太古の感覚が呼び覚ます、太古の記憶
- ★★★ Excellent!!!
嗅覚と触覚の使い方が上手い、それもホラーに特化した使い方が。
嗅覚は最も古い感覚、とはよく言われる。故に、人の本能の根本に直結しているとも。おそらくは触覚も同様であろう。どちらも、人がまだ獣であった頃に重要だった感覚である。餌や天敵の臭いに気付かなければ、己と外界の境界を定められなければ、獣が生き残ることは不可能だ。
人がいかに知的種族を気取り、脳を理性の大脳新皮質で覆っても、薄皮一枚剥けば原始の獣はたちまち顔を覗かせる。グロ画像を見ても平気な人でも、人間の死体の臭いや、肌を虫が這う感触に我慢できるとは限らないのが、その証拠だ。
作中で「なまぐさい風」や「ヌメヌメした顔」など、嗅覚や触覚上の表現が多用されるのは、決して偶然ではないし、安易なB級ホラー的表現でもない。それはタイムスリップ的な夢の描写と相まって、読者を太古へと引き戻す呼び水として機能している(現実の太古と言うより、脳髄中の太古とでも言うべきか)。
だからこそ、ラストは衝撃的でありつつどこか納得感、ある種の清々しさすら漂わせる。それは太古への到達であり、理性という殻からの解放でもあったのか、と。