16話 「カイ、お風呂屋さんになる」

 2日目。

 平地を抜けうねった谷のような所に入り、そこでこの旅が続行不能になる可能性が出てきた。


 即座に魔術を展開し、相対した事の無い魔物に標準を合わせる。

 対象は猪のような突進能力を持つ魔物。

 厄介で、突撃のさなか案外きっちりこちらの動きを読み避ける嗅覚を持っている。

 風魔術を展開し勢いを殺そうとするが、独特なステップによって接近されてしまった。


「おいグロム、やれそうか」

「一々聞くなっての」


 ここはグロムに任せる事にする。

 グロムは突進をするりと躱し、奴の足を削ぐ。

 相性が悪いと思ったのか猪はこちらに向かってくるが、そこまでやってくれれば十分だ。

 1本の足を引きづるようにした猪の動きは数段読みやすくなり、それに炎の魔術で対抗。更に風の魔術で密閉状態を作り、奴を消し炭にした。


 そうやって対処し、倒した。

 ……のだが、旅が続行不能になりそうな本当の問題は、その魔物では無い。


「ごめん……足痛い……」


 ミリーがしゃがみこんでしまっている。

 そこに、数々の知らない魔物が押し寄せてきたのだ。


「な?カイ。俺の言った通りだったろ?」


 寝て起きて数段明るくなったグロムが、賭けは俺の勝ちだと言う。

 いや俺は何も賭けてないが。


 まぁ魔術を婆さんが勧めてたなら足腰に関するトレーニングはさせていないだろう。年齢を考えると妥当か。

 今日はあまり動けそうにない。昨日かなり移動したので今日はそれでもいいが、これを明日以降も引きずるとなると少し困るな。


 どうしたものか。

 治癒魔術は疲労には効かない。外傷を元通りにするのが治癒魔術なので、筋肉痛は方向性が違うだろう。

 だからといって解毒も違いそうだ。


 昨日は、体を休めるには不十分な休息だったのかもしれない。

 十分な疲労の回復には血行を促進させ、筋肉の緊張を和らげる必要がある。

 少し考えて、答えに辿り着いた。

 それをする簡単な方法が1つ、あるじゃないか。


 そうだ。最高の風呂を作ろう。


ーーー


 夜になり、拠点を作る事に。

 前回の意見を踏まえて広さや空間の形を改良していく。


 昨日のただのお湯コースでは数々のクレームをいただいた。

 クレーマーMからは


「ちょっと冷たかった……あと桶落とした時にこぼしちゃったから水が足りなくなっちゃって。自分で水足したよ」


 との声をいただいている。

 クレーマーGからは


「俺の時はあつかったぜ。あんな会話をした後だったから、カイの嫌がらせかと思うほどにな。……え、ほんとに嫌がらせじゃないよな?」


 との声をいただいている。

 ただのお湯なので俺も体を癒せた感覚は無く、正直俺も足が痛いと言えば痛い。

 歩けないほどではないが、魔術師に甘んじて走り込みなどはしていなかった。そのツケが来ている。

 その為、今日は内層民と何ら変わらない風呂を作るのだ……。


 指先に意識を集中させ、今日の拠点を作る。

 それとは別に、お風呂場となるもう1つの部屋。

 大きすぎても水が温まらないが、ちょっと奮発して大きくしてもいいだろう。


 きっとこれはいい風呂が出来る。

 集中。魔力を固めて。


「ねぇグロムさん。カイは、何してるんだろ」

「あん?ほっといていんじゃねぇの。カイは他人より色々考えてる上に、それをイマイチ喋ってくれねぇ時がある。あれはそういう時のカイだな」

「あ、そうなんだ……」


 水を溜め、容器の下に空間を作り、そこを炎魔法で温める。

 そして温度だ。ここが最難関であり、そこに対しての手立ても考えてある。


「おいグロム。来い」

「お、おぅ?俺か?」

「お前の感覚で、温度を調べろ」


 グロムに備わる触覚。

 これを使い、完璧な温度とする。


 グロムはお湯に指を入れ、確かめる。

 まぁこんなもんじゃねぇのと言われたので、その温度を維持するように火力を調整した。

 完成である。


ーーー


 ミリーが風呂から上がり、感想を告げる。


「めっちゃよかったよ。疲れとれた」


 今日の風呂は好評だったらしい。

 

「003に着いたら、カイはお風呂屋さんになるかもね」

「なぜそうなる」

「だって軍にまた入ったら危ないし、ちょっと楽しそうじゃない?」


 紋章持ちの魔術師が水回りの職に就く。

 そりゃあ評判になるだろうな。宝の持ち腐れとして。


「そんな事にはならないな」

「そうなんだ。じゃあ、向こうで何するの?」

「俺はミリーを置いて大丈夫そうなら、128に戻って外層の補強だ」

「やっぱり、帰っちゃうんだ」

「そうだな。俺の楽しそうと思う事はそこにある」


 ミリーは今、何を想っているのだろうか。

 故郷を離れ、見知らぬ人の中で暮らす事への不安か。

 それをあまりにも感じているのなら、俺が003にしばらく滞在して様子を見るのもありだが、別に俺もこの前出会ったばかりの男な訳で。そこまでされてもという感じだろう。

 彼女の純真さは人々と打ち解けられる才能であるように思う。

 きっと向こうのフローラ家とも直ぐに打ち解け、不安は無くなるだろう。


「まぁ、気が向いたら太陽の鳥で婆さんに手紙でも書いてやってくれ。婆さんも喜んで返すだろうな」

「うん……そうだね」


 そう会話してしばらくすると、今度はグロムが風呂から帰ってきた。


「こりゃいいな。下手すりゃ内層の風呂よりもよく出来てる。おめぇは風呂屋になってもいいな」

「お前もそれを言うのか」


 本当に天職の可能性が出てくるのでやめて欲しい。

 そう思いながら、グロムに飲水を要求された。

 コップを作るのがめんどくさかったので上を向いて口を開けてもらい、ざばーっと放り込んだ。

 俺は水道かなんかだろうか。


「そうだなぁ、次はちょっと甘い飲み物が飲みてぇなぁ」

「あ、なら私も!」

「やめてくれ。これ以上は飲み物屋になるだろ」


 手からは水か土を混ぜた泥水しか出ない。

 そんな蛇口にクレームが寄せられたが、これ以上飲み物屋に染まる気は無いので不満を浴びながら就寝した。


ーーー


2日目終了

移動距離18km

残り327km

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