第10話
僕は激しい衝撃音と、身体を貫くような激痛で目を覚ました。
死闘の末、敵の脳天が吹き飛んだ光景までは断片的に覚えている。
その直後、安心したのか、意識が途切れてしまったらしい。
重たい瞼をどうにか持ち上げ、周囲の状況を確認する。
……ここは車の中だ。
外は暗い。運転席には時嶺さん、助手席には黒崎が座り、僕は後部座席に座っている
二人の顔はこちらに向いている。しかし、二人の視線は僕にではなく、僕の横に向けられていた。
その先にあったのは、粉々に割れたサイドガラス。
そこから不自然に伸びる一本の腕。
割れたガラス片が僕の腕や太腿に突き刺さっており、鈍い痛みの正体はそれだったようだ。
思考よりも先に、本能が動いた。
僕は拳銃を抜き、その腕に向けて引き金を引く。
銃声と同時に、車内に鈍い金属音が響いた。
弾は当たったはずだが、血は吹き出さず、うめき声もあがらない。
そして、その腕の主が、ゆっくりと車内を覗き込んだ。
それは、人の顔ではなかった。
目も鼻も口もない、ただののっぺらぼう。
皮膚のように見えた表面は、よく見ると金属製だ。
姿形は人間に似せているが、明らかに機械だった。
「運転、お願い」
時嶺さんがそう呟くと、黒崎がすぐさまハンドルを握る。
彼女は後部座席からスナイパーライフルを取り出し、ロボに照準を定めた。
ロボットはこちらを向いている。
まだ気づいて無さそうだ。
ライフルの発砲音と同時に、ロボは弾を避ける。
ロボは確かにこちらを向いていたが、そもそも目がないので熱源センサーか何かで360度を感知しているようだ。
「全速力で直進!」
黒崎がアクセルを踏み込む。
車体が唸りを上げ、猛スピードで道路を突き進んだ。
ライフルの弾速並みでも避けられる相手だ。ならば、振り落とすしかない。
だが、ロボは窓から突っ込んできた腕を離さず、体ごと車内へ侵入しようとしてくる。
僕は咄嗟にその頭を蹴り上げた。
衝撃は確かにあった。しかし、ロボは微動だにせず、逆に僕の足を掴んできた。
そして、そのまま逆方向に——へし折った。
「っ、ぐああッ……!」
痛みに慣れているつもりだったが、これは別格だ。
骨が反対側に折れた感触が、生々しく脳に響く。
それだけではない。
ロボは僕の体ごと車の外へ引きずり出そうとしてくる。
咄嗟にシートにしがみつくが、ロボの腕力は人間の比ではない。
このままでは——持たない。
そのとき、車がトンネルに入った。
直後、ロボの力がふっと緩み、身体から火花を散らす。
黒崎が車を壁ギリギリまで寄せ、ロボを挟み込んだのだろう。
ロボの背中の塗装が剥がれた。だが、反応は早い。
屋根に飛び乗ると、かすり傷程度で済ませた。
「ここ、右!」
車が鋭くドリフトする。
強烈な遠心力が車内を襲うが、それでもロボは落ちない。
ここまでしても振り落とせないなら——殺すか、壊すしかない。
「夜宵ちゃんは戦って。常世くんは、今すぐ治して」
黒崎の声と同時に、彼女は瞬間移動で車の屋根に跳び上がる。
僕は意識を折れた足に集中させた。
足は90度、逆方向に折れている。だが、やるしかない。
僕は歯を食いしばり、折れた足をさらに逆へと折り返した。
「ッ、く……!」
予想できる痛みほど辛いものはない。
力任せに動かしたせいで、別の箇所も折れた気がする。
屋根の上では、黒崎とロボが激しく交戦していた。
衝撃と振動が車体を通して伝わってくる。
その最中、ロボの足が車内に突き出し、僕を蹴ってきた。
かろうじて避けたが、座席には大きな穴が開いた。
直撃していれば、即死だっただろう。
これは僕に対する攻撃だ。
だが黒崎もやられていない。つまり、ロボは同時に二人を相手取っている。
それでも僕に攻撃を仕掛けてくるということは——まだ余裕があるという証だ。
……どれだけ強いんだ、この機械は。
黒崎は何度も車から吹き飛ばされ、瞬間移動で戻ってきては再び吹き飛ばされる。
僕も攻撃は通らず、避けるのが精一杯。
手元には、武器がない。
ポケットに入っているのは、グレネードだけだ。
説明書には「半径50メートルを破壊可能」と書かれていた。
バカみたいな破壊力だ。だが——これをどう使う?
思考を巡らせているうちに、車は再びトンネルへと入った。
その瞬間——僕はひらめいた。
ピンを抜き、グレネードを車の後方へ落とす。
数秒後、大爆発。トンネルが崩壊し、道をふさいだ。
さらに前方にもグレネードを投げ、同じように崩落させた。
前後の道が完全に閉ざされ、電波も遮断された。
そうだ——さっきロボの動きが鈍くなったのは、壁に挟まれたからではなく、
トンネルによって“電波”が遮断されたからだ。
完全ではないにせよ、明らかに反応は鈍くなっている。
僕は目の前のロボの足に拳を叩き込んだ。
拳が赤く腫れ上がる。
銃弾をも弾く金属を、素手で殴ったのだ。当然の結果だ。だが、当たらないよりはよっぽどマシだ。
それでも、ロボは動いている。
「車から離れて!」
時嶺さんの声が飛ぶ。
スナイパーライフルの銃声が響き、今度は確かにロボに命中した。
ロボは、車ごと激しく燃え上がった。
だが——ひとつだけ、疑問が残る。
なぜ、僕たちは狙われているのだろうか。
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