第46話絵に描いた餅は食えない。

「大殿様に於かれましては、ご機嫌麗しゅう存じ奉りまする。

又、新年明けましておめでとうございます。

本年お願い申し上げます。」

「・・・オイ小猿、貴様は新年早々ケンカを売っておるのかコラ?」

相も変わらず慇懃無礼いんぎんぶれいな態度のゲスに、青筋を浮かべて睨み付けるノッブ。


ノッブの側に座る池田恒興や森可成などは、何時もの光景と受け止め、定例に近くなっている2人のやりとりを、苦笑してみている。


「いえいえ滅相も。

美濃を手に入れられ、多忙を極める大殿様に於いては、私如き陪臣に構う暇などないのでは、と思った故の言葉にごさいます。」

「フンッ、鹿爪しかつめ(わざと)らしい事を・・・。

億劫おっくうそうな顔で言うても、何の説得力もないわ・・・まぁ良い、呼んだのは他でもない。

貴様の猿知恵を聞こうと思ったのじゃが、何故に半兵衛もおる?」

いつもの如く鼻を鳴らして、信吉の態度をスルーしたノッブは、信吉の後ろに控える竹中半兵衛を観て首を傾げた。


「いや、何か半兵衛殿が殿秀吉から、私が大殿様に謁見する理由を聞いて、面白そうだと付いて来まして・・・。」

しれっと居る半兵衛に目を向ける。


「半兵衛、貴様を呼んだ覚えはないぞ?」

「はい、呼ばれてはおりませぬが、殿より信吉殿の手綱を引く様、仰せつかまつりまして。」

流石に極僅かな人数で、稲葉山城を乗っ取っただけはあり、ノッブを前に物怖じしない肝の太さを持つ半兵衛。


「フンッ、白々しい事を・・・。

まぁ、貴様の軍略の見立ても使えるか。」

鼻を鳴らして、半ば独白の様に呟いてから、


「小猿、亡き公方・義輝の実弟が三好家の凶刃より脱し、南近江の六角家を頼った後、今は越前の朝倉家に居るのは知って居るか?」

徐に話を始めた。


「居場所の方は存じませんでしたが、義輝公暗殺後に仏門に入っていた弟君が還俗し、将軍位を望んでいるという事は、山科卿より伺っておりまする。」

義父経由で知っていると告げる。


「その将軍位を望んでおる、還俗して義昭よしあきと名乗っておる先代将軍の弟から、御内意書が届いたのじゃ。」

「御内意書って・・・未だ将軍になった訳でもないのに、中々仰々しい上から目線ですねそれは?」

「全くな。」

信吉の発言に相槌を打つ。


実情で将軍でもない義昭の手紙は、あくまでも私信ししん(個人的な手紙)にしか過ぎず、将軍の立場を以て正式な公文書として発給される、御内意書とは雲泥の差があるので、私信を御内意書と臆面もなく騙る義昭は、詐欺師同然の行いをしていた。


「まぁ、将軍の真似事の振る舞いをして、何とか体裁や権威を保とうという、下らん見栄や面子の産物じゃろうがな。」

「はぁ、結果的に将軍の名を周囲に騙って、自らの立場を貶め、将軍位任官を決める朝廷に、不興を買う事をしてまで、見栄や面子を張るのが理解不能ですが私には。」

バカじゃねーのと、切って捨てる信吉。


現状に於いて、将軍位を義栄と争っている義昭だが、状況的には義栄の方が圧倒的に有利であり、義昭は後塵こうじんを拝していた。


理由として義栄には、現在山城国・京の都を実行支配している、近畿の覇者・三好家がバックに付いていて、資金力・武力共に義昭を圧倒しているからである。


唯一の欠点は先代将軍の弟・義昭に比べて、先代の従兄弟である義栄は名分が弱い、という事ぐらいであるが、コレも10代将軍・義材から従兄弟の義澄よしずみ(義栄・義昭の祖父)が将軍位を奪い、11代将軍に就任している前例が有る為、将軍就任の大きな障害にはならないのであった。


因みにコレだけ有利な状況下にもかかわらず、未だに将軍就任に至っていないのは、先述した通り三好家の内紛が原因である。


肝心の将軍就任の朝廷工作をしてくれる、三好家専属だった二条晴良の方は、義継の処遇を巡って関係が険悪化して滞り、それならばと二条家のライバル・近衛家に接近するも、幾ら不和の仲であっても、仮にも従兄弟と叔母を殺害した三好家に、近衛前久が唯々諾々と従う筈もなく、面従腹背めんじゅうふくはいをして工作を事実上放棄し、家礼家来筋の山科言継に丸投げしているのであった。


当然だが山科言継には、其処までの決定権や影響力などは無く、あくまでも主上の意に添う事しか出来ず、主上の方も三好三人衆と松永久秀の内訌ないこうの影響が、どう朝廷や都に及ぶのかが不明瞭な為、決断しかねているのが現状の様である。(山科の爺談)


反面義昭には有力なバックが付かず、史実でも六角や朝倉は滞在は認めても、義昭の後ろ盾になる事は終ぞなく、ノッブが都合の良い駒としてまでの数年間、無為の日々を過ごす事になるのであった。


それはさておき、


「して、手紙の内容は一体?」

「分かり易く言えば、義昭からの「上洛へのお誘い」じゃ。」

「はぁ、朝倉が煮え切らないので、痺れを切らして大殿様に乗り換えると?」

「いや、そうではなく我が織田家を含む、六角・朝倉・浅井の4家合同の、上洛を行いたいとの事じゃ。」

「へ?ナニソレ?」

ノッブの発言に、目が点になる信吉。


(アレ?確か義昭の上洛戦って、織田を主力とする浅井と徳川の、3家合同だった筈。

何で六角と朝倉が加わってんの?

先代の六角定頼さだよりと朝倉孝景たかかげが起こした、12代将軍・義晴を擁立した上洛戦のせいで、現当主の六角義賢よしかたや朝倉義景よしかげが、義昭の上洛戦に協力するなんぞ、有り得ない筈なのに・・・)

疑問符を幾つも浮かべる信吉。


信吉は知らなかった話なのだが実は、ノッブが義昭を擁立して上洛戦を開始する以前に、前述の4家に斎藤家を加えた、5家合同での上洛戦が行われる予定が実際にあり、結局は斎藤家が織田家との確執で、途中で参加を反故にした為に実現しなかった、「幻の上洛戦」と呼ばれる出来事があったのである。


それが史実よりも早くノッブが美濃を制して、斎藤家が滅亡した事から、斎藤家が抜けた4家合同の話になったのであった。


「其処で小賢しい料敵眼を持つ、貴様に問うてみようと思っての。

小猿、此度の話をどう観る?」

「いや~私には過分なお話しですね。」

しれっと僕判りませんと宣うゲス。


「き、貴様っ!この前2百貫をくれてやったで有ろうが!?

その分の余禄として話せコラ!」

「はぁ・・・う~ん・・・ちょっと判断材料が乏しいですね~。」

渋々承諾して腕を組んで唸り、


「因みに聞きますけど、大殿様の許に来たのは、義昭の使者だけですか?」

情報収集に入る。


「うん?ああ。

斎藤利治を通じて従兄弟に当たる(利治と濃御前は同腹の姉弟)、明智十兵衛なる者が義昭の使者として、手紙を携えて来たのみじゃがそれがどうした?」

「あ~・・・まぁ、大体判りました。」

「何が判ったのじゃ、さっさと申せ!」

気忙きぜわしげに催促するノッブ。


「え~と義昭の手紙の内容ですけど、高い確率で実体のない「画餅がべい」かと。」

「「「「は?実体が無い?」」」」

今度は信吉以外の者が目が点になった。


「実体が無いってどういうこった信吉!?」

「恐らくですが義昭がだけで、朝倉や六角は義昭の手紙自体、全く把握していないかと。」

「何故にそう思うのだ小猿?」

疑問符を浮かべるノッブ。


「はい、1番の理由としては、朝倉は一向一揆という積年の敵が、浅井と六角は両家が互いに争う犬猿の仲と、それぞれに深い因縁を持つ宿敵が存在し、尚且つ朝倉と六角の間にはしこりが有るといった、3家の調が非常に困難な事です。」

「ふむぅ・・・利害調整、か。」

顎に手を当てて思考にふける可成。


「畏れ多く口幅ったい事ですが、今上陛下の勅命で和睦が斡旋されたのなら、権威の裏付けが有るのでそれぞれが応じて、そういう合同になる可能性はありますが、仏門から還俗して世俗せぞくに疎い義昭と、義昭を現状担いでいる、先代の義輝からの取り巻きでは、とてもそんな外交的な難事を纏めれるとは思えません。」

キッパリと言い切る。


「うん?信吉、先代公方からの取り巻きの大失態とは、一体なんなんだ?」

「三好三人衆に因る先代公方の暗殺事件を、未然に防げなかった事ですよ池田様。

予兆無しの突発的な出来事なら兎も角、長年に渡って確執と抗争を繰り返し、怨恨を募らせている相手なのは判っている筈なのに、三好を軽んじて杜撰な対応をしてますから。」

舐めプし過ぎだろと呆れつつ、


「俗に「遠水は近火を救わず」の言葉が有る様に、上杉だの武田といった、遠方遠水構う頼るよりも身近近火な三好にこそ、キチンと対処情報収集するべきなのにそれをせずにした結果、先代は歴代将軍で最もを晒し、将軍家の権威も地の底に落ちてしまいました。

コレだけの大失態を仕出かした取り巻きアホ共に、マトモな外交手腕があるとは、到底期待なんぞ出来ませんよ。」

肩を竦めて溜め息を吐く。


現代だと暗殺された義輝は死を覚悟して、30人以上を斬る大立ち回りをして、壮烈な最期を遂げたと美化されている。


だが、この時代の武士の観点から観ると、義輝は三好三人衆というの、その又雑兵雑魚に討たれた形になっており、「名の有る武辺の者に討たれるはまだ誉れであり、名も無き下郎に討たれるは末代の恥である」という、死生に関しても※名誉を重んじる、風潮が強いこの時代の武士からすると、武家の棟梁たる将軍で有りながら、下郎中の下郎に討たれた事になる、義輝の死に様を賞賛する者は殆ど居なかった。 


寧ろ陪臣に討たれた事に依って、「そんな軽輩にすら、躊躇なく討たれるぐらい将軍家は、落ちぶれてしまったのか」と義輝の死は、足利幕府の没落を満天下に知らしめてしまい、幕府滅亡が始まった象徴的な出来事となったのである。


(※・・・ガチでこの時代の武士は、己の名誉を何よりも重んじており、日記や記録文書には例えば、戦場で矢傷を負った場合は、「敵に射られた」ではなく「敵に射させてやった」と書き、敗北して撤退する場合も、「後ろに退いた」ではなく「転進しつつ振り返って前に進んだ」と記すなど、己の不名誉に繋がる語句を避けて、意図的に表記する程であった)


「う~んなる程、そんな身近であからさまな事柄でさえ、マトモに対処出来なかった奴らや、坊主上がりで世間知らずの義昭じゃあ、ややこしい利害調整をこなすなんざ、到底無理だわな。」

納得顔になって頷く恒興。


「ふむ、確かにお主の言う事には一理ある。

因みにだが、朝倉と六角の間に有る凝りとは、一体何なのだ信吉?」

「単純に家の面子の問題ですよ森様。」

「家の面子?」

信吉の答えに首を傾げる。


「もしも義昭の手紙の内容が真実だと仮定した場合、少なくとも先代の横死後、1年以上滞在した六角家を去って、朝倉家に移ったのは上洛戦出兵要請に六角家が、言を左右にして応じなかった証左です。」

「まぁ、さにあらんだろうな。

六角家が要請に応じているのなら、南近江から退去する理由も無かろうし。」

コクリと頷いた。


「そうした過程で朝倉家が、要請に応じて手紙通りに上洛戦を興して、もしもそれが成功してしまうと・・・?」

「しまうと?・・・あ!?「六角家の当主は、先を見る目が無い目暗」と、世間から後ろ指を指されて嘲笑の的になるのか!

確かに面子丸潰れになるなそれは!」

ポンと手を叩いて理解を示す。


「それに加えての朝倉家(元越前斯波家の家臣)が、主力となって上洛戦の音頭を取り、格上の六角家(足利幕府の重鎮・四職家の1つ、京極家の)が朝倉の下に付く事にもなりますので、家の面子を考えれば朝倉家主導の上洛戦に、六角家が出兵協力する事はまず有り得ますまい。」

二重に名門の面目を失うと述べた。


(そら~後年のノッブ格下の成り上がり主導の上洛戦に、朝倉も六角も協力する訳ないわな。

参加しても格下のノッブの下に付く羽目になり、目暗の不名誉が払拭ふっしょくされる訳でも無いのだから。

だからこそ朝倉は1番ダメージの少ない、要請に傍観と無視を決め込み、六角は上洛進路上に居る為に、逆張りで義栄陣営に走ったつーか、走らざるを得なかったんだろうけど。

名門って大変だなぁ)

脳内思考をする。


そんな面子でお家滅亡の引き金を引く事を、前世知識で知っている信吉は、成るべくして成った事を改めて理解したのであった。


(その点、家の面子よりも天下の大事に関わった、名誉の方が遥かに勝る浅井・徳川の新興の家は、しょうもない事柄に拘らず喜んで参加し、名誉を享受したって訳だ

・・・まぁ、浅井の場合は面子じゃなくて、義理を選んで滅亡してっけど)

基本的に筋や義理を重んじる信吉は、浅井の決断を愚考とは思えず嘆息する。


「ふむ~・・・小猿の話を聞けば聞く程、義昭の手紙の内容は、荒唐無稽に感じるのう。」

うやうやしく三方さんぽうに乗せられた、義昭の手紙を睥睨へいげいする。


「比較的関係の悪くない朝倉・六角間でさえ、私が述べた問題が山積みしているのに、浅井・六角間の利害調整なぞ、亡き平手様でも頭を抱える難事でしょうしねぇ。」

「ほほう、平手の爺でも難しいとな?」

「ええ、落とし所が見当たりません。」

交渉の余地無しと断じる。


「ほう・・・誠か半兵衛?」

最近まで近江に隠遁していて、事情に詳しいと思われる半兵衛に問いかけた。


「はっ、信吉の申される通りかと。

両家は目下の所、佐和山城周辺を巡って激しく争っており、もしも両家の利害調整を行い和睦に持っていくのなら、佐和山城の帰属をどうするのかが、最大の焦点になります故にどちらも譲らず、交渉が決裂するのは確実になりましょう。」

信吉の話を肯定して補強する。


「現状維持では駄目なのか?」

「無理です大殿様。

六角からすれば浅井は、数年前までは自家に従属し、家臣分になっていたにも拘わらず、一方的に関係を解消して離反した不義理者。

挙げ句に佐和山城も、元々は六角に属していたのを浅井が取り込み、半ば奪ったも同然の城にございます。

それなのに現状維持での和睦は、実質的に敗北を認めたのと同じになります故、最低限佐和山城を浅井が返還しない限り、間違っても応じないでしょうね。」

そう言って六角家の心情面子・意地を信吉が話すと、


しかり、かといって浅井側も佐和山城は、対六角の最重要前線拠点且つ、琵琶湖の湖東から湖北・湖西の水運・水利を担う、最重要流通・物資運搬拠点であります。

故に佐和山城を失うのは浅井にとっては、手足をもがれたも同然の痛手になりまする。

なので佐和山城返還が必須となる、六角家との和睦には確実に応じますまい。」

半兵衛が浅井家の実情危機・破滅を語る。


「つまりは六角が主導になれば、浅井が邪魔になって朝倉との連合が成り立たず、朝倉が主導になれば今度は六角が、家の面子を鑑みて同心せずに連合が破綻すると?

何じゃそれは!?では義昭のこの手紙は一体何なのだ!?」

三方から手紙を掴み取り、ぐしゃっと腹立ち紛れに握り潰す。


「え~と・・・多分ですけど、事情を知らないと思っている、大殿様を焚き付けて兵を出させ、半ば強引に後ろからせっつかせて、六角や朝倉に出兵を促す意図かと・・・。」

「という事は六角と朝倉を釣り上げる為の、都合の良い餌の役割か儂は!?

おのれ~!兄弟揃って舐め腐りおって!!」

ビリビリに手紙を破り捨て、力一杯床に叩き付けるノッブ。


「只まぁ絶対ではないので、改めて朝倉家に問い合わせるべきではありますが。」

「いや、聞いた限りでは正鵠せいこくを射てるだろ。

しかし信吉、オメー良く判ったな?」

感心しきりに信吉を見つめる。


「そもそも手紙の内容が真実なら、朝倉の使者も帯同している筈ですから。」

「確かに、時は金なり。

大殿様が連合に応じた場合、集合地点の確認や兵数・兵糧の負担等々、そういった諸々を大殿様と摺り合わせた後、一刻も早く本国に持ち帰って、上洛に向けて支度せねばならぬのに、御輿に過ぎぬ義昭公の使者だけでは、とても話になりませぬな。」

なる程、そっちで読んだかと頷く半兵衛。


「まぁ、1番は間違い無く朝倉と六角が、上洛戦には乗らない理由が有るので、まず有り得ないと思ったんですけどね。」

「ほう?最初から判っていたと?

信吉殿、是非とも某に教授願えますかな?」

目を爛々と輝かして詰め寄る。


こうして信吉は義昭に無知な田舎者兼、便利扱いをされて荒れ狂うノッブを尻目に、半兵衛に解説していくのであった。


                  続く

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