二人で輝くとき〜渉と裕奈の物語〜

@hamburgpickles

第1章 再会編

再会編1(久住渉と高宮裕奈)

春の大学キャンパス。


昼休みの広場では、学生たちが思い思いに時間を過ごしていた。友人と談笑する者、スマホに夢中になる者――。教科書を開いて自主学習に励む者もいる。新学期が始まり、まだ少し肌寒さが残る中にも、どこか穏やかな空気が流れていた。


その喧騒の中、久住渉くずみわたるは一人、静かに通り過ぎていく。


彼の右足には、かすかに残る傷の跡。

高校3年の練習試合で負った怪我が原因で、サッカーを諦めた。あの頃抱いていた夢は、あの瞬間に終わったのだと、渉は何度も自分に言い聞かせてきた。


――俺には、夢を追う資格なんてない。


そう思うことで、失ったものと向き合わずに済んでいた。だから、今は教師を目指して教育学部に通い、淡々と勉学とバイトに励む日々を送っている。


「これでいいのか?」


ふと、そんな疑問が脳裏をかすめることがある。だが、考えそうになるたびに、渉はそれを振り払うように目の前の課題に集中した。


今さら過去を振り返る意味などない。


「お、渉。今日も忙しそうだな。」


そんな彼の様子を知っているのが、唯一の親友・小沢大輝おざわだいきだった。

学内でもひときわ目立つ大輝の声に、渉は顔を上げる。


「別に普通だろ。」

「いやいや、講義の合間はバイト、休みの日も勉強漬けって、お前、大学生活楽しんでんのか?」

「楽しむために来たんじゃないし。」


渉のそっけない返答に、大輝は肩をすくめた。


「まあ、お前がそれでいいならいいけどな。……で、今日のシフトは?」

「夕方から。もう少ししたら行く。」


大輝は渉の予定を聞くと、「相変わらずだな」と苦笑しつつ、ポケットからスマホを取り出した。


「そういや、お前、最近テレビ見てるか?」

「ほとんど見ないな。」

「だろうな。」


何かを確かめるような目で渉を見た後、大輝はスマホの画面をくるくるとスクロールしながら、さらりと言った。


「高宮裕奈、最近すごいぞ。相変わらずドラマも映画も引っ張りだこだし、昨日のCMランキングでもトップだった。」


その名前に、渉の指がわずかに動く。


――高宮裕奈たかみやゆうな


懐かしい名前だった。

だが、それはもう渉にとって遠い世界の話だ。テレビの中の存在であり、自分とは無関係の話。


「……そうか。」


努めて関心がないように返すと、大輝は渉の反応を見極めるように目を細めた。


「お前、ほんとに興味ないのか?」

「別に。」

「ふーん。」


何かを言いたげな大輝だったが、それ以上は何も言わなかった。


渉はもう一度、「これでいいんだ」と自分に言い聞かせるように、歩き出した。


ふと、駅のコンコースに大きく飾られた広告が視界の端に映る。

艶やかなドレスに身を包んだ女性がこちらを見つめるようなデザインの化粧品のポスター。


だが、渉はそれをじっくり見ることもなく、そのまま通り過ぎた。


街を歩けば、電光掲示板のCMが目に入るし、電車の中吊り広告も自然と視界に入る。


だが、渉はそういったものに意識を向けることがほとんどなかった。


そもそも芸能界に興味がないし、有名人の顔を見ても気に留める習慣がない。

ニュースすらほとんどチェックしない。

自分に関係のない世界のことを考える時間があるなら、目の前の現実のことを考えた方がいい。


だからこそ、今すれ違った女性が、電光掲示板に映った顔と同じだったことにも気づかなかった。


だからこそ、“彼女”の名前を聞いても、その顔がすぐに思い浮かばなかった。

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