病院

つばきとよたろう

第1話

 羽毛布団に比べると、病室にある綿の布団は硬く重かった。二週間に一度、シーツは取り換えられるから清潔だった。シーツの片側にある四つの留めは、二つの輪を作った紐を特殊な結び方で結んであった。これを結ぶのは簡単なようで難しい。よく調べてみると、なんとか原理は分かった。が、知恵の輪みたいな仕組みに頭が騙されて、やってみると結び目が長くなって思い通りにならない。介護助手なのか、看護補助なのか本当の役職は知らない。青い服の人と教えられた。その青い服の人はシーツを慣れた手付きで交換していく。シーツの留めを結んでいる手が巧みに動いて、ダンスしているようだった。食事とトイレの時間以外、ベッドの上で過ごす患者もいるくらいで、ベッドの上は入院生活で重要な居場所だから、シーツの交換する時は居場所を失った患者で、三度の食事をするティールームは溢れていた。先生は食事のことを給食と呼んでいた。給食は朝8時15分、昼12時、夕18時と決まっていた。これは至って正確だった。ティールームには二台のテレビが設置されていたが、チャンネルは固定されていたし、変えるには職員に頼まなければならなかった。チャンネルを変えられないテレビには、思いのほか興味が湧かない。恐ろしく退屈な入院生活をつぶしてくれるほどには役に立たなかった。世の中の情報を知るにはこの不便なテレビと、夕方には消失する二社の新聞と、時々話し掛けてくる河内さんくらいだった。河内さんは野球にとても詳しかった。野球にあまり興味がない私に、大谷がどれだけ凄いかを教えてくれた。

「田中さん、田中さん。2024年のナショナルリーグで、二番目にホームランを打ったのはマルセル・オズーナ39本」

 河内さんは総理大臣のインタビューのように言った。

「39本」

「大谷は」

「五十なん本だったですかね」

「54本」

「凄いですね」私は感心した。

「凄いって、怪物だぞ」河内さんは、かっと目を見開いた。

「田中さん、いいよ」

 河内さんの話は突然と終る。私は警察の職務質問から解放されたみたいにほっとする。そんな河内さんが昼食で、これは気合入れて食わないかんと意気込んでいたのは、大盛りのうどんだった。

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病院 つばきとよたろう @tubaki10

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