奉遷 前編
奉遷
「ただいまーーーー!! 」
「静かに帰って来れないのか、、」
国道が近くにある団地の一室、勢いよくドアが開かれるとともに大きな帰りの挨拶が響いた。
声の主は、二十代ほどの銀髪の女性。名前はソラナギだが、周りにナギと呼ばせている元神さま。人称・口調が安定しない。
彼女に返事をして、四畳半の居間で小さくため息を吐いた壮年の男性。名前は
アキはもともと最高位の神職の家系で、幼い頃から家業の手伝いをしていた。しかし、あることをきっかけに現在は離縁している。
「どうだい? 順調に不労所得は溜まってるのかね? 」
「株のことか? いくらお前の力で運が良くなったからって自動で儲かるわけじゃないんだよ。」
「めんどくさっっ! 」
「サラリーマンしていた頃よりかは遥かに楽だよ。」
「宝くじでも買えばいいやん? 」
「それは明らかにズルだろ。」
「アキもめんどくさいね! 」
「用がないなら自分の部屋に帰れ。」
アキは、パソコンと睨めっこをしながらナギをあしらった。それに対してナギは、背中にもたれかかりながら猫のように邪魔をする。株の勉強に集中したいアキは、無視をすることした。それを悟ったかのように、ナギが無茶なことを言い出した。
「そういえば今から静岡いかね? 」
「お前はいい加減に自分の立場を弁えろ」
「座敷童子てきな? 」
「ありがたみのかけらもないな。それに座敷童子も神さまの類いじゃないのか? 」
「それはいやだ! 」
「自分の発言で怒るな。」
「だって私たちにとって座敷童子は妖怪扱いだからさぁ〜それに位階が上がった子は名前まで変わっちゃうしでぇ〜ジェネレーションギャップってやつ? 」
ナギは、神さまを辞めたことにこだわっているが、常識や通念がズレてるせいでよく自爆する。アキは生来の面倒見の良さが災いし、ナギの癇癪に毎回付き合ってあげていた。その結果あしらうのは上手くなったが、肝心のナギの社会勉強は一向に進んでいない。
「そんなことはどうでもいいから、静岡に行く理由を教えなさい。そもそも一週間も失踪してなにをしていたんだ。」
「もしかして心配してくれた? 」
「まだ完全に人間になりきれてないやつのどこを心配しろと言うんだ。」
「それはアキのせいじゃん。」
「お前の力が強すぎるからだろう。」
「う〜〜」
「諦めてさっさと説明しなさい。どうせお前のことだから神さま絡みなんだろう。」
「へいへい。駿河の爺さんって言えばわかるかね? たぶん前に話したと思うんだけど。」
「あぁ、土砂災害が起きた時に顕現してまで集落の人間を守った神さまだったか?」
「そそっ! 元気してっかな〜って思って遊びに行ったら、神社がボロボロになってんよ! 麓の方も人がいないしでね? アタシ場所間違えた?って思ったらそうでもないしでビックリしちゃったのよ〜。」
「珍しい話でもないだろ。」
「でも信仰はまだあったんだよ!? 駿河の爺さんの力がまだ残ってたし」
「今の時代じゃ田舎なんて暮らしづらいから人が減ってくんだよ。」
「それ駿河の爺さんも言ってたな。」
「受け入れられないか? 」
「実際見てみないとっすね。それも頼まれてたから今度、目だけちょっと戻して欲しいです。」
ナギの言う戻すとは、神さまを辞めるために剥奪した力を復活させるという意味だ。彼女にとって、それは最も嫌悪感を伴う所業である。
「ナギ、いいのか? 」
「あの爺さんのためならお安い御用だ! 」
「はぁ、、こっちの苦労も考えてくれ、、」
「いずれは他のやつに頼む予定ではあるけどね。」
「その時にまた力を剥奪を頼まれるのか。」
「頼りになるね〜。」
「お前は頼ってるんじゃなくて、たかってるんだよ。」
「あ、ついでに引っ越しもしようよ。」
「はぁ!? 」
「そろそろ喫茶店やってみない? この部屋ってちょうどいいんだよね。」
「だからしっかり説明しろ! 」
◆
一週間後、ワゴン車に乗ってナギとアキは静岡へと向かっていた。
ハンドルを握るアキは、だいぶやつれた表情している。言わずもがな原因は、ナギ。
あの後、すぐに出掛けようとする彼女をアキは根気強く説教した。おかげで事情を聞き出すことには成功したが、大掛かりな準備が必要なことが発覚した。
二件の引っ越しを手配しなければならなくなったのだ。もし、そのままナギに振り回されていたらとんでもないことになっていた。
それを知ってか知らずか、ナギは気軽に『静岡行こう』と言い出したのだ。迷惑極まりない。しかしながら、理由が理由なのでアキは無茶でも付き合っている。疲労困憊になりながら。
対象的にナギは今、初めてのドライブに心躍らせている。
「やっぱ車ってすげーなぁ!! 」
「今度からは人の都合も考えなさい。それが人の道理だ。」
「ごめんごめん。今回のお礼で神酒もらえることなったから許してちょ。」
「お前が飲みたいだけだろう。それよりナギ、アイツらには器を用意させたか? 」
「まぁ妾の言うことを聞かぬ輩ではないからな。でも正直めんどくさいったらありゃしないねホント! 世辞はいらねぇから仕事だけしろっつーの!! いちいち古い敬語使わねーと喋れねーのかアイツら! その癖してずる賢くも見返りを要求するなんて何様のつもりだよ。」
「対価は何を要求されたんだ? 」
「クソみたいなことを言い出したからね! 昔の契約内容を説明してあげたら、すぐ黙ったよ! 既に支払い済みだってんだい! そもそもアイツらの仕事なんですから。」
「お前にしかできない方法だな。」
二人が話している『アイツら』とは、アキの実家のことである。実家と言っても総本山のようなものだ。昔から神と人の間を取り持つことを生業にしており、神社や仏閣の大元のような立ち位置にいる。
そして、信仰対象がいない唯一の神社でもあった。正確には、信仰対象に拒まれている、もとい信仰対象が神さまを辞めているという背景がある。
その対象というのがナギことソラナギだ。神さまだった頃に、アキの先祖にこの仕事を任せた張本人。もともと神さまから信仰されるような存在であったナギは、人間にまで信仰されるのを嫌がった。けれども強情に拝んでくるので、ナギは毛嫌いしている。
それでも関わりを持っているのはアキの為。ナギが神さまを辞める手伝いをしたことで、アキは命を狙われるほど嫌われてしまった。今はナギが言い聞かせて落ち着いている状態である。
なんやかんや言って持ちつ持たれつの二人であった。
神さまを辞めた話 城異羽大 @akg0283
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