カッパ詐欺
@me262
カッパ詐欺
今後のことで話し合うために、相棒が先に泊まっている、とある宿屋にやって来た。しかし女将に尋ねた所、当人は昨夜から帰っていないという。もう昼前だ。歳のいった女将は心配そうな表情で、もしやカッパにさらわれたのではと口にしたので、俺は思わず聞き返した。
「カッパ?あのカッパ?」
「この宿の裏手を少し歩いた所の沼で、昔から時々人が居なくなるんですよ。だからそういう言い伝えができたんです。あのお客さんにもこの話をして、近寄らないでくれと言ったんですがね……」
確かに旅館までの道端で、カッパのイラストが描かれた幟やポスターを幾つも見かけた。オカルト好きの相棒が、東京から離れた田舎町の宿屋を指定してきた理由がわかった。
あの野郎、ふざけんなよ。
俺は相棒の部屋に自分の荷物を置くと、今から警察に連絡すると言う女将を後に宿を出た。駐車場に停めた俺と相棒の車の間をすり抜けて、裏手にある沼に向かう。
カッパだと?馬鹿馬鹿しい。与太話を真に受けやがって。どうせ酒瓶抱えて見物に行って、飲んだくれて寝ているんだろう。あの女将もわざとらしい。町中でカッパの宣伝をしながら近寄るなだと?しけた田舎に少しでも客を呼ぶためにやっているんだろうが。俺達が、こんな詐欺商売に引っ掛かってどうするんだ。
俺も相棒も詐欺師じゃない。ほんの少し盛った話をするだけだ。大の大人の癖に本気にして、自分でまともに調べようともしない奴らの方が間抜けなんだ。結局この世は自己責任だ。俺は詐欺師なんかじゃない。
国道から離れているせいで極端に静かな荒れ地の、辺り一面に生えた丈の高い雑草の中を歩いていくと、沼が近いせいか足元がぬかるんでくる。不意に草一本ない広場に出ると、その先にさして広くもない、黒味がかった沼があった。水を多量に含んだ地面には大きな男物の靴の真新しい足跡が一人分、沼へと伸びている。
相棒のものに違いない。俺は苛立ちを感じながら足跡を辿って沼に近付いた。こんな遊びに付き合っている場合じゃないんだ。早いところ手を打たないと……。
沼に着く途中で俺は動きを止めた。沼の周りには誰もいない。沼の縁まで続いていた足跡は、そこで少し歩き回っているが、結局こちらに引き返している。
その足跡が途中から、ない。
沼の縁から五歩程引き返した所で、足跡が消えている。何度見返しても、それ以上足跡が続いていない。沼の周りは全てぬかるみだ。硬い地面などどこにもない。
俺をからかっているのか?あの位置から逆に足跡を踏み直して、沼地を離れたんだろう?自分を探しに来た俺が、この状況を見てビビっているのを、近くの雑草の中から笑っているんだろう?この悪党め!
そう思ったが、どうしてもその先に進めない。もしも、本当にカッパがいたら。何もない沼と見せかけて、油断して帰ろうとした者を背中から襲って沼に引きずり込むのを手口にするカッパだとしたら……。
俺は宿に戻ることにした。幸い沼まで距離がある。仮にあそこからカッパが飛び出してきても、充分に逃げ切れる。念のために沼から目を離さず、後ろ歩きで来た道を帰る。
足が動かない!
慌てて下を見ると、ぬかるんだ地面から泥だらけの手が幾つも突き出て、俺の両足首を掴んでいる。
沼まで10メートル以上もあるのに!
悲鳴を上げて逃げようとするが、凄まじい力で足首を掴む泥の手は、俺の身体を微塵も動かさなかった。それどころか、ぬかるみの中に引っ張っていく。
「助けてくれ!誰か助けてくれ!」
俺は頭を背後に向けて必死に叫ぶが、あっという間に腰まで泥の中に埋まる。
こいつらはカッパなんかじゃない!
俺は漸く相手の正体に気付いた。
カッパの噂を聞き付けた者を泥の中に引きずり込む。地元の住人はカッパだと思い込んでいるから沼の中は懸命に探すが、その周囲にある泥の中は放ったらかしだ。カッパは沼にいるからだ。当然何も見つからない。行方不明者の誕生だ。そして再びカッパの噂が生まれ、噂を元にカッパを見に来る者を待ち受ける。こうして何百年も人を襲ってきたのだ。こいつらに名前などない。全てをカッパの仕業に見せかけている、こいつらのことなど誰も知らないのだから!
「助けて!神様助けてください!」
俺の叫びを嘲笑うように、肩へ纏わり付く泥の手が小刻みに震えた。自分でも意味不明の悲鳴を上げ続ける俺の頭を、泥の中の詐欺師たちはぬかるみの中に押し込んでいった。
カッパ詐欺 @me262
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