ヨカクム星調査報告

沢田和早

ヨカクム星調査報告


 あの夢を見たのは、これで九回目だった。


 過去五回の報告通信は全てこの言葉で終わっていた。私はヨカクム星へ向かう超光速宇宙船の中でため息をついた。

 惑星ヨカクムは五十年ほど前に発見された未開の星だ。これまでに何度も行われた調査によってある程度の情報は入手できている。

 それらの情報の中で特に異質なのが四年に一度発生する珍現象「トリの降臨」だ。詳細は次の通りである。


 銀河暦が四の倍数となる年の二月二十九日の夕暮れ、天下無双のトリが降臨し、ダンスをしながら布団を製作する。その布団で眠った者は、あこがれの妖精とともにひなまつりの宴を楽しむ夢を九回見ることができる。


 これがこれまでに判明している「トリの降臨」の内容だ。


 この程度ならばさして珍しくもない。宇宙にはもっと奇っ怪で理解不能な現象が数え切れないほどあるからだ。問題なのはこの現象の調査に当たった者が全員帰還していない点にある。最初の調査員が行方不明になってから二十年になるが未だに見つかっていない。


「八回目の夢を見るまでは形式通りの定期報告が届いている。しかし九回目の夢を見た後は『あの夢を見たのは、これで九回目だった』の言葉を最後に、それ以降の報告は一切ない。現地へ調べに行ってもそこに滞在した痕跡すら残されていない。原住民は言葉を持たないので聞き取り調査は不可能だ。過去五回の調査で十九人が派遣され、全員行方不明のままだ」


 局長の言葉が重い。気分が重くなった。


「つまり私の主たる任務は調査員が消えた原因を探ることなのですね」

「そうだ。大変な困難が予想されるが頑張ってほしい。原因の究明だけでなく行方不明の調査員を発見できれば、年間給与の五十倍の特別手当が支給されることになっている。悪くない話だろう」


 重くなった気分が少し軽くなった。私は敬礼して答えた。


「はっ! 必ずやご期待に応えてみせます」


 こうして私は惑星ヨカクムへ出発した。辺境星系なので超光速宇宙船でも九日かかる。その間にヨカクムに関する情報を収集した。


「ひなまつりとは年中行事の一種なのか」


 ひなまつりという呼び名は最初の調査員である太陽系第三惑星地球の出身者が付けたものだ。ヨカクム星では春になると人形を飾って餅や白酒を飲む風習がある。その様子が地球のとある地域で行われているひなまつりという祭りによく似ているのでそう名付けたらしい。


「それにしても今回の派遣は私だけか。きっとこの件にはもう関わりたくないのだろう」


 本来調査は複数で行う。過去五回はいずれも三名以上のグループで派遣された。しかし今回は私ひとりだけだ。


「優秀な人材をこれ以上失いたくないのでな」


 と局長は言っていたが本音は諦めているのだろう。これまでの調査員と同じくもし私が帰還しなかったら、これを最後にヨカクム星の調査は打ち切りにするつもりなのだ。そんな前例はたくさんある。未開星の調査の場合はよくある話だ。


「やれやれ最後の外れくじを引いてしまったみたいだな。いや、まだ決め付けるのは早計だ。もし任務を果たせば一生遊んで暮らせるだけの特別手当がもらえるのだからな。外れくじを当たりくじにしてやる」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。リスクが大きければリターンも大きい。これは人生最大のチャンスだ。絶対にやり遂げてみせる。


 ヨカクム星に到着したのは二月二十九日の昼過ぎだった。トリの降臨が行われるのは惑星の最高峰、標高九百メートルのヨカクム山頂である。直ちにそこへ移動すると、すでに大勢の原住民が集まって人形を飾り餅を食べ白酒を飲んでいた。報告にあったひなまつりだ。


「言葉を持たない未開人にしては文化的だな」


 彼らは陽気にダンスをして祭りを楽しんでいる。見ているだけで心が和む。やがて日が傾き、西の空が橙色に染まり、辺りが薄暗くなり始めた。原住民が一斉に天を指差した。見上げると何かがこちらに向かって降りてくる。巨鳥だ。


「待たせたな。トリの降臨である」


 報告通り、巨鳥は銀河連邦標準語を話した。地に降り立った巨鳥はダンスを始めた。原住民たちも一緒にダンスをしている。

 私はさっそく最初の調査課題に取り掛かった。巨鳥がどれほど天下無双なのか、それを調べなくてはならない。


 二十年前の最初の調査では石を投げたり矢を放ったりしたようだがまったく無傷だった。二回目の調査では機関銃、火炎放射。次の調査では爆弾、ミサイルと次第にエスカレートし、前回の調査では核兵器を使った。それでも巨鳥は傷ひとつ負わないばかりか、山頂でダンスをしている原住民に被害が及ばないよう特殊なシールドを展開したのである。

 今回私が用意した兵器は核兵器をはるかに超える超磁力兵器だ。惑星の半分を一瞬で消滅させられる。


「発射!」


 ボタンを押した瞬間、全てが閃光に包まれた。しばらくしてその光が薄れ周囲には再び夕暮れの風景が戻ってきた。何も変わらなかった。巨鳥も原住民も楽しそうにダンスをしている。超磁力兵器でも巨鳥には歯が立たないようだ。


「なるほど。天下無双の言葉に偽りはないようだな」


 攻撃力は未知数だが防御力に関しては銀河最強と言わざるを得ないだろう。まずは第一課題クリアだ。


 やがて巨鳥はダンスをしながら自分の羽を抜き布袋に詰め始めた。報告にあったように布団を作っているのだ。最初に掛け布団、次に敷き布団、最後に枕。こうして寝具一式が揃ったところで私は行動を開始した。捕獲用ロボットアームを操作して、巨鳥が作ったそれらを奪い取ったのだ。


「よし、第二課題に取り掛かろう」


 次は巨鳥の製作した布団で眠り、憧れの妖精とともにひなまつりを楽しむ夢を九回見なくてはならない。これまでは九回目の夢を見た後で調査員からの報告が途絶えている。彼らの失踪にこの夢が大きく関与しているのは間違いない。


「さて、どんな夢を見せてくれるのかな」

 

 三人は余裕で眠れる大型の布団に潜り込むと、いきなり布団が縮みシングルサイズになった。これも過去の報告書通りだ。寝る人数に合わせて大きさが変わるのだ。

 次にお目覚めタイマーを九分にセットする。一晩ぐっすり眠りたいところではあるがそれでは九日かかってしまう。長すぎる。一回の睡眠を九分にすれば今日中に第二課題は終了だ。タイマーを頭にセットする。


「おやすみなさい」


 それがタイマー起動の合図だ。と同時にこの布団の催眠作用発動の合図でもある。布団自体が催眠機能を有しており、布団に入った者、及び布団の周囲にいる者を強制的に眠らせるのだ。

 以前、この星に五人が派遣された時、布団に三人が入り、残りの二人は観察しようとした。しかし「おやすみなさい」の言葉と同時に布団が拡大し、観察係の二人も無意識のまま布団に誘い込まれ、結局五人全員が眠ってしまった。

 逆に「おやすみなさい」を言わなければ、どんなに頑張っても眠ることはできない。なんとも融通の利かない布団である。私もたちまち眠りに落ちてしまった。


「あらあ、今回はひとりなの。寂しいな」


 眠りに入るとすぐ夢が始まった。目の前に立っているのは緑色のベレー帽と虹色のミニスカートを身に着けた少女。幼い頃に絵本で読んだファンタジー童話に登場する妖精バーグちゃんだ。なるほど。確かに昔は憧れていたかもしれない。久しぶりに見ると童心に帰った気がする。


「訳あって今回はひとりだ。夢に入ったのが複数なら出現する妖精も複数なのか」

「そうよ。各人の憧れている妖精がお相手するの」

「なるほど。で、これまで夢に入った調査員たちについてだが」

「そんな難しい話はやめてひなまつりを楽しみましょう」


 バーグちゃんは白酒を勧めてきた。飲む。いい気持ちだ。任務なんかどうでもいいような気がしてきた。そしていきなり目が覚めた。就寝してから九分が経過したのだ。物足りない。


「九分では短すぎるな」


 そう思ったが変更はできない。九分は当局からの指示だからだ。然るべき理由を提示しなくては変更できない。さすがに「夢をもっと長く楽しみたいから」とは言えない。


「取り敢えず最初の報告をしておくか」


 宇宙船内及び船外は二十四時間稼働の監視システムによって映像と音声が記録され、リアルタイムで連邦本部に送信されている。しかし夢の中までは監視できない。私はマイクに向かって先ほど見た夢の内容を簡単に説明した。


「では二回目の夢を見るとするか。おやすみなさい」


 タイマーをセットして二回目の睡眠に入る。また妖精バーグちゃんが出てきた。


「さっきは何なの。いきなり夢から抜け出しちゃって。起きるの早すぎるよプンプン。今度はもっと長くいてね」

「悪いがそれはできないんだ。それで、これまでの調査員たちについてだが」

「はい飲んで」


 またしても白酒だ。つい飲んでしまった。たちまち酔いが回る。


「ダンスをしましょう」


 妖精バーグちゃんと一緒にダンスをする。楽しい。そして目が覚める。


「本当にあっという間だな」


 二回目の報告をして三回目の眠りに入る。同じだ。酒を飲んでダンスしてバーグちゃんと一緒にひなまつりを楽しんで起きるだけ。

 やがて睡眠時間を長くしても無駄だと気づいた。楽しいのだ。九分が九時間になったところで任務なんか放り出して一晩中バーグちゃんとひなまつりを楽しんでしまうに違いない。それほどこの夢が持つ快楽性は逃れ難い魅力に溢れていた。


「ついに九回目か」


 何の成果も得られぬまま最後の夢となった。タイマーをセットして夢に入る。驚いた。そこにいたのバーグちゃんではなかったからだ。


「八回の夢、楽しめたかな」

「お、おまえは巨鳥!」


 驚く私を見下ろして巨鳥は大きく羽ばたいた。巻き起こる風が凄まじい。


「今回の提供者はひとりか。物足りぬがまあいい」

「提供者だと。どういうことだ」

「我は四年に一度新しい体に生まれ変わる。この布団は新しい体を作るための繭。眠るたびに繭のサナギは成長し、九回の眠りを終えた時、孵化する。おまえの体はもはやおまえの物ではない」

「う、嘘だ……」


 信じたくない。とても信じられる話ではない。しかしもしそうだとしたら全ての辻褄が合う。九回目の報告がたった二十音で途絶えたのも、調査員が全員帰還しないのも。巨鳥になってしまったのであれば全て説明が付く。


「嘘かどうか目覚めればわかる」


 その言葉とともに夢から覚めた。周囲が真っ暗だ。全ての電源が落とされている。これではカメラもマイクも稼働していないはずだ。これも巨鳥の仕業なのか。


「くそ、冗談じゃないぞ」


 直ちに電源室に向かおうとしたが体が重い。布団が全身に密着して離れないのだ。どんなに足掻いても布団から抜け出せない。


「何としてもこの事態を報告しなくては」


 布団を体に巻き付けたままイモムシのように床を這って電源室に入る。手が使えないので頭でメインスイッチを押す。照明が灯った。集音マイクも作動を始めただろう。大声で叫ぶ。


「九回目の報告を開始する。あの夢を見たのは、これで九回目だった……」


 しかし声にして言えたのはそれだけだった。またしても電源が落ちて船内が真っ暗になったからだ。


「う、うわあ」


 事態はさらに悪化した。布団から湧き出てきた無数の羽毛が全身を覆い始めたのだ。同時に体も大きくなり始めた。まるで何かに操られるように宇宙船のハッチが開いて外に放り出された時には、私は巨鳥になっていた。


「ふむ。悪くない体だな」


 元の巨鳥が体を重ねてきた。私の体がそれを完全に吸収する。二羽が一羽になる。その瞬間、全ての記憶と知識が流れ込んできた。行方不明になっていた調査員たちの記憶。それ以前に体を提供したヨカクム星人たちの記憶。さらにそれ以前の生物たちの記憶。この巨鳥は宇宙の始まりの記憶さえも持っていた。


「なんという偉大な存在なのだ。天下無双と呼ぶに相応しい」


 やがて私個人の記憶もそれらの一部に過ぎなくなった時、私は完全に巨鳥と化した。口から破壊光線が発射され宇宙船は跡形もなく消滅した。私がこの星に存在した痕跡は完全に消え去ったのだ。


「皆の者、喜べ。雛の巣立ちだ。雛祭りだ!」


 巨鳥の雄叫びが響き渡ると、月光と篝火に照らされてダンスをしていたヨカクム星人たちも惜別の叫び声を上げた。


「ヨカアークムウー!」

「ではさらばだ」


 巨鳥は力強く羽ばたくと宇宙を目指して舞い上がった。これから新しい銀河暦の四年間が始まるのだ。どんな冒険が待っているのだろう。どんな生物に会うのだろう。どんな願いを叶えてやるのだろう。巨鳥の一部となった私は楽しくて仕方がなかった。















 


 


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