第42話恩と怨は似て非なるモノ。

「はぁ・・・あ~お召しにより、お勤めを止めて参上しました。」

ため息混じりにさり気なく愚痴を添え、おざなりに平伏する信吉。


「貴様・・・嫌味かコラ?

わざわざ要らぬ文言を入れよってからに。」

青筋を浮かべて睨み付けるノッブ。


「いえいえ滅相も。

して、御用件はなんでしょう?

聞くだけ聞いたら帰っても宜しいです?」

「端っから儂の話を聞くつもりがないのが、見え見えな態度をとるな!たわけめが!!」

あからさまな態度に怒鳴りつける。


「お前・・・相変わらず肝がぶっといな。

織田家随一の剛勇を誇る、柴田殿でさえ殿の御前では恐縮するのに・・・。」

「別段私は大殿様に対してやましい事は、欠片もしていませんから。」

池田恒興の呟きに淡々と返した。


「ほう・・・疚しい事はないと?

先日の貴様の結婚式費用の中に、飛鳥井卿への多額の「出演料」なる、怪しげな使用用途があって当人に詰めた所、貴様が青天井請求の絵図面を描いた裏で企んだと、あっさりペラペラとさえずったがのう?

敢えて詮索するつもりは無かったのじゃが、さ~てどうするかの?」

う~ん?と藪睨やぶにらみしつつポンポンと自分の首筋を、これ見よがしに扇子で叩いてみせるノッブ。


スス~っと信吉は、目線を魚群の如く右に左に泳がした後、


「へへ~、謹んでお言葉を拝聴致す所存にございまする~。」

へいこらとおもねって、あからさまにへりくだるゲス。


「フンッ、最初から素直にそう申せ。」

鼻を鳴らして息を吐き出して、


「小猿、貴様は儂の娘・※徳が、松平元康の息・竹千代信康に嫁ぐのを知っておるか?」 

前振りなしでおもむろに話し始めた。


(※・・・女の子の名前の前に「五」をつけるのは、特に可愛がっていて、溺愛している娘という意味であり、男の子につく「丸」と同意儀である。

因みに日本の船舶に、「丸」が付く事が多いのも、同じ理由な模様)


「ええ、確か来年の今頃に嫁がれると、聞き及んでおりますが?」

小首を傾げて頷く。


「うむ、そうだ。

今現在、松平との婚姻のやり取りは、(滝川)一益に一任して任せておるのだが、これからはそれを貴様に任せたいのだ。」

「へ?私にですか?」

ノッブの思ってもみない発言に、己を指差して素っ頓狂な声を上げる。


「いやいや大殿様、私は陪臣ですよ?」

「表向きは直臣扱いじゃし、問題ない。

向こう側から観ても無官の一益よりも、官位持ちの貴様の方が、外交相手として箔が付く故、寧ろ歓迎されるぐらいじゃしな。」

扇子を左右に振って、事も無げに言い放つ。


(まぁ、理屈としてはそうだろうけど・・・)

ノッブの言い分を理解しつつも、


「それに関して当の滝川様は、担当変更を了承しているのですか?

後、外交を担う方々もですが。」

きっちりと問題回避の予防線を張る。


「無論じゃ。

伊勢攻略担当と兼任しておった故、寧ろ外れて喜んでおったぐらいじゃ。

それと外交を担う連中即ち、我が家の大人衆や譜代衆は、し、間違っても進んでやりたがらぬ故に、貴様に役目を振っておるのだ。」

それも問題ないと、太鼓判を押すノッブ。


「はぁ、武功を挙げれる事に専念出来る、滝川様の方は理解出来るのですが、外交事を専門にしている方々が嫌がるとは?」

「単純に我が家から観れば親父殿の代から、松平家から観れば元康の祖父・清康きよやすの代からの、深い因縁が有るからよ。

特に儂より歳上の連中は互いに、三河の領有を巡って身内が殺し殺され、怨恨や含む所が多いので余計にな。」

淡々と信吉に理由を告げる。


実際に織田家は、信長の父・信秀の代より、家康の祖父・松平清康の代から父・広忠の代まで、血みどろの抗争を繰り広げており、清康と広忠は共に暗殺されているが、それに関しても信秀が関与していたのでは?と、疑われるぐらいは両家の関係は険悪で、しかも家康が家臣の裏切りに因り、今川家に人質として赴く予定だったのが、織田家に事で三代に渡る因縁を持つ事となり、最早仇敵に等しいレベルで最悪な間柄であった。


そういった経緯なので、両家が同盟関係を結ぶ事に関しては、両家共に反対する家臣達が多く、ノッブの方は信勝謀反の際の粛清や、田楽狭間合戦の実績が有った為、比較的穏当に収まったが、家康の方は反対今川恭順派が一向一揆に結び付いて、大規模な反乱騒ぎを起こすまでに発展しており、互いに対する因縁の深さが窺い知れるのであった。


それはさておき、


「そういう因縁が有る故、掃部を始めとする一門・譜代は、現状では松平家との外交事は不適格なのじゃ。」

「なる程・・・そういう事ですか。

確かに理由は理解出来ましたが、それこそ私よりも側近の方々の方が良いのでは?

肩書きだけの私よりも、池田様を始めとする側近衆の方々の方が、後々の事を鑑みた場合、宜しいのではと愚考致しますが?」

じ~っと恒興を見据えて告げる信吉。


確かに外面的に観れば、官位持ちの信吉が担当するのは箔付けになるが、内面的に観れば、今後の連絡パイプ役としてはノッブに近い位置に居る、可成や長秀・恒興といった者達の方が、遥かに適任なのである。


三左可成は、美濃攻略の主力故に外せぬ。

五郎左長秀は、伊勢攻略軍の軍監(軍の監視役)を任せておるので、これも無理じゃ。

勝三郎恒興乳母めのと(養徳院)との連係も含めた、五徳の婚姻の差配を任せたいので、下手に兼任させて片手落ちにはしたくない。

貞勝は小牧の町の発展・管理や、内政の諸々を任せておるので動かせぬ。

故に貴様に白羽の矢を立てたのじゃ小猿。」

信吉の言い分を理由付けて潰していく。


「ふむふむ、森様の場合は美濃攻略後に、股肱の臣である森様に美濃衆を束ねさせ、にしたいので、美濃での活動即ち武功が必要な為、軍から外す訳にもいかない。

丹羽様の場合は、武断派即ち譜代衆が多い伊勢攻略軍に於いて、滝川様では抑えが利かない可能性があり、同時に下手に大殿様のご兄弟・一門に任せれば、独断専行や譜代衆との深い繋がり謀反が発生する危険性もあり、そうなると大殿様が居てこその準一門である、丹羽様が適任なのでこれ又動かせない。」

ノッブの話を自己分析しつつ、


「そして池田様の場合は、表と奥に顔が利く上に、不意の物事に関して一定の裁量権状況判断を任せられるし、徳姫様の嫁入り行程を安心して任せられる稀有な方なので、出来れば準備に専念をさせたい。

最後に村井様の場合は、これ以上の用件を任せると、処理が飽和パンクするので難しい、といった所でしょうか?」

答え合わせをする。


「フンッ・・・相変わらず小賢しい奴よ。」

「ほへ~・・・オメーすげー読みだな。

んでもよ、肩書きだけなら藤吉郎の奴でも十分問題ねーのに、オメーなのは何でだ?」

主の台詞で合っているのを知った恒興は、驚きと同時に信吉に疑問を投げかけた。


「美濃攻略に関して表立って森様が、武力を以て攻略する「剛」の役割を担い、ウチの殿が裏から舌先三寸を以て調略する、「柔」の役割を担っているからです池田様。

ついでに伊勢攻略に関しても、軍監の丹羽様が攻略軍に対して「硬」の役割を持ち、滝川様が丹羽様と譜代衆の間を折衝する、「軟」の役割を持っている様に、美濃と同じ役割分担をしており、外せない状況な訳ですね。」

恒興の疑問に答える信吉。


実際にノッブは美濃で敵対する国人には、森家の旧領奪回=美濃攻略を目指して、否応でも奮起して獅子奮迅の働きを見せる、可成を指揮官に差し向けて攻撃し、恐れや去就に悩む者には、秀吉をけしかけて調略を仕掛けるといった、剛柔即ち表裏に渡って積極的に攻勢を行っている。


そして伊勢の方では、柴田勝家を始めとする武断派即ち、イケイケの猪突猛進タイプの指揮官が多い上、ノッブの目が届きにくい為、沈着冷静な長秀を軍監として派遣し、暴走を抑えるブレーキ役として、「進むも引くも先鋒も殿軍も一益」と謂われた一益を、武断派との潤滑油役として硬軟巧みに使い分け、伊勢方面軍をコントロールするのに上手く活用していた。


(まぁ、池田の兄ちゃんはイケイケ派だから、伊勢方面に派遣しても逆効果だし、美濃方面も腹心で美濃出身の、森のオッチャンに任せた方が、現状や後々を考えれば良いから、此処に留め置かれているんだろうけど。

そもそも性格的に外交向きでもね一しな。

体の良い理由付けをして、上手く誤魔化している感じだなど~もこりゃ)

脳内で付け足す。


(う~ん、俺の方も後々を考えりゃあ、家康とのコネクションを持つのは有りだし、有る意味渡りに船なんだけどなぁ・・・)

自分の利益になると理解しつつも、


「出張はちょっと・・・。

姉さんが妊娠しているのが、気掛かりで仕方ないので。」

寧々姉さん第一に、重要度が傾く。


「たわけ、貴様が姉の心配をしてどうする?

それは猿が考える事であろうが?」

「そうだぜ信吉?

それにあんまり妊婦を構い過ぎると、却って迷惑になる事もあんだから、遠目で見守るぐらいが丁度良いモンだぞ?

オレも年の離れた妹(信長の異母妹兼恒興の異父妹)や子供が出来た時は、アレコレとバタバタしたけど、お袋や嫁に「鬱陶うっとうしい!」ってシバかれたし。」

アンニュイな表情で実体験を話す。


「あぁ、あの時は儂も乳母にっ・・・ううん!ではなく、気にせんでも基本的に手紙のやり取りが殆どじゃから、わざわざ三河までホイホイ出向く必要性は無いぞ?

貴様が直に三河に出向くのは、五徳が輿入れする時ぐらいじゃろうて。」

「え?そうなんスか?

ちょいちょい相手方に出向いて、「詳細は使者に聴いてくれ」みたいな感じかなと、想像していたのですけど。」

前世の歴史ドラマとかの記憶で想像していた信吉は、意外そうに首を傾げた。


「それは軍使つって、軍事的な使者である「使い番」の方の話だな。

例えば同盟軍や別働隊と連携する時は、合流場所や大凡の日時といったモンを、状況に応じて現場の判断で行動する事が多いから、そういった類いを書面で記して敵方に奪われると、裏を掻かれる致命的な問題になっちまうので、伝令として使い番を派遣して、口頭でやり取りするのが普通だ。」

「へ~そうなんスね~。」

想像と現実のギャップに驚く信吉。


因みにパッと聞いた限りだと使い番は、只の伝令役の使い走りに聞こえるが、実際には若手の武士にとって使い番は、花形の役職で憧れの的であり、使い番に成れる=実力のあるエリートの証明であった。


馬を巧みに乗りこなす馬術、ハキハキと明朗に受け答えが出来る話術、そして戦場での単独行動が多い為、咄嗟の危難を自力で対処出来る武術といった、幾つもの素養才能が求められる狭き門であったからである。


まぁ、そういった狭き門を潜った恩恵も大きく、本来の身分差を無視して、重臣や大名と直接会話が出来て、目に留まる=気に入られる事が多いので、出世がし易い役得があり、特に家督を継げない次男以下の者達には、喉から手が出る程焦がれる、出世の登竜門的な役職でもあった。


それはさておき、


「勝三郎の言う通り軍使と違って、直接動き回る必要性は無い。

まぁ本来は輿入れに向けて、相手の松平方の面通しをするべきじゃが、副使になる勝三郎がしておるから支障はあるまい。

故に貴様の主な仕事は一益から引き継いで、書面でのやり取りが基本になる。」

「まぁ、それなら・・・。」

三河に往復する必要性が無いと理解し、将来的な利益を考えて承諾する。


「うむ、では頼むぞ小猿。

そしてコレは私事になるのじゃが・・・。」

「・・・何スか?」

某サーティーン的なスナイパーの遂行率(約99.8%)並みの、圧倒的に碌でもない事が多いノッブの私事に、経験上身構える。


「先の話になるが、五徳が輿入れした時の絵を描いて欲しいのじゃ小猿。

別途で筆代は出す故。」

「はぁ、では徳姫様の花嫁姿を、絵にすれば言い訳ですね?」

「ああ、そうだ。

恐らく類が観る事は叶うまいが、せめてで見せてやりたいのでな・・・。」

肩を落として嘆息するノッブ。


「え・・・?霊前!?

生駒の方様、そんなに危ないのですか!?」

さりげないノッブの発言で初めて、色々世話になった類の旦夕たんせき(寿命)が迫っている事を知り、びっくり仰天する信吉。


「ああ、典医医者の見立てではな。

年を跨ぐ処か、一月保つかどうかだそうだ。」

「そんな・・・先月姉さんが訪ねた時は、元気にしておられたと聞いていたのに・・・。」

容態の急変振りに茫然とする。


(徳姫が輿入れする前に亡くなっていたのを、キレイサッパリ忘れてた!・・・つっても医者でも無い俺が、類姉さんを治療出来る訳もないから、どうにもならんけど・・・) 

身の回りのドタバタ騒ぎで、前世知識で予め知っていた事なのに忘れ、不意打ちに近い状態で知り、動揺してしまう。


「先月の末に俄かに倒れ、今では満足に立つ事もままならず、夢現ゆめうつつ彷徨さまようておるらしい。」

「らしいって・・・大殿様は見舞いに行っていないのですか!?」

「行けばアレに要らぬ気遣い、負担を強いる事になるだけじゃ。

神ならぬ儂が出来るのは、奇妙信忠を清洲城の城代にし、茶筅信雄を付けて類の側近くに居らせるぐらいのモノよ。」

責め口調の信吉の言を咎めず、淡々とした表情で答えた。


但し表情とは裏腹に扇子をへし折り、憤懣ふんまんやる方無い心情が見て取れたが。


「うん?徳姫様は行っていないのですか?」

「類が断った。

奇妙や茶筅と違って徳は三河に嫁ぐ身。

下手に会うて万一が有れば、徳が尾張に未練を残すと言うて、な・・・己こそ会わないのが1番の未練じゃろうに。」

深々と溜め息を混じりにボヤく。


(おいおい類姉さん・・・。

下手せんでももう二度と、会えないのを自覚してんのだろうに・・・。

俺も寧々姉さんも世話になってるし、恩を受けっぱなしで逝かれるのも、文字通り後生が悪いよなぁ)

何か出来る事はないかと、ウンウンと唸る。


そうして暫くアレコレと考え、


(う~ん、やれるだけやってみるか)

とあるプランをひねり出す。


「スイマセンが池田様、是非ともご協力をお願いしたく。」

「うん?オレにか?」

「はい、実は・・・。」

考案したプランを恒興に伝える。


「・・・ふんふん、良いじゃねーかそれ!

乗ったぜ信吉!喜んで協力するぞ!」

「宜しくお願いします。」

手を叩いて協力を約束する恒興に、ぺこりと頭を下げた。


「儂も手を貸すぞ小猿?

金に糸目は付けぬ。」

「あ、いえ大殿様は別に。

お金も恩義ある生駒の方様の事で、頂戴する訳にはいきませんし。

徳姫様には顔合わせを兼ねて私から頼むか、池田様に頼みますので。

遠目で見守ってくだされば充分です。」

手を左右に振って遠慮するキッパリ断る信吉。


「ぐぬぬ・・・貴様、類には無償で恩義を返す律儀さを持っているのに、何故儂の時には無償で返さぬ!?」

「へ?・・・あの~私、大殿様から何か恩義を賜りましたっけ?」

心底不思議そうな表情で、首を傾げて疑問符を大量に浮かべるゲス。


「すいませんが例えばどんな事でしょう?」

「き、貴様ぁ!?

貴様を現に取り立ててやっておろうが!?」

「いえ、別に取り立てて欲しいなどと、一言半句も私は言っていませんし、寧ろ木下家の名代扱いは止めて欲しいって、ずっと前からお願いしてますよね私?

全く聞き入れてくれませんけど。」

半眼で怒れるノッブに反論する。


「うぐぐ・・・。」

「現状で使われる事に関しても、前からの事柄に関しても、私の働きに応じて報酬を頂戴しておりますので、貸し借り無しですし。

恩義と仰る具体的な事柄を、ご教示頂ければありがたいのですが?」

ジト~ッと半眼で見つめ続ける。


信吉的には、ノッブとはギブアンドテークの間柄であり、秀吉の様に寧々姉さんから来る血縁的な義理や、御恩と奉公といった主従関係も希薄なのに加え、何かをしてくれた恩というのに心当たりがなく、何かと仕出かしてくれたしか心当たりがなかった。


「あ~え~・・・ほれ、あれじゃアレ。

おい勝三郎、お主から言ってやれ!」

「え!?オレ!?

え~と、その~ほらさ?何か色々と有っただろ色々と。」

2人して目線を泳がし、しどろもどろにあやふやな物言いを告げる。


そうしてジト目で見つめ続けた結果、居心地悪げに恒興は、「あ、準備を急がねーと!」とそそくさと席を立ち、ノッブは「儂も多忙故、後は貴様に任すぞ、うむ」と、ササッと退室するのであった。


「・・・はぁ、頑張ろう・・・俺。」

ポツンと1人残された信吉は、類への恩義を返す為に頑張るのであった。


                 続く


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