26話 「カイ vs 炎龍」

 早まる鼓動を抑え、自分の中で成功するイメージを反復する。

 意識を指先に集中させ、龍に狙いを定めた。


 杖を構え、全力で迎え撃つ。

 高密度の水の弾丸を生成、通らないと分かっていながらもこちらに注意を引くため、巨体に向けて放った。

 龍は翼でそれを凌ぎ、こちらを睨む。そしてその両翼を広げ、こちらへ向かう。


「……来い」


 俺はアビスティアへと入っていく。

 瓦礫の多い道を風魔法でかき分けながら足場を作り、いくつもの角を曲がり後退。

 建物の死角に入り、身を隠す。


 やはり龍は数ある家の中からこちらを探るのは苦手なようで、次々と家を破壊して回る。

 そんな龍を見ていると、1つ気になる事があった。


 腹に、傷のような物が見える。

 港町での戦闘の際にそんな物があった記憶はない。


 龍の弱点を思い出す。

 奴はその鱗と堅牢な体でどんな攻撃も弾いてしまい、致命傷にならない。

 だがそれは外側だけの話。


 倒す方法はなんらかで奴の腹に風穴を開け、そこに炎魔法を打ちこみ、内側から内臓を焼き尽くす事。

 そう、グロムに話したんだ。


 もしあの傷が、腹を貫き奴の内側にまで届くのなら、あるいは……。

 突き技程度の小さな裂け目。

 だがそれがグロムの遺志なのだと、感じ取る事が出来た。


「……!」


 龍がこちらに目を付け、ブレスを吐く。

 間一髪水の壁を作り相殺し、再び街の奥地、入り口から外周を回るように右方向の地区へ足を進める。


 これまでの疲労が蓄積し、足が重い。

 だが動かさなければ死ぬという実感のみが体を震わせる。

 先の攻撃も寝不足から、明らかに反応速度が落ちていた。

 少なくとも今の状態で反撃に転じるのは難しいだろう。


 街の外壁に少し目をやる。

 大都市というだけあり堅牢な外壁を誇っている。

 炎龍を前にすれば無力だろうが、100年経っても朽ちないその壁は過去の人間の文明を象徴している様だ。


「ん……?」


 外壁上部、都市の外を目指すように一基の大砲のような物がある事に気付いた。

 あれは紛れもなく100年前の文明、外側からの攻撃に対抗するよう作られた兵器だろう。


 だがその見た目は、魔道具だ。

 魔道具の兵器は魔力のある者なら簡単に使用でき、使う物の魔力によってその威力を増す。

 外壁に物々しく置かれているのなら、杖等よりも火力を発揮する事は想像に難くない。


 龍は次々と建物を破壊し、こちらへと迫る。

 そうなればまた居場所を変え、やり過ごす。

 姿を視認された時は刺を飛ばされる、ブレスを吐かれる等の攻撃を警戒し、的確に距離を取りながら時間を稼いでいく。


 恐らくまだ数分だろう。ミリーが増援を呼びに来るまで、ざっと2時間とすると、これだけの大都市でも隠れ場所が足りないように思えた。

 龍もそれを理解しているのか都市の全てを次々と破壊し、既に6分の1程度が崩壊している。

 完全に崩壊すれば、反撃の手段を失う。


 一か八かだが、やってみるか。

 少しでも怯ませる事が出来れば御の字だ。


 風魔法を使い外壁に登ると、先程目を付けた大砲と同じものがある。

 手をかざし魔力を込めると、それが数倍にまで膨れ上がるのが分かった。


 龍は外壁にまで姿を現しこちらを睨みをきかせると、即座に距離を詰めてくる。

 適切な距離はこちらの攻撃が命中する上、身を翻して逃げ出せる程度の距離。

 100m……80m……60m……。


「……っ!」


 全身が震える程の力で強く魔力を込める。

 魔道具から力強い反動が伝わり、想像以上の火力で水の弾丸が射出された。

 威力は3倍か、それ以上だろう。龍の翼の付け根の辺りに命中し、明らかに奴が怯んでいる。


 活路が見えた。

 俺の魔術で最も火力が出るのが水である事から水魔術を選択したが、これ程までに火力を増すのなら炎で内側から奴を殺す事を狙ってもいい。


 龍は大砲を破壊するように刺を発射し、それを避けるように俺は建物の陰に隠れる。

 大砲は都市を囲うような外壁の至る所に設置されている。

 次の大砲に移動しながら、龍の攻撃を受け流していく。


 次なる大砲へと辿り着き、龍に狙いを定める。

 先の一撃で右翼の付け根に損傷を与え、十分に動きを鈍らせる事に成功した。

 ならばと次は左翼の破壊を目論む。

 意識を大砲へと繋がる指先に集中させ、放つ。


 「―――ギャアアア!!」


 龍が身をよじらせ、明確に狼狽えた。

 そして奴の生存本能がこちらを殺そうと、2撃3撃と大砲の破壊を行う。

 即座に退却し、次の大砲へと向かった。


 追いかけてくれば、次の大砲で仕留める。

 森へと逃げていくのなら、御の字だ。


 そう思いながら街を走り、迫りくる刺をいなす。

 その刺は明らかに威力、数ともに衰えており、奴も疲弊している事を感じさせる。

 本来ならこれでも決定打となる攻撃法が皆無な事が奴のおぞましさであるのだろうが、今回はグロムの遺志である傷口がある。

 ならば仕留める事は十分可能だろう。


 奴は怒りに満ちた表情で吠えると、こちらへと距離を詰める。

 こちらも呼応するように全身に魔力を震わせ、炎魔法で迎え撃つ。

 そう、心構えをした時だった。


「な……!」


 龍の鬼の形相と振舞い。

 単調な突進かと思われたが、それは間違いだったと気づく。


「がぁ……はっ……」


 背後からの攻撃。

 それを察知し振り返る寸前脇腹に刺さり、その部分から猛烈な熱さを感じた。

 次に鋭い痛みが広がり、心臓の鼓動と共に血が滲んでいく。


 致命的な油断をした事に気が付いた。

 奴の刺の数が減ったのは、きっと奴が疲弊しているからだと思ったが、違った。


 その刺をダミーとして、外壁の死角を周るように残りの刺を飛ばしたのだ。

 そして突進。こちらの意識が奴へと誘導され、その不意打ちに気がつかなかった。

 戦慄すべき冷酷さと、魔物とは思えぬ狡猾さ。

 俺はどこか奴を侮っていたのか。


「ク……ソ……」


 追撃のその寸前。

 体を治癒し、一瞬のみ消えた痛みを活力に体をよじらせる。

 が、龍はこれを好機と見たのか翼を使いこちらを抉り殺そうと試みる。

 逃げなければいけない。脳では分かっているが、体が言う事を聞かなかった。


 無理やり風魔法で自分の体を飛ばし、回避する。

 強く全身を打ち付けられ、体中に激痛が走った。

 肋骨が軋み、肺が圧迫され、息を吸う事が出来ない。


 龍は無情にもこちらと距離を詰める。

 再び風魔法で回避を試みるが、打ち付けられた衝撃で意識が朦朧とする。

 体が働く事を辞め、脳すらも機能を停止しようとしているのだと分かった。


 龍が地鳴りと共に地上へ舞い降り、その瞳を向ける。

 俺はただ、可能な限り高火力で炎の弾丸を作った。

 イメージするのは奴の堅牢な鱗でさえ貫き、焼き尽くすほどの業火。

 だがそれをいともたやすく翼で受けると、奴の口角が上がったのが分かった。


 ここまでか。


 あっけない死に様だ。

 ただただ無情に続く痛みと、傷口に広がる熱さ。

 まだ戦闘を開始して20分と経っていないだろう。

 せめて、ミリーが003に辿り着くだけの時間は稼げただろうか。


 龍が大きく息を吸う。

 ブレスが来るのだと分かった。

 だが足はもう自分のものでないように感覚が無く、動かない。


 深い関係を否定し、あの日の傷口を抑え込むように生きてきた。

 どこかでそれを羨みながら、手に入れようとする事が出来なかった。

 俺には、お似合いの死に様か。


 目を閉じ、龍がブレスを放ったのが分かる。

 辺りが熱気に包まれ、風を感じた。


 …………

 ……


 妙な感覚だった。

 熱気をあまり感じない。

 熱風は俺の少し上を通るように吹き抜け、よく感じれば龍とは反対の方向から吹かれているような気がした。


 恐る恐る目を開けると、龍は鳴き声を震わせながら倒れ込む。


 ……死んだのか?

 視界の先では奴の腹に高精度の炎魔法が注ぎこまれ、もはや動かない。

 魔術師の増援だろうか。いや、それにしては早すぎる。


 炎が霧散し、視界が開けた。

 僅かに感覚のあった腕をよじらせ、這うようにして炎魔法の出所を見やる。


 ありえなかった。

 確かにあれはS級以上、見た事が無いレベルの高精度の炎魔法。

 範囲、火力共に異次元だった。

 だがそこで確かに手を構え、魔術を使っていたのは。


「ミリー……」


 少女の影で、無数の太陽の鳥が空へと羽ばたいた。

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