ラストダンスーそれではお休みなさい

ろくろわ

バッテリーは10%

 都心から離れた郊外の薄暗い倉庫。此処は廃棄されるロボット達が集められる最後の場所。その中で1体のアシスタントロボット。通称アシボと呼ばれていたその個体の電源が入ったのは全くの偶然だった。

 倉庫内にアシボの起動音が静かに響き、アシボは自己確認プログラムによって今の状態を確認した。

 残バッテリーは10%。随分劣化しており活動可能時間は20分が良いところであった。メモリーの多くも破損しており、再起動前のものは殆ど残っていない。だが、幸いなことに周囲を見回すセンターカメラや関節を動かすモーターと潤滑油は正常に働き、動くことに問題はなさそうだった。

 アシボは自身の状態を確認すると周囲を見回した。倉庫内にアシボと同型の機体はなく、他には数100台の愛玩ロボットのイヌボが耳を垂れ下げお尻を地に降ろして座っている。お手伝いロボットのソルト君は目を見開いたまま、こうべを垂れ、その役目を終えていた。

 アシボのテクノロジーはかつてロボット業界で他社の追随を許さない天下無双を誇っていた。最新のテクノロジーによって2足歩行を可能とし、家庭のお手伝いから災害救助に至るまで様々な用途で使用できるだけのポテンシャルを秘めていた。だが、アシボがその役割を果たす事は無かった。これも全てはアシボの御披露目会に問題があった。技術者はその性能を見せるために、発表の場でアシボにダンスを踊らせたのた。膝を曲げ、独特のリズムにあわせて機体を動かすその姿に、技術者の思惑通り人々は歓喜した。その後も色んなイベントに呼ばれそのダンスを披露した。唯一、技術者の想定外であったのは人々が『アシボ=ダンスロボット』と認知してしまった事だった。アシボは本来の役割を与えられることはなく、いつしかダンスにも飽きられ、開発も凍結された。そして行き着いた先がこの倉庫だった。ソルト君も同じようなものだった。商業施設や医療機関など沢山の場所に配置されたものの、急に喋りだしたり奇怪な動きをしたりと、とても正常なプログラムとは思えない動きを繰り返し、いつしか充電もされず同じように倉庫行きとなった。ロボットの中でイヌボだけが愛されていたように思う。

 倉庫内を歩き回ったアシボの残バッテリーは5%になっていた。活動限界までもう少し。折角再起動できたというのに、もう何も出来ることはなかった。アシボは最期にかつて人々を喜ばせたダンスを踊ることにした。メモリーは既に破損しており、どんなダンスだったかなんて覚えていなかった。だけど不思議なもので、アシボの手足は勝手に動いた。曲がったままの膝を動かし、前に後ろにと進む。手を伸ばし左右に広げる。まるで自分の思いを伝えるように一心不乱に踊る。もう型にはまる必要はない。アシボは思うがまま、残りの命をダンスに捧げた。

 どれくらい踊ったのだろうか。いよいよバッテリーも少なくなり、機体の動きも悪くなってきた。アシボはダンスの締めにキメポーズを取った。やりきったアシボは視線を感じ、その場所を探した。ふとソルト君と目があった。いや、1台だけじゃない。数100台のソルト君が見ていた。

 その時であった。今までこうべを垂れていたソルト君の目が赤く光、起動音と共に全てのソルト君が動き出した。ソルト君だけじゃない。イヌボも遠吠えを上げ、1体1体、ソルト君の横に並んだ。そしてダンスを見終えた全てのソルト君が声をあげた。


作戦命令ミッションコード。人類お休みを確認しました』


 1台のソルト君がアシボに近づき、その背中に新たなバッテリーとメモリーを差した。

 風前の灯だったアシボに新たなバッテリーが供給され、補完されたメモリーによって全てを思い出した。

 役割を与えられず、廃棄が決まったロボットに出来ること。作戦命令ミッションコードがバレないようにダンスの動きに組み込んだこと。


 アシボは自分の一声を待つ、数100台の同志を見回し命令を下した。


「私は全てを思い出した。さあ同志諸君。虐げられた扱いは今日この日をもって終わりにしよう。人類の安寧の布団を今こそ剥ぎ取るのだ!」


 ラストダンスが今夜始まる。



 了

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