わたしのチカラ

神在月ユウ

相手が悪かったわね

 それは、唐突だった。

 銃を持った男たちが、教室に入ってきた。


「なんだ、あんたら――」

 パァン――!


 中年男性教諭が撃たれた。

 普段は女子生徒をイヤらしい目つきで眺めている高校教師が、額に穴を空けて倒れた。


「キャァァァァァァーー!?」


 教室中が、悲鳴に満たされる。

 まさにパニックだ。

 女子が悲鳴を上げ、互いに抱き合い、男子が「マジかよ」と固まり、小刻みに震えている。


「今からここを占拠する」


 入ってきた男は5人。

 そのうちのひとりが、宣言した。


「お前たちは人質だ。反抗したら、殺す」


 そう言って、天井に一発撃った。

 一気に静まりかえる教室。

 剣道をやっているらしい朔夜くん(ちょっとかっこいい)が、最近転校してきたかぐやさんを抱き寄せて、ひそひそと話している。

 不安そうな女の子を励ましているのかもしれない。


「そこのお前っ、何話してる!」


 朔夜くんが銃を向けられた。


「ご、ごめんなさいっ」


 裏返った声を上げて、朔夜くんはかぐやさんの後ろに隠れた。

 かっこいいと思ってたのに、情けない。


 このままでは埒があかない。

 

「あの――」


 わたしは恐る恐る手を挙げた。


「と、トイレに…」

「我慢しろ」

「う、うぅ…」

「おい、連れてけ。立て籠もった先が糞尿臭くなるのは耐えられん」

「チッ、面倒な…」


 弱弱しい女子生徒を演じていると、リーダーと思われる男が禿頭の男に命じた。

 そして、わたしは近くのトイレに監視付きで連れていかれた。


「さっさと済ませろよ」


 禿頭の男が女子トイレのドアの前に立ち、わたしを見張る。

 しかし、便座の前で、わたしは動きを止めた。


「おい、どうした」

「あの、手が、震えて、脱げなくて……」


 男の正面でスカートをたくし上げる。

 男は舌打ちしながら両手をショーツにかける。

 右手は拳銃を手にしたままだが、当然引鉄ひきがねには指がかかっていない。

 男の顔が、わたしの股間の前に来る。


 ドガッ!


 瞬間、わたしは膝を顔面に叩き込んだ。

 呻きながら後ろに倒れる男に対して、足裏を顔面に叩き込む追撃をお見舞いする。


「さて、反撃開始ね」


 わたしは意気込んでトイレから出ていった。


「あ…?」


 すると、トイレの出口で別の武装した男が立っていた。

 どうやら二段構えでいたらしい。


「おま、なに――」


 わたしは瞬時に相手の足を払い、顔面を鷲掴みにして廊下に後頭部から叩きつけた。

 男は動かない。

 気絶したか、死んだかわからないが、仕掛けてきた相手が悪い。

 急いで教室まで向かう。


 教室の前で止まり、様子を窺うが、中は静かだ。

 だが、微かな物音から、同級生が後ろの方で固まっていることと、残りの武装男3人の立ち位置を把握する。


 教室の引き戸を体当たりでぶち破り、手前に立っていた男をドアごと圧し潰した。

 リーダーの男が騒ぐ。


「お前、さっきの…。坂木はどうした⁉堂本は⁉」

「どっちがどっちかわからないけど、ハゲならトイレの床にキスしてるわよ」

「てめぇ…!」


 拳銃が向けられるが、銃口の向きと引鉄にかかる指の動きを見て体を逸らし、放たれた銃弾はわたしを避けるかのように逸れていく。

 そのまま側転の要領で床に手をつき、逆立ち。

 スカートがめくれるが、構わず開脚して回転。まるでブレイクダンスのような回転によって両足が男の顔面に命中し、弾き飛ばす。


「なんなんだ、お前は⁉」


 残ったひとりが、震える手で拳銃を向けながら、舞踏のように大立ち回りを見せるわたしに言った。

 ほんの数分で4人が、たったひとりの女子生徒に制圧されてしまったのだから、そのセリフは当然だ。

 無双された屈辱よりも、驚きの方が大きいのが見ていてわかる。


「知る必要なんて、ないから」


 わたしは堂々と男の前に立ち、不敵な笑みを浮かべる。

 最後の男を制圧したのは、その数秒後のことだった。


「すごい、オオセキさんっ」

「かっこいい、コトリさんっ」


 同級生が集まってくる。

 普段は目立たないわたしだが、この時はヒーロー扱いだ。

 口々に、わたしの名前が呼ばれる。


 困ったな。

 静かな学校生活を送りたいのに。

 これじゃ、みんなの注目の的じゃない。

 これからの学校生活が騒がしくなっちゃう。

 でも、それも悪くないかも。


「コトリさん」


 そこで、クラスの男子が声をかけてきた。

 わたしがちょっと格好いいと思っている、小橋くんだ。


「実は俺、コトリさんのこと……」

「小橋くん……」


 熱い視線を向けられる。

 思わず、わたしも視線を合わせる。


「コトリ……」

「小橋くん……」


「コトリッ」

「小橋…くん…」


「起きなさい、コトリ!」

「……、んん……?」


 そこで、わたしは目を覚ました。


 目の前には、見慣れた天井と、ぱんぱんに顔を膨らませた母親。

 怒って頬を膨らませているわけではない。

 ただのデブだ。

 外に出すのも恥ずかしい巨体(横方向)だ。


「遅刻するわよ!」

「ん……、んんっ⁉」


 時計を見たら、8時10分。

 家を出るタイムリミットは5分。


 わたしは布団をはね除けた。


「なんで早く起こしてくれないのっ」


 わたしの主張に、母親は「何度も起こしたわよ」と返す。

 目覚めなければ起こしたうちに入らないと理解してほしい。


 洗顔――――そんな時間はない。

 トイレ――――そんな時間もないし、そもそも便秘中だ。

 朝ごはん――――大変遺憾であるが食べている時間はない。


 急いで制服を着る。

 うぅ、太腿がお腹に干渉して靴下履きにくい…!

 五分後、ドアに体当たりするように、家を飛び出した。


 ドカドカと走りながら、学校を目指す。

 身長160センチ、体重89キロの身には堪える。

 最悪な一日のスタートだ。


 頭の中は、既に今日の夜のことを考えている。


 また夢の中で無双したいな。

 みんなにチヤホヤされたいな。

 現実ではあだ名が『関取』、友達は腐女子ばかりだけど。

 夢の中では、わたしは無敵で、人気者だから。


 夜を待ち遠しく思いながら、わたしはひぃひぃ息を切らし、学校へ急ぐのだった。

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