であり、茨の道とも言える厳しい学校。基本的に入学は推薦されたものしか受け入れておらず、始まりから狭き門のその世界に、俺は今足を踏み入れている。


「(ここが、ガルテン…!やっぱり美形が多いな…)」


 こっそり周囲を見回して、入学式が行われる講堂内のキラキラしさを改めて確認する。どこを見ても美形、美形、美形。系統の違う美形がたくさんいる。可愛い系から王道的なイケメン、たまに獣人も。

 視界の端に見える自分の黄色髪を指で弄りつつ。個性豊か、自我がはっきりと出ている、そんな印象を残す多様な姿形の同級生を認識して、ちょっと気持ちが沈む。


 俺は、ここでやっていけるのだろうか。


 入学式が始まり、先生たちの有難い話を聞かされても、俺の頭の中は『近い将来への不安』でいっぱいだ。

 この不安感の原因は、遡ること昨年の夏。俺、エトワールが進路のあれこれに悩み、駆けずり回っていた頃にまで戻る。



「え、推薦無し…ですか?」

「決まってるでしょう。第三教室ならまだしも、第六からなんて恥ずかしくて出せないわ。ガルテンに行きたいなら、自力でなんとかすることね」

 

 ガルテンという学校には『推薦制度』というものがある。『入学推薦』と『授業推薦』の二つ。内容はともかく、とりあえずこの『入学推薦』と『授業推薦』はほとんどの場合併せて使用されるもの、ということを覚えていてほしい。

 先に言ったようにガルテンは基本推薦入学しか受け付けていないので、この二つは入学に必須と言える。

 

 話は少し横道に行き、俺のこと。

 俺が通うバレエ教室は「ホシスクール」という、大陸中に教室がある大手のスクールで。第一教室から第八教室まであり、七と八の教室は幼児向け。それ以外は星の明るさに準えて明確なランク分けがされていた。

 第一教室は一等星、第二教室は二等星…などなど。

 当然、第一教室の一等星が一番明るく、一番レベルが高い。第六教室の六等星が一番暗くて、一番レベルが低い。

 俺は、そんな第六教室の生徒だった。期待値は無に等しく、とてもじゃないが名門ガルテンへの推薦なんて貰えたもんじゃない。それでもなんとか頼み込んで、頼み込んで頼み込んで、やっと貰えたのが

 

 

『入学推薦』だけだった。

 

 

 俺の両親は人間が割と出来た人たちで、裕福さも手助けしてやりたいことはなんでもやらせてくれるタイプ。でも、続けるには結果が必要。俺が今までやって来たバレエは『習い事』だったから何も言われなかったけど、それを仕事にしていくとなれば話は別だ。

 ガルテンに通い、アレジメントになりたくば、入学・授業推薦を勝ち取ってくること。

 それが両親との約束だった。

 俺の家は比較的裕福だ。ガルテンの学費も払えはするだろう。しかし、両親との約束を半分しか守れなかった今回。あの人たちが二、三学期の学費をそのまま払ってくれるとは思えない。

 やると言ったらやるのが両親なのだ。思えないというより、絶対払ってくれない。

 何が言いたいのかと言えば、俺が安心してガルテンに通えるのは『一学期の間だけ』。それ以降は、何か行動を起こさなければ在籍さえも出来ないだろう。


「(いや〜…入学推薦貰えたは良いけどさ…これ要は、入学推薦しかもらえなかったクズだよ〜って笑われてこいと言うことでは…?)」


 今更気づいた推薦の真意(暫定)に表情筋が死んでいくのを自覚する。ここにいる同級生たちは皆、俺より優秀な人たちばっかりで…気を抜けば置いていかれるどころか、スタートラインすら遅れているのに。

 こんな感じでやっていけるのだろうか…。


「在校生代表の言葉」

「!」


 どんどん気分が落ち込んでいくのを実感しながら目線も少し落としていると、声が聞こえた。通りの良い、はっきり芯がある声。壇上を見上げると、そこには


「新入生諸君!まずは入学おめでとう」


 赤い長髪が美しい、金色の瞳の男子生徒。


「君たちが積み重ねてきた努力の月日が、まずはガルテンという組織に認められたこと。胸を張れ!」

「っ、ぅお…」


 マイクからそれとなく距離があるのに、声量がとんでもなく多く感じる。思わず座りながら、後ずさるように少しのけ反った。椅子がキシ、と小さく音を立てる。

 声量もすごいけど、存在感というか、オーラもすごいな。自分を見ろとでも言わんばかりだ。筋肉もしっかりついてるし…フィオーレって感じでは無いから、アルベロかな。先輩であろうその人が喋っている間、圧倒的なオーラから目線が外せずとも思考は勝手に色々考え出す。


「改めて、ガルテンへようこそ新入生諸君。君たちがここで花を咲かせ、根を深く伸ばせるよう、先に立つものとして祈る。入学おめでとう。…以上在校生代表の言葉!代表、第三学年アルベロ専攻、レナセール」


 そうこう考えている間に在校生からの言葉が終わった。先輩である生徒さんは予想通り、男役のアルベロのようだ。周りの、おそらくフィオーレを目指している新入生たちが、ほぅ、と憧れるようなため息をついている。

 まぁ確かに、生粋のフィオーレだったらああ言う、ザ・大木みたいな芯のあるかっこいい人に惹かれるのかな。


「(いや、もしかしたら有名な人なのかも…くそ〜第六教室だとなんの情報も流れて来ないから不利だ…!)」


 バレエとか、アレジメント関係の資料は全部弟が独占しているし…!いろんなところに無理して入学した弊害が〜!


「(いや、でも。無理を承知で来たんだ)」


 ひとまず余計なことは考えないで、一学期が終わるまでに何かしらの結果を残さないと。

 俺の夢が始まらない…!



 ◇◆◇



 朝起きて、ストレッチをしながら頭を起こす。もう何年も続けているルーティン。朝食を食べて、出来るだけ反抗期入りたての弟と話したくないから、すぐに家を出る。

 午前七時から予鈴が鳴る八時十分までは、各学年の階にてレッスンルームが無料開放されているので、そこで昨日の授業のおさらい。同学年とはちょっと訳があって良い関係を築けていないから、ほんのり気まずい空気の中メニューをこなす。

 予鈴がなったらシャワーラムネ(食べるだけで体を清潔に出来る!が売り文句の少しの運動のお供。魔法菓子)を食べて急いで着替えて教室に行く。各階にレッスンルームがあって良かったと思うのは、毎度このチキチキレースの時だ。

 先生が入ってくる三秒前に席につき、ガルテンでの一日が始まる。


 入学して一ヶ月。新緑が心地よく、花の妖精に混じり水の妖精たちも活発になって、妖精手製のシャボン玉があちこちで見られるようになってきた頃。

 俺は授業に課題にアルバイトにと、さまざまなものに追われる日々を過ごしていた。

 授業が終われば急いでで学校近くのアルバイト先、住宅街に佇むパン屋さんに行き、少しでもお金を稼ぐ。これは来たる二学期、三学期に向けての貯えだ。

 家に帰れば課題を終わらせたあと、出来るだけ授業内容を思い出し、動きを体に覚えさせる。ガルテンの授業はどれもこれも質が高く、ついていくのがやっと。


「はぁ…しんど」


 もちろん体力的にも、さまざまな物に追われてるという思考になる精神的にも、少々しんどさはある。いや、授業はそれ以上に楽しさはあるんだけど…いかんせん。


「人間関係がなぁ…!」


 ガルテンに来るのは、当たり前に優秀で、本気でアレジメントになりたい人たち。向こうからしたら、アルバイトなんて時間を無駄にする行動、理解が出来ないだろう。

 だからなのか、俺は他の同級生から『得体の知れないもの』として一線を引かれている状態だ。二人一組を組むときに先生に組んでもらっているのが現状である。シンプルにつらい。心に来るものがある。


「いや、俺だってアルバイトなんてやりたくないよ…できればみんなと一緒に居残りしたいよぅ…」


 自室のベット、その片隅で膝を抱えてちょっといじける。


「…よし。少しアルバイトの日数減らそう」


 授業でも少しわからない動きが増えてきたところだ。自主練習の時間を増やそう。それがいい。もう一学期も半ばに差し掛かってる。何か…何か結果を出さないと。



 と思ってからすぐに行動に移せる行動力は、自分で言うのもなんだけど長所だと思う。まずはバイト先に連絡を入れて日数を減らしてもらい、次に先生に練習して良い場所を聞き出した。放課後に自主練をする許可を念の為取っておき、練習着に着替えていざ向かう。

 たった二つの行動といえばそうだけど、考えてから二日で環境を整えたのだ。誰か褒めてほしい。


「…ま、元の元は自分が招いた結果だからなぁ」


 俺が推薦を貰えていれば、どれもこれもいらなかった努力だ。たらればになるけど、やっぱり考えずにはいられない。いや本当に、俺がそもそも第六教室から進級出来ていれば…!


「…いや、うん。よし。練習しよう」


 暗い気分になった時には体を動かすに限る。今日の授業の復習もしたかったし、時間は有限だし、はやく始めよう。

 先生に教えてもらったのは一年生フロアの中庭付近にある、使用者が少ないレッスンルーム。部屋の規模が小さいから、大勢で踊る群舞が多い一年生たちは使うことが少ないというか、ほぼ無いそうだ。

 群舞の練習には大きなレッスンルームを使うし、ソロの役を貰うレベルの生徒は外部の劇団に呼ばれていたり、マンツーマンレッスンが多いからその講師の教室に呼ばれている、らしい。


 鏡張りの壁の前、バーに手を添え深呼吸。習って体に染み込んでいるバーレッスンからスタート。



 ◇◆◇



「………ん?」


 ズコ、と紙パックの中身が無いことを知らせてくれる音と共に、リボンタイがよく似合う少年は階下にあるレッスンルームを見る。

 ガルテン校舎二階。二年生のフロアにて、彼はストローを噛みながらしばらくそのレッスンルームを見ていた。少年の記憶のまま変化がなければ、中庭に面しているそこは、規模が小さくて群舞が多い一年生は使用者がほぼいないはずだ。


「…なかなか良い表情カオするじゃん」


 中庭側にある窓。そこから覗く黄色の髪。何かを口ずさみながら踊る姿は可憐で無邪気だ。


「ふぅん。良いもんみっけ…♪」


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