第45話ニューフェイス登場。

「「「「「明けましておめでとうございまする。

本年も宜しくお願い申し上げます。」」」」」

「おう、今年も宜しく頼むぞ皆の者。」

「「「「「ははっ!」」」」」

「まぁ兎に角、畏まった挨拶はこれぐらいにして先ずは・・・乾杯!」

「「「「「乾杯!!」」」」」

新年の挨拶もソコソコに、お屠蘇とそ(酒)の入った盃を掲げて、「乾杯」を唱和する信吉以下の木下の家臣達。


1567年1月、去年の9月に稲葉山城を攻略したノッブは、そのまま小牧城には戻らずに稲葉山城に定住化し、史実通り自分の師である沢彦たくげん和尚の提言で、稲葉山の城名から岐阜にと改名して又、稲葉山城の城下町である「井ノ口いのくち」も、同じく岐阜と名称を改めて城と町の名を統一化。


それと同時に、前回の焼き討ちで半ば復興中だった町と、岐阜城の改修・改装工事も着手し、斎藤家が支配していた頃の面影は、殆どと言って良いくらいは無くなっていた。


そして建造されて間もない、小牧山城は極々短い役目を終え、僅かな守備兵を残して主の居ない直轄城となり、家臣達も年内の岐阜城移転をノッブに命じられ、小牧に落ち着く間もなく引っ越しの準備に追われ、秀吉達幹部クラスの家臣は岐阜城内の上士屋敷に、信吉達陪臣や下級武士は城下に有る、下士屋敷に住居をそれぞれ割り当てられ、何気に信吉は秀吉夫婦と完全に別居をする事となる。


そうした慌ただしい年末を終え、年始を迎えた秀吉は岐阜城の大広間にて、新規に家臣に加わった美濃衆と、譜代衆とのパイプ役を務めつつ年始の宴に参加し、ノッブ主催の宴が終わった翌日には、今度は自身が主催する家臣達との新年会に臨むといった、かなりハードなスケジュールをこなしていた。


それはさておき、


「乾杯は良いんだが・・・あのよぉ殿?」

「うん?何じゃい小六?」

「フツーこういう年始の宴ってよ、鶴とか亀の絵を飾るモンだろ?」

「まぁそうじゃな。」

コクリと頷く秀吉。


「それなのに殿と寧々ちゃんと若君の、等身大の親子絵を何で飾ってんだよ?

何か笑顔でコッチを見つめている様に感じて、滅茶苦茶飲み辛いんだが?」

秀吉の背後に矢鱈やたらと存在感をアピールしている、信吉作の姿絵を顎でしゃくって指し示し、鬱陶うっとうしげに見つめた。


新年明け早々に産気づいた寧々は、数時間にも及ぶ悪戦苦闘の末、無事に男の子を出産。


奇しくも父親の秀吉と同じ、1月1日の吉日に生まれた男の子は、吉日に因んで「日吉ひよし」と名付けられ、秀吉は初子の誕生に狂喜乱舞し、端からすれば気色悪い猫なで声で「日吉丸~?とと様だよ~?」と、溺愛している姿が散見されるのであった。


そして寧々姉さんに阿る事に余念のない、信吉は予め作って置いた姿絵を献上。


それを喜んだ秀吉は、皆に見せびらかせるが如く、広間に飾ったのである。


「夫婦和合・子を慈しむ縁起物じゃろうが。

別段正月に飾って問題あるまいに小六よ。」

「そりゃそうだがよ殿、そーいうのは自室に飾ってくれや。

なまじ姿絵が瓜二つだから、目線がずっとコッチ向いている様で落ち着かねーんだよ!」

理屈を並び立てる秀吉に、ギャラリーの感想を述べて周囲も頷いた。


「まぁまぁ正勝殿、殿の言い分にも一理ありますし、正勝殿とて同じ子を持つ親として、殿の喜び様にも共感出来ましょう?」

「う~んまぁ、茂助の言う通りではあるが。」

茂助こと、堀尾吉晴の宥めに頷く正勝。


堀尾吉晴は去年の稲葉山城攻略戦に於いて、秀吉軍の裏道の道案内をして、落城に大いに貢献した事からノッブに取り立てられ、正式にノッブの家臣となったのだが、すぐさま秀吉への寄騎を願い出て、自ら進んで木下家の家臣となった者であった。


本人曰わく「仕官する宛ても伝手も無く、このまましがない猟師として終える所を、殿が見出みいだしてくれたお蔭で、武士に返り咲く事が出来申した。その恩返しをしたい」との事で、秀吉の麾下に加わったのである。


吉晴の言葉に喜んだ秀吉は、その場で吉晴を小姓頭こしょうがしら(筆頭秘書官)に任じ、側近に取り立てたのであった。


吉晴は元々出自が織田家分家筆頭格の、岩倉織田家の家老の家柄なので、礼儀作法がしっかりとしており又、人柄も後年に「仏の茂助」と呼ばれる程はあって、温和で分け隔て無く人当たりが良い為、客の応対・取り次ぎ役や秀吉の使者としてピッタリであり、同時にコレから加入するであろう、見習い小姓達の教官としても適任で有る事から、秀吉陣営にとっては中々得難い人物である。


そして今まで掛け持ちで、秘書官役を務めていた秀長や信吉は、吉晴が専属秘書官になってくれた事で、「コレで秀吉色情狂(エロ猿)の手綱リードを引っ張らずに済む!」と、純粋に負担減となる事を喜んでいた。


只、このままだとエロ猿を制御する者が居らず、ヤリたい放題になるのでは?という懸念があったが、どっこい吉晴さんはコッチ方面でも、かなりしたたかでしっかりしていた。


主家滅亡後、数年間に渡って浪人に身をやつし、猟師の真似事までして生活を送っていた吉晴は、そういった苦労から人間性が練れているのと同時に、場の空気から己の状況を判断するのにも長け、木下家は寧々や仲といった、嫁さんやお袋さんが強い「かかあ天下」な家なのをすぐさま理解し、「あ、このまま殿の風俗店通いを黙認していたら、自分が危ないなこれ」と察知。


かと言って諫めても効果が薄いのも、秀長や信吉でも制御不可だった、実例を以て理解している吉晴は、コッソリ風俗店の使用人達にチップを渡し、主に母親の仲に注進報告させる「チクりシステム」を構築。


ルンルン気分で帰って来た所を、身重の嫁さんをほっぽりだして女遊びしている息子に、激怒した仲が棍棒打擲ちょうちゃく(ジバき回す)する様に仕向け、自分に矛先や主の不興が向かぬ様にして、色通いをする=仲にバレてシバかれるという図式を作り、「パブロフの犬」の如く経験則で躾て、色情狂秀吉の色通いを激減させたのである。


只まぁ、鶏頭と言うか下半身欲望に正直と言うか、母親の仲にシバかれて暫く約一週間は大人しくしているのだが、それぐらいの間隔でコロッと忘れて、再び通い出す秀吉であった。


因みに嫡男の日吉丸が生まれた際、「儂はコレから色通いは止めるぞ!」と宣言したが、誰一人として信用する者は居らず、秀長は松の内が終わってから、信吉は10日ぐらい、正勝は半月も保てば良い方、長康と家次は1カ月は禁欲すんだろ、長吉と家定は流石に2~3カ月は我慢すると、それぞれ予測して賭けに興じたのだが、秀吉は宣言した翌日に風俗店に向かう離れ技をやってのけ、有る意味で「すげえよ殿」と感心されるのであった。


無論、舌の根も乾かない内から約束を反故ほごにした、息子に大いに怒った仲によりボコボコにされ現在、とある某ストリートなファイターが、敗北した時の顔の如く変形しており、姿絵の人物とは同一人物と思えない容貌になっているが。


それはさておき、


「まぁ、良いか」と吉晴の話に納得した、正勝は大人しくグビグビと酒をあおり、そのまま宴会に突入する。


そして生来的に人心掌握に長け、陽気で他人の懐に入るのが得意な秀吉は、「四谷よつや怪談」に出て来る、お岩さんの如きになっている風貌に笑顔を浮かべ、新規にノッブから派遣された寄騎達に、「これから宜しく頼むぞ」と言いつつ、酒を自ら注いで回るのであった。


(・・・あの人が後世に「秀吉の孔明」と謳われた、竹中半兵衛重治かぁ・・・。

涼やかな風貌つーか、山賊の親分面の蜂須賀のオッチャンとは、好対照な存在だなぁ)

自分よりも下座に座り、微笑を浮かべて秀吉から注がれた酒を呑む、細面ほそおもての青年を観察する信吉。


竹中半兵衛重治・・・言わずと知れた秀吉の名参謀であり、後年に秀吉陣営に加入する、黒田官兵衛孝高くろだかんべえよしたかと「両兵衛」と並び称される人物である。


半兵衛は去年に斎藤家が滅亡すると同時に、「龍興様が居なくなった以上、遠慮して隠棲いんせいする必要も無し」と、知己を頼って隠遁生活していた近江から美濃へ帰国。


元々稲葉山城乗っ取り事件に於いて、極少数(約17人)で天下の堅城を落とした実績を持つ半兵衛は、即座にノッブに召し抱えられたのだが、「私と信長公では※貫目かんめが違い過ぎる」と、直接ノッブに仕える事は拒否し、側近の丹羽長秀の寄騎となる。


そして長秀の寄騎になって程なく、長秀の古参家臣と揉めて、柴田勝家の寄騎に転身するも、これ又勝家の古参家臣と揉めるといった具合で、寄騎先でことごとく揉め事を起こしてしまい、他の家臣達も話を聞いて「とても扱えぬ」と遠慮して、受け入れ先がドンドンと無くなり、最終的には秀吉の元に転がって来た人物であった。


(※・・・重さの事。

転じて身分格差の違いを指し、一般的に下級武士は軽輩者と呼ばれ、上級武士は重臣と呼ばれる様に、国人衆の中でも竹中家は中堅処の土豪であり、義父兼寄親である豪族の安藤守就と、同格の直臣になるのを避けて他の美濃衆に、嫉妬や嫌悪感を抱かれるといった、面倒事を嫌ったと思われる。

現代ではヤーさん用語になっている)


どうやら半兵衛さん、普段は物腰の柔らかい穏当な人物の様だが、こと軍事に関しては自身の確固たる見識や、慧眼けいがんを以て己の意見を譲らず、伊勢攻略を行っている長秀や勝家の古参家臣達、特に※軍配者ぐんぱいしゃと揉めて寄騎先との軋轢を起こし、しかも殆どが半兵衛の意見の方が、正しい事が多かったらしく、尚のこと深い溝を作る状況になっていた模様。


(※・・・軍事参謀、軍師の事。

戦国時代に於いては、参謀の事を「軍師」と呼ぶ事は殆ど無く、「軍配者(軍事の采配=配置を振るう者」又は「軍敗者(軍事の成敗=始末をする者)」と呼ばれていた。

そして現代人が抱く、神算鬼謀の作戦を立案する軍師のイメージとは違って、吉凶や天候を占う占い師=陰陽師の側面が強く、シャーマン(神官)的な存在だった。

その為、迷信深かった当時の人達軍部の信望が厚く、軍配者が「不利・不吉」と述べると、露骨に軍の士気が下がる程であった。

後期にはそういったシャーマン的な側面は廃れ、現代人の抱くイメージに近くなる)


長秀や勝家にとっては、如何に半兵衛が有益で有能な存在でも、家中の軍部で重きを為す軍配者と揉めるといった、深刻な不和を齎す不利益の方が勝る為、余所者の半兵衛を放出する事になり、他の者も長秀達と同様に半兵衛を避けたので、結果的に秀吉陣営には不釣り合いの、大物がやって来たのである。


元々美濃衆の調略を通じて、安藤守就のパイプ役を務めて貰ったりと、親交自体はあった秀吉であったが、知名度抜群の半兵衛が新参者の自分の許に、やってくる可能性は限り無く低い事は理解していたので、半兵衛加入は正しく、「瓢箪から駒」の出来事であった。


思わぬ大物の加入に殊の外喜んだ秀吉は、半兵衛を自軍の軍配者兼軍代ぐんだい(司令官=総大将代理)に任命し、あっさりと木下軍の指揮権を譲渡する。


余りに明け透けな待遇に、さしもの半兵衛も目を白黒させて固辞したが、


「気にせんでええぞ半兵衛よ。

別段厚遇でも何でも無く、お主以上にウチには軍事に明るく、指揮に長けた適任者が居らぬ故に、お主に押し付けておるだけじゃ。」

手を左右に振った後、軍配(棒の先に房が付いた指揮棒)を渡したのである。


「しかし殿、蜂須賀殿を含め、古参の方々が面白く思わぬのでは?」

今までの経験上、碌でもない結果を招くのではないかと、苦言を呈す半兵衛。


「ハッハッハッハ!面白く思わぬ処か、漸く肩の荷が1つ降りたと小六なんぞは、大層大喜びしておるわい。」

「大喜び・・・ですか?」

他の家中と違う反応に首を傾げる。


「ああ、そうじゃ。

元々小六は武辺武勇寄りの者で、自ら槍を取って部下と共に、敵陣に突っ込んで行くのが性に合うとる奴じゃ。

それなのにウチには今まで、小六と長康しかマトモな指揮官が居らず、自然と兄貴分の小六が軍代を務めておったからのう。

性に合わん、自分には向かんと愚痴っておった故、お主の加入を最も喜んでおるわ。」

正勝の心情を半兵衛に告げて、


「それにウチのモンは小六と長康を除けば、儂以上に軍務経験の浅い素人ばかり。

小一や小吉なんぞは初陣も果たしておらんし、家次義伯父は論外、長吉と家定は最近果たしたばかりのヒヨッコじゃしな。」

シャレにならない木下家の軍事事情を、呵々大笑して伝えた。


「はぁ・・・左様で。」

「そういったスカスカの人材不足で、成り上がりの我が家故に、丹羽殿達や他の家臣に居る、軍配者といった洒落た存在すら不在よ。

と言う訳で、お主の意見と衝突する者なぞ、ウチには居らんから半兵衛、お主の思う様に我が軍の采配を振るってくれや。

儂がお主の独自裁量を許す!」

改めて軍配を、半兵衛の前に差し出す。


「・・・其処まで私を買ってくださるとは。

粉骨砕身ふんこつさいしん、身を粉にして殿の御期待に添う所存にごさいます!」

感動の面持ちで丁重に軍配を推し戴いて、深々と平伏する半兵衛。


こうして史実通りに正式に木下軍の、軍配者兼軍代になった半兵衛は、水を得た魚の如く活き活きと活動し、精力的に兵士に訓練を施して練度の底上げと、特に部隊間の連携を集中して強化を行った。


又、部隊長クラスには兵法の講義を行って、軍令・軍法の徹底と遂行の大切さを教え、「ぜんにして個は全なり」(1人は皆の為に、皆は1人の為に)の考えが、戦場を生き抜くには必要な事と述べ、功を焦って無謀な抜け駆けを戒め、怯懦に陥って敵に背を向ければ、周囲だけでなく己自身も不必要な死を招くと告げ、進むも退くも結局は連携が大事なのだと、切に説いたのである。


史実であれば本来の木下軍は、無気力でお日さん西々の碌でなし軍団だったので、半兵衛もさぞかし教化に苦労したのだろうが、現状の木下軍は信吉の資金注入に因る、派遣切り型から労災保障型に雇用形態を替えた事で、やる気と「嫁と子供の許に生きて帰るんだ!」という、生存本能が同時に漲っている為、すんなりと受け入れられたのであった。


そうして古今の兵法書を読み漁り、豊富な軍学知識と幾多の実戦経験を積んだ、半兵衛の体系だった訓練を受けた木下軍は、連携を密にして益々精鋭化するのであった。


それはさておき、


(まぁ、利害に無頓着な半兵衛の兄さんも、手垢の付いていない真っ白なキャンパス木下軍に、自分の好きな様に描いて良いっつう、特に自分が矜持を持つ分野で、破格の待遇を受けりゃあたらし込まれるのも、至極当然だわな。

寧ろ敢えてウィークポイントを堂々と曝け出して、物欲に恬淡てんたんな半兵衛を己に引き込む、殿の人誑し振りには脱帽するわ)

自分処か余人にも持ち得ない、破格の特技を持つ怪物秀吉に、改めて感心する信吉。


(後は史実通りにセンゴク君が加入して来て、別途で俺の進言を入れた殿に因って、タッチ足立君も入って来てと・・・センゴク君は腕っぷしは有るみたいだから、「槍の半蔵」こと渡辺守綱もりつなの如く指揮官・司令官には使わず、槍一本で特攻ぶっこんで貰えば良いだろ)

自分とそう変わらない歳の、センゴク君をチラッと観て脳内で呟き、


(タッチ君は次代に期待だな・・・重信川の治水事業がヤバくなりそうな気がするけど。

まぁ最悪は、次代のタッチ君を派遣すればどうにかなんだろ)

流石に前世の故郷が、洪水まみれで被害が大きくなるのは気が引けるし、前世の実家でも重信川で一大事件が発生するので、意地でもどうにかする予定の信吉。


因みに一大事件とは前世の父の兄・伯父が、近所の酔っ払ったオッサンの運転する車にはねられ、重信川に頭から突っ込んで転落ダイブ、某ミステリー小説の如く、リアルスケキヨ事件が発生する事であり、頭が川の土砂に突っ込んでいる為に、顔での安否確認が出来ず、足を叩いてピクピク痙攣けいれんしたのを観て、学生だった父が安否確認をした、痛ましい事故の事である。


流石に何処ぞのバックで歴史をさかのぼる物語の如く、歴史改変の影響でジワジワと写真から、前世の伯父が消え去る現象は避けたい信吉であった。


それはさておき、


益体も無い事を脳内で考えていると、


「申し上げます修理少進様。

殿が至急登城する様にとの事です。」

例の如く紅顔の少年がやって来て、ノッブの召集命令を伝えに来た。


「・・・うぃ~ヒック、飲み過ぎて頭が回りましぇ~ん。

二日酔いの可能性もあんのでぇ、マトモに受け答えが出来てからぁ、登城するとお伝えくださいませませっとぉ!」

「オイ小吉、お前のは水杯だろうがコラ。

しょうもない演技してないで、とっとと殿の許へ行かんかいアホ!」

「・・・・・・へ~い。」

渋々嫌々席を立つゲス。


あっさりと実情を秀吉にバラされ、新年早々ノッブの許に赴く信吉であった。


                続く




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