第4話 ウルタールの猫

 ウルタール。


 今まで聞いたことのない、響きの言葉だ。


「ウルタールの猫たちは、夢の世界の迷い子たちの守り手だ。夢の世界には、場所と時間によっては危険な生物が跋扈する。毎回、君を襲うガーストと呼ばれる種族は地下に潜み、君のような夢の世界の来訪者の肉を好んで食する。まあ、彼らとて、より強力なガグという怪物の餌なのだがね。ウルタールの猫たちは、そんな危険な怪物たちから人間を守ってくれる、ありがたい存在なんだ。だが、しかし」


 そう言いつつ、キツネさんが、飴細工のように細くしなやかな指で顎をさする。


「毎回、同じ猫がやって来るというのが、気にかかる。ひょっとして、小泉君……君は、その猫を知っているね?」


 キツネさんの言葉に、わたしは深く頷きながら呟いた。


「ハチ」


 キツネさんが興味深そうな面持ちで、小首を傾げる。


 ハチは、わたしの実家で飼っていた猫だ。茶と白の二毛猫で、ぴかぴか光る金色の瞳をしていた。元は半野良な猫だったが、わたしが小学1年生の時、何時も玄関口でわたしの帰りを待っていたことから、忠犬ハチ公にちなんでハチと名付け、正式に家猫として迎え入れた。


 以来、ずっと我が家のマスコットだったのだが、わたしが中学3年生になった時、修学旅行先の沖縄から戻ってきたら、ハチは姿を消していた。それから家族総出で約半年間、必死に捜索したものの、ついにハチを見つけ出すことは叶わなかった。


 わたしの人生において初めて経験した、喪失感を伴う別れだった。


「あの男性の瞳、まるでハチそのものだった。笑われるかと思って、ずっと言い出せなかったけど、あの男性はきっとハチだ。ハチはウルタールの猫になったんだね」


「おそらく、ね。だが、どうやらハチ君は危険な状態にあるようだ。今回で夢は9回目だったな。ところで、小泉君。猫には命が何個あるか、知っているかい?」


 ところでにも程がある唐突な質問に面食らったわたしの目前に、キツネさんの美しい指が9本並んだ。


「猫は9個の命を持つという。どれだけ瀕死になっても、9回目までは、大丈夫。だが、10回目以降は……」


 わたしは思わず、息を呑んだ。


 次にまた夢の世界行く夢を見たら、10回目。


 つまり、今度こそ、ハチの命が危ない……!


 わたしの気持ちを表情から察したのだろう。


 キツネさんが、そっと、わたしの右手を手に取った。


「よく聞くんだよ、小泉君。10回目の夢を見たら、片方のイヤリングを見つけるんだ。そうすれば、君の気持ちは夢の国から離れ、君が夢の世界を訪れることも無くなるし、ハチ君も君を助けるため命をかけることも無くなる。小泉君とハチ君を救うには、これしかない。しかし、夢の国での死はこちらの世界にも繋がることは忘れるな。最悪死亡、良くて精神崩壊で一生廃人だ。……大丈夫。君なら、できる。信じているよ。頑張りたまえ」


 そう言うと、キツネさんはわたしの右手の甲に軽く口づけをした。


 秋口に季節外れの桜が咲くように、わたしの頬にぽっと、紅が浮かんだ。

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