勇者の苦悩
ひすいでん むう(翡翠殿夢宇)
三題噺「天下無双」「ダンス」「布団」
とある国に、天下無双の強さを誇る『勇者』と呼ばれる青年がいた。
勇者は魔王にさらわれた、許嫁でもあるこの国の姫を救うため、冒険の旅へと出発した。
旅の仲間は力自慢のマッチョな戦士、と強力な魔法を操る魔法使いの爺さん。そして紅一点、まだ見習いの若い僧侶。
勇者たち四人は姫がとらえられているという魔王の住まう暗黒城を目指し旅を進めた。
旅は過酷だった。
次々に襲い来るモンスターを爺さんの魔法で弱らせて、勇者と戦士の攻撃でとどめをさす。ひたすらこれの繰り返しだ。
もちろん時にはモンスターの攻撃で怪我をすることもあった。そんな時は僧侶の回復魔法で治療を行った。
戦闘には向かない彼女のことを勇者が体を呈して守ることもあれば、逆に毒に侵され生死の境をさまよった勇者を彼女が献身的な介護で助けることもあった。
ともに命がけの旅を進めた男女に特別な感情が湧きあがる。それは仕方のないことだった。
魔王の城を直前にして勇者と僧侶はついに越えてはならない一線を越えてしまった。
最後の決戦に挑む直前、宿屋の布団の中、緊張が最大限に高まっていた二人は一糸まとわぬ姿でお互いを求めあった。
「ああ、なんてことだ。もう魔王の城は目前だというのに……私は、何ということをしてしまったんだ……」
勇者は後悔の念に駆られていた。
「安心してください。このことは二人だけの秘密にしましょう。大丈夫です。私は二番でもいいんです……」
僧侶は優しく微笑みながらも、その瞳には決意の色が宿っていた。僧侶の瞳に一抹の不安を感じながらも、勇者は抱きついてくる僧侶のことを信じる他に方法がなかった。
勇者一行はついに魔王の城に乗り込んだ。
中で待ち受けるモンスターは今までとは比較にならないほど強力になっていた。しかし勇者にとってそんなことはたいした問題ではない。
今はもっと大きな問題が浮上しているのだ。
彼女はああ言ってはいたが、このまま姫を助けたらこれまでの旅以上に過酷な修羅場が待っているのは必至だ。今も背中に彼女の熱い視線を感じる。ある意味これはモンスターの攻撃より精神的ダメージが大きい。
よい解決策も見つからないまま、勇者は魔王の部屋までたどり着いてしまった。意を決して最後の扉をあけると、そこには黒いマントをひるがえらせる魔王の姿があった。
「勇者よ、よくぞここまでたどり着いたものだ。その努力に免じて、このわし自らがお前を地獄へ落としてやろう!」
「き、貴様こそ、この私が地獄に送り返してやるぅ……」
魔王の言葉に、自ら地獄に片足を突っ込んだ勇者が返す。
ここにきて背後から感じる不穏な空気は一段と濃くなっている。ちらりと僧侶を振り返ると「姫を助けた途端すべてをぶちまける」そんな意気込みすら感じる表情をしていた。
(このままわざと魔王に負けるのがいちばん平和的な解決なのではなかろうか?)
勇者はそんなことまで考えるようになっていた。
「勇者よ、何をおびえている?わしが怖いか?」
勘違いをした魔王の言葉で、ついに勇者は剣を抜いた。いくら考えても結論は出ない。もう後は倒してから考えようと、勇者は開き直っていた。
「いくぞ、覚悟しろ魔王!」
勇者が切りかかろうとする、まさにその時、勇者の前に立ちはだかる人影があった。
「魔王は殺させません」
両手を広げ魔王をかばうように現れたのは、まさに勇者たちが助けに来た姫、その本人だった。
「姫、何を?」
驚きを隠せない勇者を睨みつけ、姫は言った。
「彼は優しいのよ、とらえた私を気遣っていろいろ世話をしてくれるし、いつだってそばにいてくれる。ダンスだってお上手で毎晩優しくエスコートしてくれるのよ!貴方はいつも冒険、冒険ってちっとも私のことなんかかまってくれないじゃないの!」
ストックホルム症候群。誘拐犯と被害者の間に恋愛感情が芽生えることがある。
誰もいない城の中、常に二人で過ごしていれば恐怖のドキドキが、恋のドキドキに代わる。それは仕方のないことだった。
おわり
―――★☆★☆―――
読者皆様
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
共感いただけましたら☆作者フォローで応援よろしくお願いします。
*新作長編連載中
『女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語』
現代日本、仙台を舞台に安倍晴明の子孫と蝦夷えみしの末裔が活躍する。ローファンタジー!
https://kakuyomu.jp/works/16818622170119652893/episodes/16818622170123578645
約13万字、約45話。毎日、朝8時ころ更新中。
ぜひ、作者作品一覧からご覧ください(*´ω`*)
勇者の苦悩 ひすいでん むう(翡翠殿夢宇) @hisuiden
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます