三番手のアイドル殺し

川詩夕

アイドルグループ『マゴット』

「ねぇ、本当にこれを食べると唇がプックリと厚くなるの?」

 不安気な表情を浮かべる美々ちゃはキレイに整えられた太眉をひそめた。

「効果は私が保証するよ、美々ちゃが可愛くなれば可愛くなるほど私は嬉しいんだから、その為に頑張って作ってきた特別なクッキーなんだよ?」

 目境めさかいジュネネは優しい口調でそう言いながら目を三日月のように細めた。

「わかった……ジュネネを信じるからね……」

 美々ちゃはアンティーク調のテーブルに置かれたクッキーを手に取り、恐る恐る口の中へ運んだ。

「美味しい……凄く美味しいよ!」

「でしょ? 自分で言うのもなんだけどさ、上手に焼けたから味には自信があったんだ」

「こんなに美味しいクッキーを食べれて、その上可愛いくなれちゃうなんて夢みたい」

「ふふっ」

 ジュネネはティーカップを手に取ると美々ちゃから見えない角度で不敵な笑みを浮かべていた。

「美々ちゃの理想としている唇を想像しながら鏡を見てごらん」

「うん……」

 美々ちゃはジュネネに手渡された手鏡を覗き込むと、自分の唇に起きた変化に驚きを隠せなかった。

「嘘でしょ……私の理想の唇だ……」

「満足した?」

「夢みたい……」

「夢じゃない、現実だよ」

「何だか……気分がふわふわしてきた……」

「気持ち良くなってきたでしょ? そりゃそうだよ、念願の夢が叶ったんだから」

「そうかも……」

「美々ちゃは私の一番の推しメン、私たちが所属するアイドルグループ『マゴット』でセンターに相応しいのは美々ちゃなんだからとことん可愛くならなくちゃね」

 美々ちゃは戸惑うような表情を浮かべてジュネネから視線を逸らせた。

「でも……ゆりりが居る限り『マゴット』でセンターにはなれないよ……」

 ジュネネは電子タバコ吸うと深い溜め息を吐いた。

「ゆりりが一番人気があるなんて私は許せない、ファンはゆりりのルックスだけの上っ面に騙されてるだけ、ゆりりの歪んだ性格、裏の素顔をファンに見せてやりたいよ」

「…………」

「美々ちゃも内心そう思ってるんでしょ? 憎くて憎くてしょうがないんでしょ?」

「そりゃ……まぁ……」

「あんな醜い女が世間で一番可愛いと持てはやされるなんて私は絶対に認めない、『マゴット』で顔も性格も一番可愛いのは美々ちゃだってことを私が世間に知らしめてあげる」

「ジュネネ……」

 美々ちゃは両目に涙を浮かべながらジュネネにハグをした。

「美々ちゃのコンプレックス、言ってごらん」

「え……?」

「私が美々ちゃのコンプレックスを全部なくしてあげる、特別なお菓子でね」

「このクッキーの材料はなにが使われてるの?」

「トカゲの尻尾」

「た……食べても大丈夫なの……?」

「問題ないよ」

「ジュネネはそういうの好きだもんね……その……なんて言うかダークな感じの……」

「黒魔術ね、好きだよ? 妙に惹かれちゃうんだよね、材料が中々手に入らなかったりするんだけど、現にトカゲの尻尾が入ったクッキーを食べて美々ちゃの唇は理想的な唇になってるでしょ?」

「そうだね……」

「で、一番のコンプレックスはなに?」

「一重かな……」

「一重ね、私は一重好きだけど」

「物心ついた頃からずっとコンプレックスだった……それに……」

「それに?」

「ゆりりはぱっちりお目目の二重でしょ……」

「美々ちゃはその切長の一重が魅力的なんだけどな」

「でも……」

「分かった」

「え……?」

「私が美々ちゃをぱっちりお目目の二重にしてあげる」

「どうやって……?」

「内緒」

「内緒……」

「一週間後のライブ頑張ろうね」

「うん……頑張ろう……」

 *

 アイドルグループ『マゴット』のライブ会場の控室には、十四名のメンバーが待機していた。その中に美々ちゃとジュネネの姿があり、二人が親密に会話をしていても他のメンバーは誰も気に止めていない。

「美々ちゃの為に作ってきたカヌレだよ」

「わぁ、美味しそう!」

 ジュネネの差し出したカヌレは黒く妖しげな光沢を放っている。

「食べてごらん」

 美々ちゃはジュネネからカヌレを受け取り口の中へと運んだ。

「美々ちゃが理想としている二重を想像しながら鏡を見てごらん」

 美々ちゃは控室の鏡に映る自分の姿へ視線を向けた。

「嘘……嘘……嘘でしょ……!?」

 ジュネネは美々ちゃの反応を楽しむかのように口角を不気味な程に釣り上げていた。

「お目目が! ぱっちりお目目の二重になってる! ジュネネありがとう!」

「どういたしまして」

「信じられない! 夢みたいだよ! ジュネネにお礼しなきゃね! なにが良いかな? なんでも言ってね!」

「それじゃあ……これも食べてくれる……?」

「なになに? なにを食べれば良いの?」

 ジュネネはそう言って美々ちゃにもう一つの焦げ茶色のカヌレを差し出した。

「ゆりりが憎い、ゆりりは邪魔者、ゆりりは性悪、ゆりりは最低、ゆりりはこの世に存在してはならない、そう強く思いながら食べて欲しいの」

 美々ちゃは突拍子のない申し出に戸惑いながらも、ジュネネの手から二つめのカヌレを手に取った。

「いただきます……」

「召し上がれ」

 美々ちゃはカヌレを少しばかりかじった。

「ちょっと苦いかも……焦げたような味……」

「ゆりりのことを強く思いながら残さず食べて」

 無言で頷いた美々ちゃは残りのカヌレを口の中へと一気に放り込み、息を止めながら数回強く噛んで素早く飲み込んだ。

「これで……良いの……?」

「さすが私の推しの美々ちゃ! 完璧だよ! そろそろライブのスタンバイといきますか!」

 美々ちゃは苦い味のしたカヌレの口直しをするかのようにオレンジジュースを一気飲みした。

 *

 アイドルグループ『マゴット』のライブが始まるとステージ上は千五百人ものファンの熱気と歓声に包まれた。

 MCを挟まず立て続けに三曲目が流れ始めた。

 ステージ上の美々ちゃの動きに異変が生じていた。

 美々ちゃは不自然にふらつく足取りでゆりりへ近付くと、ゆりり自慢の艶やかなツインテールの髪を鷲掴みにして観客席の方へと突っ走り、意味不明な奇声を発しながらゆりりをステージ上から観客席へと向けて乱暴に放り投げた。

 ライブ中の大音量の曲が流れる中、堅い木がぼきりとへし折れるような音が鳴った。

 高低差のあるステージ上から落下したゆりりは観客席の手前側の床へと倒れ込み、耳からドス黒い血を流していた。

 ゆりりの首は人間が生命を維持する上で決して曲がってはならない方に、完全に曲がりきっていた。

 美々ちゃはステージ上で白目を剥き、お風呂場で湯を使い石鹸を擦った時のような泡を口からぷくぷくと吹きながら小刻みに痙攣している。

 こうしてアイドルグループ『マゴット』のライブは僅か三曲目にして幕が降ろされ急遽中止となった。

 *

 私は幸せの絶頂。

 毎日が楽しすぎて笑顔が絶えることはない。

 アイドルグループ『マゴット』の一番手になれたから。

 アイドルなんて所詮エゴの塊。

 ルックス、好感度、人気、全てが誰よりも一番でなければいけない。

 美々ちゃは常に『マゴット』の二番手で日夜劣等感に苛まれ、ゆりりの存在が邪魔で仕方なかった。

 私は美々ちゃの心の傷口を押し広げて精神的な弱みに深く付け入った。

 弱った美々ちゃをマインドコントロールしながら幻覚作用のある薬物入りクッキーを何度も食べさせることに成功する。

 美々ちゃは少しずつ幻覚の美を手に入れ、自分でも気が付かない内に私が放った邪悪な影に沈み込んだ。

 沼、沼、沼。

 美々ちゃは完全に私に沼った。

 最後の仕上げは致死量を越える量の薬物入りクッキーを食べさせ、美々ちゃのヘイトをゆりりに仕向けるだけ。

 薬物の過剰摂取となった美々ちゃは、ライブ中の異常に分泌されるアドレナリンとの相乗効果でトランス状態へと陥り現実と幻覚の世界の狭間で踊り狂った。

 『マゴット』一番手のゆりりを強制的にロストさせ、二番手の美々ちゃはソロでデスった。

 ルックス、好感度、人気、何もかも三番手の私が努力の甲斐あって『マゴット』の一番手となったわけ。

 アイドルの才能に乏しい私が一番手になる方法はこうする以外に他なかった。

 夢見るアイドルをマインドコントロールするなんて、ちょろいちょろい。

 ちょろすぎるんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三番手のアイドル殺し 川詩夕 @kawashiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ