転生トラックで何回轢いても秒で戻ってくる男

毛虫グレート

第1話 秒で戻ってくる男

「あー、はやくハンターハント読みてえ」


 凛子はトラックのフロントガラス越しに夜の街並みを見ながらぼやいた。

 インパネをちらりと見ると、20:30。仕事の時間がもうすぐだった。調整のために走っていた環状道路から外れ、公園の前の道を目指す。

 大型車両の免許を取った時には、こんな仕事をすることになるとは思いもしなかった。

 金がいい依頼に飛びついたら、異世界転生トラックの運転手という聞きなれない仕事で、とにかくやってみると、意外と簡単だった。

 車で人をはねることに抵抗はあったが、それもすぐに慣れた。なにしろはねた相手が消えてしまうのだ。もちろん事件になることはない。目撃者がいても、被害者がいないのでは事件になりようがない。事情聴取されても、結局ただの見間違いで済んでしまうのだった。

 それでも最初は、人の身体をはねた重みが、ズン、とハンドルを握る手に響いて、それがいつまでも記憶に残ってしまった。酒を飲んで忘れるようにしたが、それも昔のこと。今ではもうなんとも思わない。

 インパネに流れてくる依頼内容を確認し、指定の時間ぴったりに現れる対象をトラックではねる。これだけで飯が食えるのだ。

 誰がなんのためにやっているのかは知らない。とにかく今流行っているらしい。この転生トラックで人間をはねとばし、異世界に送り込んでしまうのだ。

 とは言っても、凛子は自分でその異世界とやらを覗いたことはない。だが、現実にはねた人が消えているので、どこかしら別の空間に飛ばしているのは確かだった。

 まあ、なんでもいい。

 凛子の意識は、今日の深夜にコンビニに並ぶはずの週刊少年ジャムプの新刊を立ち読みすることに飛んでいた。


「おっと、いけない、いけない」


 インパネを操作し、『転生モード』に切り替える。不慮の事故で、別の人をはねてしまい、予定外の異世界転生を起こしてしまわないように、直前まで『転生モード』は切っているのだ。

『JRA3210B』

 表示された文字列が、これからはねる人間が転生する異世界を表しているらしい。今まで200人以上をはねたが、一つとして同じ文字列を見たことがなかった。いったいどれほどの数の異世界があるのだろうか。


「さあて、今夜の担当はどんな世界に飛ぶのかなぁ」


 凛子はそううそぶいたが、そこになんの興味もなかった。ただ、人をはねるまえの緊張をやわらげたかっただけだ。

 公園の前の道に差しかかかった。人通りはほとんどない。街灯の先に、買い物袋を抱えたサラリーマン風の男の背中。

 インパネをチラリと見ると、3DCGで表示された人相風体が赤く光って、前方のセンサーが感知した人物が同一人であることを示している。


「はい。そんじゃ、景気よく行ってみますか」


 凛子はアクセルを踏んだ。特定の速度以下だと失敗することがあるそうだ。転生させられないと、ただ人をはねただけになってしまう。

 十分な加速を確認し、凛子は目の前まで迫った男の後ろ姿に、叫んだ。


「はいドーン!!」


 バシュン。

 確かに質量のある物体に激突した感覚。しかしその直後に、なんとも言いようのない違和感が空間を破裂させた。

 凛子はブレーキをかけ、後方を見る。さっきまで歩いていた男性はあとかたもなく消えている。持っていた買い物袋まで、消滅していた。

 以前、トラックに気づいて、驚きのあまり持っていた鞄を放り投げた人がいて、それは持ち物判定されなかったのか、現場に残ってしまったことがあった。

 その時は幸い目撃者がいなかったので、回収して証拠隠滅をしたが、もし通報されていたら面倒なことになってしまったかも知れなかった。


「今回は残留物なし。目撃者も……なし。オールオッケー」


 凛子は、インパネを操作して転生モードを切り、業務完了コードを打ち込んだ。


「さあ、コンビニコンビニ」


 シートベルトを締め直し、ハンドルを握った瞬間だった。予想外のことが起きたのだ。

 バックミラーに、男が映っている。ギョッとして、振り向くと、たしかにさっきはねたばかりの男だった。買い物袋は持っていない。しかし、服装はさっきのままだった。血まみれになっていたりはしていないようだ。

 男はキョロキョロしている。凛子は思わずトラックを発進させ、緊急連絡用の通信機に手をやった。


「あのー。なんか、はねたのに、戻ってきたんですけど」


『ハイ。コチラデモ確認シマシタ。稀ニアリマス。現実世界ヘノ回帰条件ヲ満タシテ戻ッテ来ルけーすガ』


 オペレーターの機械的な音声が、淡々と流れる。


「え。どうしたらいいんですか。私のせいじゃないですよね」


「ゴ心配ナク。スグニ、別ノぷろぐらむヲ組ムノデ、モウ一度、転生サセテ下サイ」


「もう一度って」


 言っている間に、インパネに転生モードへの切り替え指示が来た。対象はさっきの男。今度のコードは『NTR0930S』。


「お、Sクラスだ」


 思わずつぶやいた。転生場所を示す文字列全体の意味はわからないが、最後の文字がA,B,Cなどど、ガチャでよく見るパターンになっているので、凛子はなんとくなく、それが難易度だか、危険度だかを表しているのではないかと思っていた。

 さっきはねた時は『B』だったが、今度は『S』ランクだ。たぶん次の転生は確実に戻って来れないやつなのだろう。

 凛子は急いで広い公園の外周を走り、再び直線道路に入った。


(まだいる)


 男は、とぼとぼと歩いている。転生モードに入ると、駆動音が極小になり、加速しても背後から近づくと、まず気づかれることはない。その無防備な背中に向かって、凛子はアクセルを思い切り踏んだ。


「オラア! 転生!!」


 ガンッ、という衝撃。そしてバシュン、という消滅エフェクト。


「やったぞ。どうだ」


 ブレーキをかけ、振り向くと、裸の男が道路の真ん中にしゃがみこんでいた。

 まるでタフミネーターのジュワちゃんだ。


「嘘だろ!」


 わめく凛子の乗るトラックに、裸の男が視線を向け、そそくさと下半身を手で隠しながら、逃げていった。


「なんであいつ秒で戻ってくんの?!」


 凛子は緊急連絡通信をオンにする。


『確認シマシタ。計画ノ組ミ換エガ、必要ノヨウデス。今夜ハコレデ業務終了トシマス。オ疲レ様デシタ』


 オペレーターはそれだけを言って、通信を切った。

 凛子は納得のいかない思いのまま、業務用スーパーに寄って安酒を買い込み、アパートに帰るとそれを痛飲して眠った。

 コンビニでジャムプを立ち読みすることは忘れていた。



 それから、凛子と、異世界からなぜか秒で戻ってくる男との長い戦いが始まった。


 最初にはねた日の翌日から、毎日毎日、凛子の転生トラックに同じ男をはねる指示が来た。そのたびごとに、男は何食わぬ顔で戻って来てしまった。

 転生場所のランクも『S』から、『SS』、『SSS』、『HHH』などと(たぶん)上がっていき、しまいには『滅』とか、『万死』とかの露骨な漢字になった。

 しかし、そのどれからも、男は秒で戻ってきた。

 酷いときは、コンビニのアイスを食べながら歩いているところを後ろからはねたら、一瞬で戻ってきたかと思うと、そのアイスをまだ食べていたなんてこともあった。


「どうなってんだよ!! なんとかしろよ!」


『スミマセン。私モ、コレホドノ上級者ハ初メテデス』


 オペレーターも困惑していた。


「なんの上級者だよ! いっそのこと、転生モード切って轢いてやろうか。あの世からはさすがに戻ってこれないだろ」


 やけくそになって怒鳴った凛子に、オペレーターが『検討シマス』と言ったので、「ウソだよ。とにかく、これじゃあ、仕事が進まねえよ。歩合の成功報酬が入ってこないんじゃあ、やってられねえ」と愚痴った。


『報酬ニツイテハ、考慮シマス。コノ件ハ、上ニ報告スルノデ、二日ホド待ッテ下サイ』


 そうして、オペレーターからの連絡を待つ間、凛子はモヤモヤを抱えたままアパートで寝て過ごした。急に休みになっても、オナニーくらいしかすることがない。

 早めの夕食を食べたあと、手持無沙汰で、パチンコでも行こうかと腰を浮かしかけた時に、ふと思いついたことがあった、

 凛子は家を出て、久しぶりに自転車に乗った。向かった先は、トラックで何度も通った公園だ。

 運動不足を実感しながらペダルをこぎ、ようやくたどり着いた時には夜の八時を過ぎていた。

 いつも眺めるだけだった公園に入り、ベンチに腰かけて物思いにふけった。このわけのわからない生活を続ける意義について。人生について。ハンターハントの今後の展開について。


「あ、あいつだ」


 凛子は立ち上がった。

 毎日トラックで轢いている相手に、生身の身体で接近するのは、変な感じだった。みんなあまりそんな経験をしたことはないだろう。


「あの」


 凛子が正面に立って呼びかけると、男はハッとした顔で立ち止った。


「わかります? 私」


「わかりますよ。女性のドライバーは珍しいですね」


 男は落ち着いた態度だった。30歳くらいだろうか。凛子よりは少し年上だ。中肉中背。顔にも特徴がなく、印象に残らないタイプだ。


「ちょっといいすか」


 男はうなづいて、凛子を、さっきまで座っていたベンチに誘った。

 並んで腰掛けると、なんだか気恥ずかしくなって凛子は男から目をそらした。近くの街灯のまわりに蛾が飛び、バチッという音を立てている。


「異世界転生トラックには何度も轢かれましたが、運転手のかたと話すのは初めてです」


 男は苦笑した。


「あの。今までも、毎回あんなふうに、戻ってきたんすか」


「はい。もう慣れました。どういう選定基準があるのか知りませんが、僕はよく狙われるんですよ」


「ていうか、本当に異世界に飛んでるんすか」


「そうですよ」


 男は疲れたように笑った。


「なんで戻ってこれるんすか」と凛子は訊ね、すぐに「轢いた私が言うのもなんですけど」と付け加えた。


「ははは。本当にただの慣れですよ。例えば、最初にあなたに轢かれた時は、恐竜人たちが支配する世界に飛ばされました。恐竜人の呪術師と交渉して、元の世界に戻れるアイテムを手に入れたんです」


「それにしても早すぎないすか」


「転生した元の時間に戻れるんですよ。それはほとんどの異世界転生のルールです。恐竜人世界では、実際には5日ほどかかっています。ほとんどは言語の習得にかかった時間です。あなたにとっては一瞬のことしょうけど。ただ、異世界によっては、私の身体変化までも元に戻るかどうかは、ケースバイケースです」


「身体変化?」


「私は何歳くらいに見えますか?」


 落ち着いた口調に、大人の雰囲気を感じる。レディース上がりの凛子にとっては、周りにいないタイプだ。


「30すぎくらいですか」


「21歳です」


「年下かい!」


 思わず突っ込んでしまったが、あらためてその顔を見ても。21歳には見えなかった。


「戸籍上の年齢は、たしかに21歳です。しかし、異世界から帰還した時に、そのあいだ過ごした時間が巻き戻らなかった場合には、その分私の身体は歳をとってしまっているのです」


「え。じゃあ、10年とか、そのくらい異世界で過ごしてるってことっすか」


 凛子は、その年月を想像してゾクリとした。秒で戻ってくる、と思っていたのに、彼は、実際には途方もなく長い時間、異世界で現実に戻るための試練にさらされていたのだ。

 男は首を横に振った。


「身体変化が元に戻るかどうかは、ケースバイケース、と言ったでしょう? 現実世界に帰還した時に、経過した時間が巻き戻る場合もあるんですよ。トラックにはねられた時間、場所に完全に戻るんです。まるでなにも起きなかったみたいに。でも、私には、異世界で過ごした日々の記憶が残っている。むしろ、そのパターンのほうが多いんです」


「んん?」


 凛子は聞いた話を頭のなかで反芻し、整理した。


「じゃあ、年齢が戻らなかったケースが10年分あるとして、戻ったケースもあるとすると、いったいあなたは正味、何年くらい異世界にいたんすか、今まで」


 男は、真顔で答えた。


「さあ。数えたことはないです。でも、たぶん。3000年くらいは」


「3000?!」


 凛子は絶句した。


「環状世界のケイ素性知的生物に転生した時が長かったなあ。あれは本当につらかった」


 想像を絶する経験だ。


「じゃあ、あの。私がはねた2回目の、全裸で戻った時は?」


「ああ。あれは、東京駅の地下にある、ちびかわグッズのストアが増殖を繰り返して、地下街を埋め尽くし、駅全体がちびかわランドに乗っ取られた世界でした。さらに関東全域がちびかわランドに浸食されつつあって、僕はレジスタンスの一員として戦いに参加していました。1か月くらいですかね。まあ、なんやかやあって、戻れました。全裸で」


「ふざけた世界すね」


「でも、その世界では、それが現実そのものなんです。そこで人は死ぬし、涙を流します」


 達観したような口調に、重みがあった。

 凛子は、気まずくなって口ごもった。


「すみません」


「いや、あなたを責めたわけじゃないですよ。あなたがやらなかったとしても、別のドライバーに依頼が回っただけのことです」


 男は凛子を慰めるように言った。


「それに、最近はさらにコツを掴んできましてね。一昨日の転生なんか、すぐ戻れましたが、異世界でも20秒くらいしか経ってないですからね」


「アイスの時ですよね。あんなのどうやったんすか」


「一昨日のは、オズの魔法使いパターンでした。転生した場所に、帰還の条件が隠されている、というやつです。すぐに見抜けましたよ。慣れですね。逆に、そのタイミングを逃したら、詰んでいたと思いますが」


「『XXX』とか、『煉獄』みたいなランクの異世界でも、戻れない場所はないんですね」


「そんなランクづけされてるんですか。知りませんでした」


 驚きの連続のなか、凛子は喉の渇きを覚えた。自販機がなかったかと、公園内を見回そうとすると、目の前にお茶のペットボトルが差し出された。

 凛子は男の顔と、その手のペットボトルを交互に見る。さっきまでたしかになにも持っていなかったはずだ。


「なんで」


 凛子はお茶を受け取りながら訊ねた。


「言ったでしょう。身体変化は元に戻らない場合があるって。異世界で身に付けた技術が、元に戻っても使えることがあるんですよ」


「私の心を読んだんすか。好きなお茶の銘柄まで。ていうか、どこからこれを」


「ふふふ」


 男は懐からハンカチを出して、目の前で振ってみせた。すると、中から煙草の箱が現れた。


「どうぞ」


 差し出された一本を手に取ると、男は人差し指を突き出した。その指先に小さな火がともった。本物の火だ。凛子が咥えた煙草に、火がついた。

 その銘柄も、いつも吸っているものだった。


 まるで、魔法使いだ。


 凛子は、男が過ごした異世界での日々のことを思った。そこで得た、無数の知識、経験のことを。

 ふいに、疑念が湧いた。


「あの。どうして、今でも私みたいなドライバーに轢かれるんすか」


 この男なら、転生トラックに轢かれる前に、身をかわすことくらい簡単にできそうな気がしたのだ。


「……」


 男はいつの間にか手に持っていた缶コーヒーに口をつけてから、深いため息をついた。


「ずっと探している世界があるんです」


 意外な言葉に、凛子は驚いたが、不思議と腹に落ちるものがあった。


「わざと、轢かれてるんすか」


 隙だらけなわけだ。

 男は照れ隠しのように笑って、続けた。


「たしかに、いつかそこへ飛ばされることを夢見ています。でも、そのことよりも、私はいろいろな異世界を旅するのが、好きになってしまったようです。……今では、道草を楽しんでいます。大いに。ほしいものより大切なものが、そっちに転がっているかも知れません」


 凛子はその言葉に、聞き覚えがあった。少し違っているが、ハンターハントで、主人公の父親が言った名セリフだ。


「ジャムプ、読むんすね」


「ああ。ええ」


「私も好きなんすよ。ハンターハント。今ちょうど、連載再開してくれてるから、毎週楽しみで楽しみで。それだけのために、生きてるみたいなところあるっす」


「わかります」


「え。もしかして、その探してる世界って、ハンターハントの?」


 凛子の問いかけに、男は、首を横に振った。そして飲み終わった缶コーヒーを両手で挟んで簡単につぶすと、手の中でそれを捏ね始めた。あっという間に、缶コーヒーであったものは、生きたネズミに変わって、地面にそっと置かれると、走って逃げていった。

 それを見送りながら、男は口を開いた。


「さっき、戻れない異世界はないんですね、って言われましたが、実はあるんです」


「え。でも、戻ってきてるじゃないすか。現に」


 男は凛子の顔をまっすぐに見た。冗談を言っているような目ではなかった。


「その世界には、異世界転生トラックなんていう、ありえないものが実在しています」


「ん? それって」


「ここに来るまでは、私にとってそれは小説の中だけの話でした。私は、私のいた世界によく似ていて、そして少しだけ違う、この世界に、もうずっと囚われています」


 凛子は、ざわざわとした気配に周囲を見回した。公園内の樹々が、風もなくその葉を揺らしている音だった。


「私は、週刊少年ジャムプのハンターハントではなく、週刊少年ジャンプの、HUNTER×HUNTERの続きが読みたいんです」


 凛子は言葉を失い、息を飲んで男の顔を見つめていた。


「ここは、異世界なんですよ。私にとっては。それも、どうあがいても戻ることのできない、最高難易度の」


 男は、ベンチに座ったまま空を仰いだ。

 思わずそれに倣って見上げた夜空には、凛子の見慣れたクルミ座の星々が輝いている。その同じ空を、男は、異物を見るような目で見つめていた。




 完

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