第四章 個人能力の判定(二)
咲羅は高等部の食堂できょろきょろとあたりを見回していた。四人がけのテーブルがいくつも並んでいる。色とりどりの髪と目を持った生徒たちで、ほぼすべての席が埋め尽くされていた。
「どうしましたの?」舞弥が問いかけてくる。
「うん」
曖昧に答えている間も、咲羅は藍色の目を右や左に動かした。早々に食事を終え、大人気のデザートのために長蛇の列に並んでいる夕希の背中が視界に入った。
「やっぱりいないな」
「どなたかお探しですの?」
「ちょっとね」
咲羅は沙智の姿を探していた。同い年だと言っていたのに、学園に来てから一向にその姿を見かけないのだ。他のクラスにもいないようだった。
「学園長といっしょに私の村に来ていた人なんだけど」
「お名前はわかりますの?」
「うん。霧立沙智っていうんだけど」
その瞬間、食堂が沈黙に支配された。水に石が落ちた時の波紋のように、咲羅を中心として沈黙が同心円を描いて広がっていったように思えた。
「え?」
咲羅は頬を引き攣らせた。隣のテーブルの人と目が合うが、すぐに視線を外された。他の人も同様だった。咲羅は藁に縋る思いで舞弥を見た。舞弥の眉間にしわが寄っていた。
周囲の喧騒が徐々に戻ってきた。同時に、突き刺さるような視線をいくつも感じた。
「そのお名前は」
舞弥が声を潜めて言った。
「あまり口にしない方がいいかもしれませんわ」
「なんで?」
「彼は確かに同い年ですが、授業に出ることはありませんわ。能力値が高く、幼いころから魔物狩りの任務ばかりしているそうです。また……」
舞弥は一度言葉を切った。
「粛清人として人を斬ることもあるそうですわ」
社会科準備室を目指して、咲羅は校舎の一階から二階へ移動していた。
先ほど舞弥から聞いたことが、脳裏に焼き付いて離れなかった。
沙智が粛清人? 人を斬っていた?
彼の腰にあった刀を思い出した。あれで魔物だけでなく、人も……。スクールバッグの肩紐を強く握った。人を殺めることは違法だ。どんな理由があっても、現代の日本では認められない。沙智が犯罪者? いや、でも風原は外とは違うルールが敷かれている。
混乱していた。
咲羅には沙智が悪人とは思えなかった。口数が少なく、自分以上にコミュニケーションが不得意そうだったけれど、温もりがある人だった。あそこまで恐れられる人にはとても見えなかったのに――。
考え事をしていた咲羅は、突然よろけた。上げた右足が、予想よりも下に着地したのだ。全体重が乗った足の裏に、じんっと痺れが走った。
足元を確認すると、もう一つあったはずの段差はなくなり、二階の床タイルを踏んでいた。見間違えたのだろうか。消えた段差を不思議に思いながら歩き出すと、今度は何かに躓いた。
「あ!」
油断していた咲羅は、幼い子どものように前のめりに転んだ。膝と肘、手のひらを強くぶつけた。痛みに顔を顰めながら勢いよく振り返ると、タイルがひとつ、不自然に上に飛び出ていた。タイルはゆっくりと床に沈んでいく。そこには土精霊の気配があった。
階上から女子たちの甲高い笑い声が聞こえてくる。聞き覚えのある声。蘭たちだ。
「ちょっと!」
四つん這いのまま、咲羅は上を睨みつけた。
笑い声とともに足音が遠ざかっていく。今から追いかけても無駄だろう。
委員長である亮に諌められて以来、蘭たちは影で咲羅に嫌がらせをするようになった。今のように足を引っかけたり、晴れた日に頭上から水を降らせたり、ドアノブを触った瞬間に青白い火花が散るほどの静電気を起こしたり。
才の無駄遣いもいいところだ。彼女たちの幼稚な行為に付き合わされる精霊たちがかわいそうだと思う。
「幼稚園児はどっちよ」
咲羅はため息を吐きながら、立ちあがろうとした。しかし、足に痛みが走り、動きを止めた。右膝から血が流れていた。
「さいあく……」
転んだ衝撃で放り出されていたスクールバッグを引き寄せ、壁に背を預けて座った。ティッシュペーパーを取り出し、血を拭く。それから、傷口に両手を当てがい、うんと力を込めた。手のひらがほんのり温かくなり、脈打つような痛みが引いていく。手をどかすと――膝の裂傷が跡形もなく消えていた。
最初に傷を治したのは、小学校に上がる手前だった。
その日も両親は急患で呼ばれ、咲羅は家で一人留守番をしていた。廊下でひなたぼっこをしながら窓の外を眺めていると、いきなり窓ガラスにスズメが突進してきた。びっくりして庭に降りると、スズメは気絶していた。かわいそうで悲しくて、どうしても助けたいと強く願いながら、小さな体を両手で包み込んだ。
すると、いつのまにか手の中にいたスズメが元気になり、飛び去っていった。その後も似たようなことがあり、自分には傷を治す力があるのだと知った。
このことは誰にも言っていない。両親にも、風原の人たちにも。
風原でも言っていない理由は二つ。一つは、傷を治す才はないのか尋ねると「あったら便利だよな」と夕希たちが笑っていたから。もう一つは、才を使う時に見える気が、傷を治す時には出ていないから。
もしかしたら傷を治す力は風人の力ではないのかもしれない、という不安が咲羅にはあった。
異質な力だと分かれば、また恐れられたり、避けられたりするのではないか。そう思うと怖くて、誰にも話せないでいる。夕希たちに余計な心配をかけなくて済むのは利点だが、もし、これが本当に異質の力だとしたら――。
また、わたしは一人になってしまうかもしれない。
咲羅は身震いをした。そろそろ補講へ行かなければ。立ちあがったのとほぼ同時に、階下から夕希の声がこだました。
「さくらー!」
夕希が、舞弥と一緒に階段を上ってきていた。
「どうしたの?」
「ホダじいから伝言! 急に会議が入ったから、今日の補講は休みだってさ」
「そうなんだ。ありがとう」
こういう時、スマートフォンがないのは不便だと感じる。
咲羅の隣までやってきた夕希が興奮した様子で言った。
「補講がないってことは、咲羅に時間ができたってことだよな。じゃあさ、春の道でも行こうぜ! 花見しようって言ってたのに、咲羅、修行ばっかで行けてなかっただろ?」
「そうですわね。まだ、しだれ桜であれば残っているでしょうし」
「いいね。行きたい」
「決まりだな! じゃあさっそく――」
「失礼」
浮かれる三人の背後から低い男の声がして、咲羅の心臓が飛び跳ねた。
振り返ると、黒髪をオールバックにしたスーツ姿の男が立っていた。太い眉は、まるで定規で引いたかのように完璧な直線を描いている。際立つ高い眉骨の下で鋭く光る目は、夕希と同じ橙色。夕希の又従兄で、学園長秘書をしている
村にいた咲羅を車で迎えにきて、学園まで連れてきた人だった。
「とうちゃん!」
夕希が桐夜に勢いよく抱きつく。
桐夜は眉ひとつ動かさず、当然とばかりに自分の首にぶら下がる夕希を受け入れている。そればかりか、小さい子をあやすようにやさしく夕希の背中を叩いてやっていた。
咲羅は目を丸くして、二人の様子を見ていた。
「お父さん?」
「お父さんの『とう』ではなく、桐夜さんの名前の二文字ですわ」
舞弥が説明してくれる。
「紛らわしいから呼び方を変えたらって言っているんですけど、聞かないんですから」
「だって、とうちゃんって呼び方のが、かわいいだろ」
「俺もそろそろ変えてほしいと思っているが?」
桐夜は不満げな口調で言った。しかし――。
「えー今更じゃん! いいだろ、とうちゃん!」
夕希がお願いをすると、桐夜はすぐに眉尻を下げる。細められた目は、愛犬や愛猫に向けるような慈愛に満ちたものだった。変えてほしいと言いながらも、無邪気に慕ってくる夕希がかわいくてしかたがないらしい。
桐夜の反応に夕希はすっかり満足したようだ。体を離すと、手を頭の後ろで組みながら、満面の笑みを咲かせた。
夕希から解放された桐夜は、スーツのしわを丁寧に整える。表情を引き締め、咲羅に向き直ると、うやうやしく一礼した。
「お久しぶりです」
咲羅もつられて頭を下げた。
桐夜は先ほどまでの態度が嘘のように、ロボットのような人間味に乏しい表情で言った。
「楽しそうなお約束をしていたところ申し訳ないのですが、学園長が咲羅さんを呼んでおります。ご同行願えますか」
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