第2話縁は異なモノ味なモノ

「・・・やる事がねぇ、暇だ・・・。」

藤吉郎宅でゴロゴロと寝転んでボヤく小吉。


1561年8月、寧々と藤吉郎が引き起こした恋愛結婚騒動は、すったもんだの末に寧々と藤吉郎の成婚が纏まり、めでたく杉原寧々は浅野寧々を経て、木下寧々になった。


このすったもんだは、2月に発生した騒動が8月に落着した様に、半年にも渡って尾を引き、ダブルおじさんや兄・大吉の説得を以てしても、父・定利や母・おこいは首を縦に振らなかった。


最終的には叔父の浅野長勝が、寧々を自分の養女にする=寧々の後見人に成り、全責任を負う事でようやく折れ、浅野家から藤吉郎に嫁ぐ形で決着が付いたのである。


ついでに「便乗チャ~ンス!」と観た小吉も、「藤吉郎義兄上の家来に成りたい!」と懇願したら、おこいには泣かれるわ、「お前まで何を言い出すんだ!?」と、定利にグーパンを喰らうわと散々だった。


結果的に、騒動に火に油を注ぐ事態を招く事になったが、小吉の方は伯父の杉原家次が、「ウチには男子が居ないから、小吉を養子に貰い受けて、後見人には俺が成ろう」と言ってくれて、「藤吉郎が一家を為すのだから、ちゃんとした一門が必要」という名目で、晴れて藤吉郎の家臣に成り、唯一2人の祝言の出席者になったのであった。


士分ではない藤吉郎が、武家の娘の寧々を娶る事で、周りからねたみやそねみを買わぬ様、周囲にはばかって意図的にこぢんまりとした祝言であり、余りに淋しい結婚式に寧々が可哀想になり、前世の歌を歌って少しでも喜んで貰おうと、精一杯頑張った小吉であった。


そうして便乗出世街道の、スタート地点に立った小吉だったが、藤吉郎の家臣としてする事といったら、小吉自身の歳が幼くて小者こもの=雑用係と言う名の、寧々姉さんの家事手伝い=水汲みやお使いぐらいしかなく、ぶっちゃけ暇を持て余していた。


まぁ、そもそも藤吉郎自身も、まだまだ軽輩なので、家臣を持っても使い所が無いという、悲しい現実もあるのだが。


ちなみに藤吉郎は、寧々と結婚後に木下姓を名乗って木下藤吉郎となったが、これは藤吉郎が嫁方である、寧々の「名跡みょうせき(名字)」を継いだからである。


木下姓は元々、寧々の父・定利が杉原家に、婿養子に入る前の旧姓であり、定利が養子に入った後に、実家の親兄弟の戦死や病死が相次ぎ、断絶してしまった姓であった。


そう聴いたら定利の子供なりが、実父の実家の木下家を継げば良いのでは?と、思うかもしれないが、一般的にこの時代の武士と言うのは、大きく2極化していた。


片や土豪や豪族として土地(領地)を持ちつつも、寄らば大樹の木とばかりに、大名に傘下として仕える者と、片や大名から家禄給料を貰って、家臣として仕える者に別れていた。


現代風に分かり易く例えれば、土豪や豪族は、大手に属しつつも独立採算で経営している、下請け企業や一人親方に近く、家禄を貰っている者は、企業に直接雇用されている、サラリーマンに近いのである。


前者は例え跡継ぎが幼くても、名代代理として家臣が代わりに職場戦場に出るなど、家名を存続する事も可能だが、後者は即戦力が求められるので、余程の功績(例:主君の身代わりに戦死した等)でもない限り、幼い子供の相続は認められず、家禄を没収されて召し放ちクビ+追放になるのが普通だった。


後者のサラリーマン武士の木下家は、定利の長男の大吉や次男の小吉も幼くて継げず、杉原家も後者なので定利が実家を継げば、今度は杉原家が断絶するという状態に陥り、織田家の記録上にだけ、残る家名となっていた。


そうした中で、歴とした木下家の血筋を引く、寧々の婿になった藤吉郎は、名跡を継げる資格を持つこととなり又、ちゃんと主家の織田家の記録にも残っている、武士の家柄なので藤吉郎は、しれっと士分を手に入れているのであった。


因みの因みにだが、藤吉郎の様な事例は別段珍しくなく、古くは鎌倉期の「鎌倉武士の鏡」と謂われた畠山重忠はたけやましげただが、鎌倉幕府を牛耳らんと画策する、北条家の策略に因って、娘以外皆殺しに遭った際、唯一生き残った娘の婿・足利なにがし(足利尊氏の一族)が、嫁方の実家の名跡を継いで、畠山姓を名乗った実例があったりする。


結果、畠山の家柄は歴とした平氏なのに、血筋は歴とした源氏という、かなりへんてこな家系になっているが。


他にも小吉の時代だと、武田信玄の家臣・高坂昌信こうさかまさのぶ(春日虎綱かすがとらつな)や山県昌景やまがたまさかげ(飯富おぶ昌景)等もおり、名跡を継ぐ事自体はフツーに極ありふれたモノだった。


それはさておき、


「小吉、アンタそんなに暇なら近所の子と、外で遊んで来なさいよ。」

腰に手を当てて、オカン然とした口調で弟を諭す寧々。


「いや~姉さん・・・じゃなかった奥方様。

子供の遊びに付いていけなくて・・・。」

「アンタ幾つなのよ一体?

マセた事言って休暇日の父上みたいに、ゴロゴロするのは止めてよね?・・・もう。」

小吉の言い分に呆れて、嘆息する。


前世の40年近い記憶を持つ小吉からしたら、小学生の子供達と一緒に遊ぶのは、中々にキツい事であった。


「う~ん、こうなったら殿に紹介して貰って、手伝い奉公アルバイトでも行こうかな~。」

子供に交じって遊ぶよりも、余程精神的に健全な選択をする。


この時代の武士の殆どは、戦以外の時は主に農業を兼業する、謂わば兼業武士であり、それこそ家老だの大名だの上級武士(上士)でも無い、中・下級武士(下士)はごくフツーに何らかのバイトをしていた。


実際小吉の父・定利も、猫の額程の庭で家庭菜園を作り、農繁期には知り合いの土豪の、田植え・収穫を手伝っていたりしていた。


「そんなら家にお金も入れ・「小吉、頑張って稼いで来なさい。」

「お金・入金」の単語を言った瞬間、据わった目で寧々に、ガシッと肩を掴まれる。


「はい、お姉様。

ジャンジャンバリバリ稼いで、御家に入金しますから、肩に食い込んでいるお手てを、離して貰えませんでしょうか?」

猛禽類に捕まった兎の如く、怯えた目で懇願する小吉であった。


そして翌日・・・


(主家の台所奉行はしっかりしているクセに、自家の台所事情はいい加減で苦しいって、どんなギャグだよマジで)

ブツブツ愚痴りつつ、主君の藤吉郎に追従している小吉。


思った以上に家計が厳しいらしく、木下家の台所奉行(金銭出納)を司る、寧々から児童労働GOの許可を貰い、藤吉郎の伝手を頼りに、アルバイトをする事になったのである。


「此処じゃ・・・ホレ小吉、着いたぞ。」

「はぁって・・・デカい屋敷ですねぇ。」

藤吉郎の指す先には、立派な門構えの広大な屋敷が、どでんと鎮座していた。


「此処がワシが知っとる伝手で、1番太い所になる生駒いこま屋敷じゃ。」

「うん?生駒ってノッブ・・・じゃねー、織田の大殿様の、実質的に正室扱いになっている、生駒の方の家ですか?」

うろ覚えの前世知識をひねり出す。


「よう知っとるのうお前、その通りじゃ。

信長様の嫡男・奇妙様や、茶筅ちゃせん様の御生母・生駒の方の実家じゃ。」

感心する素振りをして、


「ま、そんな事はどうでもええ。

さっさと話を付けに行くぞ小吉。」

スッと歩き出した。


藤吉郎は門番に手を上げて一言二言話すと、そのまま顔パスで門を潜り、勝手知ったる何とやらで、文字通り勝手口台所に回って、年配の古株っぽいオバちゃんに挨拶。


誰ぞに言付けを頼んだ後に縁側にドカッと座り、オバちゃんもといマダム達と、和気藹々わきあいあいと雑談に興じて会話を弾ましている。


その間小吉は会釈と挨拶を繰り返し、アウェイ感を感じていた。


(う~ん、流石に人誑ひとたらしと謂われた、豊臣秀吉なだけはあるわ。

ドンドン周囲に人が集まってる)

戦国随一の外交名人の片鱗を観る小吉。


そうこうしていると、


「久し振りだな藤吉郎どん。

相変わらず藤吉郎どんが居ると、賑やかになるなほんに。」

年配の男性が、苦笑しつつ台所に現れた。


「おお、久し振りです治三郎じさぶろうどん。

ほれ、小吉、この人が生駒屋敷の、使用人頭の治三郎殿だ。」

「あ、はい、初めまして小吉と申します。

今回は宜しくお願いします。」

ぺこりと頭を下げる。


「ほう、藤吉郎どんの弟と聞いたが、藤吉郎どんと違ってちゃんと、礼儀正しいね。

一応、藤吉郎どんの裏付け保証人が有るから、雇うのはやぶさかじゃないんだが・・・流石にちょっと幼過ぎるねぇ。」

眉間に皺を寄せて、難色を示す。


それから藤吉郎と治三郎との間で、丁々発止ちょうちょうはっしやり取りが続いた後、


「う~ん・・・小吉君、何か特技みたいなモノは無いかな?何かこう、旦那様に雇用を納得させる類のモノは。」

「え~と、一応笛を少々たしなんではいますけど・・・。」

治三郎の無茶振りに、一応の教養を持っているアピールをする。


父・定利は下手の横好きで笛を好んでおり、小吉も手解きを受けて、前世知識で知っている楽曲を吹いてみせ、フツーに定利よりも上手であった。


因みに兄の大吉は、全く音楽の素養が無く、何処ぞのガキ大将の如く、音響兵器な歌声を持っている。


「ほう、笛かね、中々風流なモノを嗜んでいるね小吉君は。

旦那様も音楽に目がないから、雇用にはずみがつくかもしれん。

ちょっと待ってなさい、一応試験をして旦那様に推薦するから。」

そう言って奥に消える。


(・・・すげーわ豊臣秀吉。

いつの間にか口八丁で、否定的だった治三郎のオッちゃんを味方に付けて、どうにか俺を採用させようとさせてるんだから)

余りの人誑しっぷりに、舌を巻く小吉。


そして暫くすると治三郎ともう1人、身綺麗な格好をした、40前ぐらいのナイスミドルが姿を現す。


「こ、これは家長いえなが様!

お久しゅうございます。」

スッと自然に藤吉郎は平伏し、マダム達も藤吉郎と同じく平伏する。


(こりゃ小吉!あの方は此処の主・生駒家長様じゃ!お前も平伏せんか!)

咄嗟に身を起こして、小吉を平伏させた。


「久し振りだな藤吉郎殿。

貴殿は最早ウチの使用人ではなく、同じ弾正忠だんじょうのちゅう様(織田信長)に仕える同輩なのだから、軽々しく頭を下げるのは良くないぞ?」

畏まる藤吉郎に、苦言を呈す家長。


「いえいえ同輩などと、とんでもない!

家長様は殿の馬廻り衆親衛隊で、某はしがない台所奉行。

立場を考えれば、当然の礼儀にございます。」

手をブンブン振って、当然の事をしているだけと言い張る。


「ふ~む、その辺はお互いにキリが無さそうだから、脇に置いといて、だ。

君が小吉君かな?とりあえずその笛で一曲、吹いて貰えるかい?

それで採用を決めさせて貰うから。」

苦笑して藤吉郎との話を打ち切ると、小吉に向かって子供用の笛を渡し、要望を出す。


「は、はい、宜しくお願いします。」

(う~ん、どんな曲が良いかな~・・・やっぱ「栄光的ノッブの野暮」から、チョイスするべきか?・・・よし、あれにするか)

平伏したまま脳内思考をして、わりかし短いけど「ノッブの野暮」の中での曲に決める。


「では・・・♪~~~♪~~♪」

小吉が吹いているのは、「光栄的ノッブの野暮」シリーズで、嵐の乱世の序曲的な、物悲しい雰囲気が漂う感じのある曲であった。


乱世の夜明けの未明を表した、名曲である。


「♪~~・・・ふぅ、如何でしょう?」

「「・・・・・・。」」

ポカーンとした表情で、小吉を唖然と見つめる藤吉郎と家長。


小吉が周囲を見渡すと、台所に居る人達全員が、藤吉郎達と同様の表情を浮かべていた。


「あの~家長様?」

「・・・ハッ!?あ、ああ済まない。

申し訳ないが、もう一曲頼めるかな?」

「はぁ・・・ではもう一曲・・・♪~~♪」

再び演奏を始める。


小吉が吹いている曲は、嵐の乱世の中で水煙の様に、雨が降っている様を表現している、「ノッブの野暮」の名曲である。


「♪~~~・・・え~と、どうでしょう?」

「す、素晴らしい!採用、いや、先生!

是非とも笛のご教授願いたい!」

感動の面持ちで小吉の手を取り、師事をこいねがう家長。


「は、はい?あの~俺、手伝い奉公に来たんすけども?ちょっと?」

「いやいやいや!先生程の笛の名手を、奉公に雇うなどとんでもない!

客分として是非当家に逗留をば!」

VIP待遇を提示される。


思っても見ない厚遇騒ぎに、すったもんだの末、通いで生駒屋敷に笛の先生として、赴く事になった小吉であった。


因みにこの時代は連歌師程ではないが、絵師などの美術や、琵琶法師を代表とする音楽などの芸術関係は、かなり高度な教養であり、それらで全国を渡り歩いて、飯を食っている人達も珍しくなかった。


そんな貴重な教養を小吉は、自分が持っているとは全くの無自覚に、高い報酬に釣られてホイホイ生駒屋敷を訪れていたら、


「申し上げます!

織田の大殿様がお方様に会うため、此方にお渡り訪問になられます!」

(え?織田の大殿様って・・・織田信長が此処にくんのか!?)

一時期会いたくてしょうがなかった、織田信長の顔を拝む事になったのであった。


                続く

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