第三章 風人たちの学園(二)
その後、咲羅たちはカフェテリアに移動した。昼時で混みあってはいたが、春休みのためか満席にはなっておらず、窓際の丸テーブルを陣取ることができた。
BLTサンドを頬張る咲羅は、二人から風原の常識を教わっていた。その中で特に驚いたのは、風原ではスマートフォンやタブレットを使わないということである。デスクトップパソコンなど据え置きの電子機器はあるものの、携帯機器は一切ないそうだ。
「じゃあ教科書もぜんぶ紙なの?」
「ええ。電子機器を持ち歩くことを精霊たちが嫌うんです」
「持ってたら、才が使いにくくなるんだぜ」
咲羅は初めてスマートフォンを買ってもらった日のことを思い出した。嬉しくて、次の日すぐに大桜の精霊たちに見せに行ったが、彼らはとても不機嫌になってしまった。それ以来、大桜にスマートフォンを持っていくことはなかった。
あの時精霊たちが怒ったのは、自分が画面に夢中になって、彼らとの会話を疎かにしていたからだと思っていた。でも実は、電子機器自体を嫌っていたのだと今になって知る。
「あれだろ!
夕希はサンドイッチの包み紙を無造作に丸めると、トレイの上に放り投げた。
「スマホのこと?」
「そう、それ!」
「ドラマはテレビに映して観るから。スマホで観るのは、一分くらいの短い動画ばっかりだよ」
「一分? おもしろいのか、それ」
「おもしろいよ。ドッキリとか雑学とか、料理動画は参考になるし、動物の動画は癒されるし」
「外界には楽しいことがたくさんあるのですわね」
舞弥は優雅な仕草でミルクティーのカップを手に取り、その香りを楽しむように口元へ寄せた。
「二人は、風原の外に出たことないの?」
夕希と舞弥は一瞬顔を見合わせ、ほぼ同時に首を横に振った。
「基本的に二十歳になるまでは外に出られない決まりですから。保護者同伴であれば可能ですけれど、私も夕希も両親は風原の里におりますし」
「里?」
「私たちの生まれ育ったところですわ。先ほど風舞雲で飛んだ時、北に高い山が見えませんでしたか? あれは
「風人はみんなそこで暮らしているの?」
「いいえ。大人は外界に出て働いている人がほとんどですわ。子どもができたら戻ってきたり、どうしても仕事を辞められない方は子どもだけ親族に預けたりしますわね」
やはり基本的には出られないのか。
卒業まであと五年弱。五年前と言えば、父が黒いウィッグとコンタクトを買ってきてくれたころだ。随分昔に思えた。五年という長さを考え、不安が込み上げてくる。その気持ちを反映するかのように、グラスの中で積み上がった氷が崩れ、冷たい音を立てた。
「優秀になれば、外に出られるんだよね」
咲羅の質問に、夕希と舞弥はきょとんとした顔になった。
「卒業を待たずに、外に出られる方法があるって学園長さんから聞いたんだけど」
「風牙さんから……」舞弥は少し考え込んでから、顔を上げた。「ああ、きっと任務のことですわね」
「任務?」
「高等部生になれば任務を受けられますわ。実力次第で外界の任務も。任務中ですから、自由に行動できるわけじゃないそうですが」
「そうなんだ」
夕希がコップを傾けたり、回したりしながら尋ねた。
「咲羅は、外界に帰りたいのか?」
「まあ……」
舞弥が眉尻を下げて言った。
「しかし、外界に出る任務は高難易度のものが多いですから、一年生が受けられるものではありませんわ」
「そっか」
厳しい現実に、咲羅は肩を落とした。地道に努力するしかないようだ。そもそも、他の子は七歳から学園に通っているという。九年分の遅れを取り戻している間に、卒業の日が来てしまうかもしれない。なるべく早く帰ると言ったのに。
両親のことを考えていた咲羅の視界の端で、夕希がゆっくりと立ち上がった。
「……いや、いいじゃんそれ」
「夕希?」
夕希の片足が椅子の座面に乗った。それから、舞弥がデザートに取っておいたチュロスを手に持ち、勇者の剣さながらに天高く掲げた。
「風人の世界は弱肉強食! 学年なんて関係ない! 強さこそ正義! 強ければ誰にも邪魔されない! 強くなってあたしは外に出る!」
物語の勇者のように高らかに演説する夕希。その自信に満ちた言葉に聴衆は感動する――かと思われたが、
「小学生のようなことはやめて、早くそれを返しなさいませ」
冷めた桃色の目に一蹴された。
「お前の辞書には、ノリっていう言葉が載ってないのか!」
「おバカさんに付き合うノリは存在しませんわね」
「なんだと!」
二人の言い争いが白熱する傍らで、咲羅は夕希の言葉を反芻していた。
強ければ、誰にも邪魔されず両親に会いにいける。二十歳を待たずに。じゃあ、強くなろう。どんな任務も受けられるくらい。外に出てもいいと思われるくらい。
咲羅の心に決意の火が灯ったその瞬間、
「いたっ!」
夕希の放った電気が頬に直撃し、咲羅は悲鳴をあげた。
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