「ずっと一緒にいようね、相棒」と誓ったのに……

二八 鯉市(にはち りいち)

だが、一つの事柄を学んだのだ

 今のマンションに引っ越してきて、色々な物を買いそろえた。

 実家での洗濯はほぼ母に任せていた。だから洗濯用洗剤やら漂白剤やら、何を買えばいいのか迷いながらも、そうやって一つ一つ買いそろえていくことがまるで新しい生活への儀式のようで楽しかった。


 だから私は、ドラッグストアで購入した洗濯用洗剤に向かって言ったのだ。

「これから新生活を共に歩んでいこうね、ずっと一緒に頑張ろうね」

と。


 だが、言葉とは。なんと脆いものなのだろう。


 新生活が始まって半年ほど経ったある日。

 「あれ、ん? あれ、ンン?」

洗剤の容器が、開かないのである。

「え、悪い忍者に糊付けされた?」

と思うほど、それは開かなかった。当時、奥歯の虫歯の治療があったため、

「やばい。力入れすぎると

という別の心配もあり、そんなこんなで格闘していると洗濯機くんが、

「そろそろ水出すで~」

とジャバーとやり始める。

 焦り。苛立ち。戸惑い。奥歯の痛み。格闘。

 どうにかこうにか蓋を外し、その回の洗濯は無事に終わったのだが。


 はたと気づく。

 洗剤の容器の蓋の方に、洗剤が固まっていることを。

「もしや」


 のか?

 否、違うか。

 か……。


 だが相棒よ、まだやり直せる。

 私は蓋にこびりついた洗剤をどうにか拭き取り、蓋を戻した。


 そして次の洗濯の日。

 蓋は。

 まだまだめっちゃ固かった。

「え、拭ったやん!?」

戸惑う私だが、半年分の凝固はもう、取り返しがつかないところまで来ていた。


 相棒との別れ。

 頭に過ぎるそれを、必死で振り払う。

 いやだ。だって、この容器を使い続けるからなんかエコなんじゃん!? ずっと一緒に暮らしていくって言ったじゃん! 相棒、なぁ相棒!


 だが時に、情けは生きていくうえで切り捨てなければならない。

 私は泣きながらドラッグストアに向かった。泣きながらというのは嘘だ。


 そして私は、新品の洗剤を買ってきた。

 物置の扉を開ける。

 いつもの通り、洗剤を並べる。


 左側に旧容器。右側に新容器。


 ……。

 気まずい。

 正直、気まずい。

「来月で退職ですよ」と言い渡した人の机の隣に、新入社員の机を置いた時ぐらい気まずい。


 それから旧・容器が空っぽになるまで、私は扉を開ける度に、「もうすぐ引退する旧容器の隣に後続として控える新容器」の光景を見ては、なんか妙に気まずくなって、そそくさと柔軟剤を取り出したりなどしていた。


 そして運命の日はやってきた。

 旧容器。新生活で初めて買った洗濯洗剤容器との別れの日である。

 名残惜しく最後の一滴まで使い切ってから、私は容器を捨てた。


 新しい日々が始まった。

 だが一つ、危惧があった。

「これでもし、次の容器も蓋が外しづらかったらどうしよう。あの旧容器のせいじゃなくて、例えば冬になって気温とか湿度が変わったせいだったらどうしよう。だったら私は、無駄な買い物をしただけじゃなく、無実のアイツを捨てたことに」


 きゅるきゅるきゅる、すぽん。


 蓋は。

 

 であった。


 戸惑いと発見を繰り返しながら生きることを、生活と呼ぶのだろう。

 実家を離れ、新しい生活を始めて色々な事を学んでいる。生きるため、生活する為に必要な知識や経験の数々だ。


 私は今回、一つの事を学んだ。


 洗濯洗剤の容器は、どうやら一生の相棒にはならないらしい。



<完>

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