一分間の超ショートショート

落花らっか

『“あまいもの”』

 その町には妙な都市伝説があった。

“夜に南公園の前を通るとき、甘い物を持っていると襲われる”

 誰に襲われるのか、何に襲われるのか、誰もハッキリとは知らない。

 ただ、巷で囁かれる噂は妙にリアルで、夜の南公園を避ける子が多かった。

 ある日、俺は塾で帰りが遅くなった。

 時計はもう21時を回っていて、母親に「早く帰ってこい」とLINEで怒られたばかりだ。

 普段なら遠回りして帰るが、この日は疲れていたし、寒空の下で近道を選んだ。

 それが南公園の前を通るルートだった。

 都市伝説のことは頭にあった。

 怖いのは怖いが、「甘い物さえ持ってなきゃ平気」と自分に言い聞かせた。

 カバンを軽く確認してみたが、チョコもガムも入ってない。

 おやつに食べたドーナツは塾でしっかり平らげて、ゴミも捨ててきた。

 完璧だ。

 俺はコートの襟を立てて、足早に公園の前を歩き始めた。

 街灯が薄暗く照らす道。

 公園の木々が風に揺れて、時折カサカサと音を立てる。

 よし、誰もいない。

 遠くで犬が吠えた気がしたけど、それだけだ。

 「ほら、何も起きないじゃん」

 と内心笑いものだった。

 その時、視線の端で何かが動いた。

 急に背筋が寒くなった。

 おそるおそる目をやると、公園の茂みから黒い影がスッと立ち上がった。

 人間じゃない。

 獣でもない。

 輪郭が歪んで、まるで影そのものが蠢いてるみたいだ。

 そいつがこっちを向いた瞬間、甘い匂いが風に乗って鼻を刺した。

 俺の爪から漂う、ほのかな砂糖の匂い。

 おやつに食べたドーナツの砂糖、それが爪の中に残っていた。

「嘘だろ……」

 俺は金縛りにあったかのように、その場から動けなくなった。

 這い寄る都市伝説の主に絡みつかれながら、心のなかで深く後悔をした。

「ああ……、“つめが甘かった”」

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