第三章 風人たちの学園(三)

 グラウンドに響く歓声に、咲羅はゆっくりと顔を上げた。

「飛べた!」

 空中で喜びの声を上げる同級生の姿が視界に入る。手の中のスコップが重くなった気がした。


 四月三日。桜が満開に咲き誇る中、新学期がはじまっていた。

 風人の子どもは希少で、各学年わずか二十人ほど。初等部から変わらない顔ぶれは、息の合った一つの集団を形成していた。その輪の中に、咲羅の居場所はまだない。他の生徒たちが難なく授業をこなしていく中、咲羅は基礎から学ばなければならなかった。

 すでに通常の授業が始まっている。午前中は外界の高校と同じような数学や国語、家庭科といった授業。しかし午後は、風子学園独自の授業が毎日行われていた。

 今はその独自の授業の一つ、「実技特訓」の時間である。《浮遊》と呼ばれる才を習得するため、同級生たちは奮闘していた。

 グラウンドのそこかしこで、ジャンプを繰り返す生徒たち。みな体から緑色の気を発し、真剣な表情で空を見上げている。その中で咲羅は一人スコップを持ち、グラウンドの土を掘り起こしていた。

「あれ何してるの?」

「土の精霊の声すら聞こえないらしいよ」

「えー、初等部生以下じゃん」

「やっぱり外人げじんに育てられた子だね」

 広大なグラウンドで、陰口だけが鋭い風となって咲羅の心を切り裂く。

 咲羅はスコップを指先が白くなるほど固く握り、荒々しく地面をえぐりはじめた。そんな咲羅を見かねてか、夕希が駆け寄ってくる。後ろには舞弥もいた。

「咲羅、大丈夫か?」

「うん、ありがとう」

直隆なおたかせんせーもひでえよな。土の精霊の声を聞くために、ひたすら土を掘れだなんてよ」

「合理的な方ですから、なるべくご自身の手間をかけたくないのでしょう」

 舞弥の視線の先には、青碧色の髪と萌黄色の目をもつ住江すみえ直隆の姿があった。新緑の山と同じやさしい色をしているのに、能面のような無表情が、春の陽気さえ凍りつかせるような気配を漂わせていた。

 アドバイスを求める生徒たちに囲まれていた直隆が、ついとこちらを向いた。

「やべっ」

 夕希たちは慌ただしく元の場所に戻り、再び《浮遊》の特訓に向けて集中しはじめる。また一人グラウンドの端に取り残された咲羅は、黙々と土を掘り続けた。


 授業が終わり更衣室へ向かう途中、咲羅たちの背後から尊大な笑い声が聞こえてきた。

「砂遊びに二時間も費やせるなんて、外界はよっぽど暇なところなんだろうなあ」

「通う校舎を間違えてるのかもよ。たとえば、初等部とか」

「あ、それなら教えてあげた方がいいよね」

 肩を振るわせていた夕希が振り返った。

「おまえらなあっ! 咲羅の悪口を言うんじゃねえ!」

 後ろにいた同級生女子三人組は、つんとすました顔をしている。

「なによ、夕希。誰も咲羅さんのことなんて言ってないでしょ」

「砂遊びとか外界とか、明らかに咲羅のことだろ!」

「被害妄想はやめてよ。ねえ」

 女子たちはくすくすと笑い合った。

 言葉を失い、口を鯉のように動かす夕希。代わりに舞弥が出ようとしたが、咲羅が制止した。

 華奢な体つきと物静かな性格ゆえに軽んじられがちな咲羅だが、十五年間《黒》に混じって生活してきた経験は伊達じゃない。揶揄われること、意地悪を言われることには慣れている。咲羅は鋭い眼差しで女子たちを見据えた。

 一歩前に出た咲羅が何を言うのか、女子たちは薄笑いを浮かべながら窺っている。

「わたしが風原の外で生まれ育ったのも、才がぜんぜん使えないのも事実だから受け入れるよ。でも――」

 咲羅の唇が挑発的に歪んだ。

「あなたたちも落ちこぼれだよね」

「は?」

 女子たちは苦い顔になった。

「だって、今日も《浮遊》できてなかったじゃない。できた人だっていたのに」

「あのねえ。《浮遊》は高校卒業する時までに習得できればいいの」

「でも、現時点で人より劣っているってことでしょ。下を見ている場合じゃないんじゃない? あ、それとも、自分より優れている人には何も言えないから、わたしに構うの? 優越感に浸りたいから?」

「あんたねえ!」

 黄金色の髪と目を持ったリーダー格の女子の体から赤い気が漂い、瞬く間に炎となって立ち上る。

 頬に熱を感じた咲羅は、体の血が頭から足元へ下がっていくのを感じた。

 火を纏った手が咲羅に迫ったその瞬間――。

「ストップ。ストーップ!」一人の男子生徒が割って入ってきた。

 代赭たいしゃ色の髪と菜種油なたねゆ色の目を持った細身の男、クラス委員長を務めている早瀬はやせりょうである。先ほど、同級生で唯一《浮遊》を成功させた人でもあった。

「ちょっと。才を使った私闘は禁止されてるでしょ」

「委員長……」

 女子たちは急におとなしくなる。

「この子が失礼なことを言うから……」リーダー格の女子が、もごもごと言い訳をした。

「先に言ったのはらんたちだよね。外界や外人のことを悪く言うことも、校則で禁止されてるよ」

「でも、お父さんだって言うもん」

「昔と今じゃ時代が違うんだよ。そんな調子じゃ卒業できないよ。僕、同級生から留年が出るなんて嫌だな」

 亮のやさしい声に諭された女子たちは顔を赤らめ、「わかった」と言って、そそくさとその場を後にした。

「謝れよっ!」

 夕希の叫び声は届かない。

 女子たちがいなくなると、亮は「挑発はほどほどに」と言い残し、去っていった。

「鮮やかですわね」

 舞弥が感心したように言う。咲羅も深く頷いて同意した。

「それにしても、咲羅も言い返せる人で驚きましたわ!」

 舞弥は桃色の目を愉快そうに細めた。

「受け身じゃエスカレートするだけだって身をもって知ってるから。でも、ここだと無闇に攻撃しちゃだめだね……」

 亮の介入がなければ、事態は収拾のつかない方向へ転がり落ちていたかもしれない。顔を焦がしそうな熱気を思い出し、咲羅は小さく身震いした。

 しかし、舞弥はあっけらかんとしている。

「あら、大丈夫ですわよ。目には目を、歯には歯を。もし亮が来なければ、私が水をぶっかけてさしあげるつもりでしたわ」

「え?」

「あたしも殴る準備はできてたぜ!」

 咲羅は瞬きを繰り返す。

「もしかして、彼女たちと仲悪い?」

「私も夕希も正直者ですから」

 舞弥は耳にかかった髪を優雅に掻き上げると、かわいらしい顔に満面の笑みを咲かせた。

「つい、幼稚な方には幼稚だと教えてさしあげたくなりますの」

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