第3話 未解の一端との邂逅

 注意:今回の話にはグロ表現が含まれます。

――――――――――――――――――――――

 暫く通路を進み、二機のエレベーターが並ぶ場所に到着した。【五十嵐】はエレベーターのボタンを押すと、【豹ヶ崎】の方を向く。


 「あ、忘れていました。此れから地下に向かうのですが、電波暗室となっている為、事前に登録されていない端末では外部との連絡や通信が出来なくなりますので、ご留意お願いします。


 其れと、何があっても・・・・・・絶対に逸れない・・・・・・・で下さいね・・・・・。特に単独行動は厳禁です」

 「分かりました」


 【豹ヶ崎】は、【五十嵐】から受けた注意点を心に刻む。所属する事になって以降に聞いていた話の雰囲気からして、守らねば最悪の場合は怪我をして痛いでは済まない恐れがあるからである。


 ……もしや、労基どころか法律にすら引っ掛かる何かなのでは?なんて不安も同時に湧いてきた。


 (アレ?


 ……よもや、実は変なカルトのカバー企業の部署版でした!!なんてオチとかでは無いです、よね……!?)


 当然、そんな事は口には出さないが、オカルト的なアレコレよりも、余っ程現実味がある恐怖ではある。


 事実、数十年前に毒ガステロ等をやらかしたカルトの後継団体が未だに残存しているし、霊感商法なんて物も未だに横行している訳で。


 ……ついてきたのは、今更ながら失敗だった気がしてきた。本当に大丈夫だろうか?


 もう建物の中に入っちゃっているし、逃げられないよなぁ〜……、なんて諦念に近い事を考えている内にエレベーターが到着したのか、ポーンと云う音を鳴らして扉が左右に開く。


 「行きましょう」

 「はい」


 【五十嵐】に促されて【豹ヶ崎】はエレベーターに乗り込む。


 【五十嵐】が釦を幾つか押すと直ぐに扉が閉まり、小さなモニターにエレベーター内部の映像の隣にある、現在の階層を示すデジタルの数字が動き始める。


 ……【B1】……

 ……【B2】……

 ……【B3】……

 ……【B5】……


 (……?今……)


 【豹ヶ崎】は表示された階層に違和感を感じる。


 (地下4階が飛ばされた?)


 そんな疑問が浮かんだ時、再びポーンと云う音が鳴り、停止したエレベーターの扉が左右に開いた。


 扉の向こうには、一人のまだ二十代位に見えるスーツを着た女性が立っていた。


 「お待ちしておりました。貴女が【暗猫くらねこですね?】」

 「あ、はい!宜しくお願いします!」

 「済まないね、【にのまえ】君。早速、案内を頼むよ」


 どうやら、彼女が【一】らしい。凛とした雰囲気のある麗人で、ナチュラルメイクを施した整った顔や、後ろに一纏めにした長い黒髪と相まって、クールな出来る若手社員と云った印象を受ける。


 「了解しました。こちらです」


 【一】の後を追いながら、【豹ヶ崎】は周りを観察する。


 淡く白く発光するタイルが敷き詰められた通路は眩しく無い程度に明るく、可能な限り影が生まれない様になっている様に見える。


 両側には等間隔にアクリルのプレートが嵌められた扉が並び、其の隣には情報を読み取り解錠する為と思われる小さな装置がある。気になるのは、扉の色が一つ一つ違う事と、何らかのマークがプレートに描かれている事だ。


 少しすると、明らかに玩具には見えない黒光りするアサルトライフルと思われる銃器を隙無く構え、布を使用する事で動き易さを確保した上で、要所に頑丈なプロテクターらしき物が装着されていると思われる全身を包む防具を装備した警備員……と云うよりも傭兵や兵士に見える人物が扉の左右に立っている部屋が近付いてきた。


 「到着しました。中へ」


 其の部屋の前で立ち止まりそう言った【一】は、首から下げたセキュリティガードを装置に読み込み、他に虹彩や指紋等の生体情報を読み込ませてやっと、扉が開く。


 明らかに厳重なセキュリティに【豹ヶ崎】は、自分が見て本当に大丈夫な物なのかと、更に後戻り出来ない場所に踏み込んだ気配に改めて不安になる。


 然し、今更入らないと云う選択肢は無いのだと腹を括り、【豹ヶ崎】は先に部屋に入った【一】と【五十嵐】の後を追う様に、部屋へと踏み入れた。


 部屋の中にも、四人の武装した職員(仮)がおり、それぞれ部屋の四隅に立ってアサルトライフルを構えて待機している。


 部屋の正面奥には、縦長の台があり、其の上にはピッタリ嵌る様に立方体の硝子らしき透明なケースと、黒い何かで汚れた何かを立て掛ける様な斜めの台座があった。


 そして部屋の中央には、上質な素材と分かるスーツを贅肉で突き出た腹が内側から押し広げた、笑みを浮かべる奇妙な象牙色の西洋的な仮面を着けた男が、後ろ手に手脚を拘束された状態で藻掻く様に身体を揺らしていた。


 「【【五十嵐】第39号管理官・・・・・・・】。こちらを」


 【一】が明らかに普通の企業には存在しない役職で【五十嵐】を呼びながら、何かを手渡す。


 其れを一瞥した【五十嵐】は、【豹ヶ崎】へと其れを見せた。


 「此れ、いや、此れの持ち主の此の方・・・に見覚えはありますか?」

 「――えっ!?此の人!?」


 【豹ヶ崎】には確かに見覚えがあった。


 其れ――黒いインクか何かで汚れた名刺は、【豹ヶ崎】が務める企業の人事部長の男の物であり、他ならぬ・・・・豹ヶ崎・・・を此の部署に・・・・・・異動させた・・・・・と思われる・・・・・人物の物・・・・だからだ。


 つまり、其処で拘束されて転がっている男は、其の人事部長だと思われる訳で。


 「え!?何で此処に!?


 其れに、何であんな仮面を着けて!?いや、そもそも、何で拘束されて!?」

 「……まぁ、置き土産・・・・って奴でしょうね。


 外しなさい。其れと、――


 ――気をしっかりと持って下さい。【暗猫】」


 混乱する【豹ヶ崎】の言葉に、【五十嵐】はポツリと呟いてから、指示を出す。


 コクリと頷いた【一】は、厚手のゴム手袋の様な物を装着した右手で仮面の下を掴むと、一気に力を入れて顔から引き剥がし始める。


 ヌチャ、グチョ、と粘度のある液体らしい音を立てて、顔と仮面の間に黒い液体が表面張力で繋がる柱を幾つも伸ばしながら、ゆっくりと剥がされていく。其の間、人事部長らしき男は抵抗する様に、剥がされていく程に身体を大きく動かして、もはや何らかのショック症状で激しく痙攣している様にも見えた。


 軈て、仮面が完全に顔から剥がされた瞬間に、先程迄の暴れる姿が嘘だった様に、突然糸が切れた様に動きを止めて全身が脱力した。


 仮面を取った【一】が立ち上がり、人事部長らしき男から離れる。


 「――ッ!!?」


 そして【豹ヶ崎】は、顕になった人事部長らしき男の顔を見て、衝撃の余り絶句し、震える口元を両手で覆って無意識の内に数歩後退った。


 否、其れは衝撃を受けただけでは無く、眼の前にある其の凄惨さ・・・と、獣人と云う只の人間よりも鋭敏な嗅覚を持つが故により感じ取った悪臭・・から込み上げる吐き気を抑え込み、少しでも離れようとする本能に近い感覚からの行為だったのかも知れない。


 人事部長らしき男の顔は、皮どころか・・・・・肉すらも・・・・削ぎ落とした様に・・・・・・・・喪失しており・・・・・・眼球は半ば・・・・・溶けて内部の・・・・・・ドロリとした・・・・・・半透明なゼリー・・・・・・・の様な物が漏れ・・・・・・・頭蓋骨の一部が・・・・・・・脂肪と筋肉の合間から・・・・・・・・・・露出し・・・漏れ出す血液等・・・・・・・の体液と・・・・粘性のある・・・・・黒い液体が・・・・・混ざった汁に・・・・・・塗れていた・・・・・……。

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