KAC20255 踊るセールスマン

久遠 れんり

初めての体験

「君これを頼むよ」


 俺は天下無双の販売員。

 俺が売れば何でも飛ぶように売れる。

「だがしかし、これは……」



 対象のブツは、布団。


 基本は売る対象の機能を十全にお客様へと伝えることで、物を売る。

「そう、だがしかし…… 布団の機能と言えば、よく寝られる。体が痛くならない。後はメンテナンス性。丸洗いができるとか、軽いとか…… うーむ」

 布団の効果を皆に広める?

 寝る…… しかないのか? 

 いやきっと何かある。


 俺はきっと売ってみせる。


 考えたすえ、俺は頑張った。

 人の集まる駅前で、俺は踊りまくっている。


 俺の無重力ダンスで、人目を引きつける。

 これは前に靴を売ったときに、習得した技術だ。

 翼が生えたような軽い靴。

 馬鹿売れだった。


 そして、人が集まると、メガホンを取りだして語り始める。

 メガホンは、電気も使わず拡声できる優れものだ。

 内側に特殊な溝が彫られており、その反射が声の位相をそろえて大きく声を響かせる。


 無論声は、倍音を乗せて、人々の心に言いたい情報を伝える。


「皆様ご覧ください。従来の綿布団は良いものですが重かった。この最新型は羽毛布団よりも軽い。しかし、従来品の性能を保ったまま。無論丸洗いもできます」


 くっ。この時点で、集まっていた人の半数が、脱落し始めた。


「よし」

 すかさず、ハリセンを取りだした。

 当社比で、破裂音は三倍。だが衝撃は十分の一。

 突っ込み専用モデル。ハリセン・マーク三。


 パパンと、軽快な音が周囲に響く。

 打撃する度に、人々の心へと、わくわく波動が放出される。

 テンション爆上げの一品だ。


 動き始めた幾人かが立ち止まる。


 此処で、打楽器の一種、ヴィブラスラップを取りだして打ち鳴らす。

 この楽器は、トングのような形で、片側に木製の箱。そして反対側に重りの丸い玉が付いている。

 ガーという感じの連続音がする。


 これも緻密な計算がされて、心地がいい周波数で唸るようになっている。


 仕方が無い、踊りながら布団の紹介をすることにしよう。

 敷き布団の上で軽やかにはね、掛け布団を纏いながらクルクルと優雅に舞う。


 その途中で、回転をしながら切れ味抜群の包丁でリンゴの皮をむき、お客様に振る舞う。


 無論乗せている皿は超高級漆器。

 しっとりとした光沢、名品だ。


 受け取りながら、その高級漆器をクルクルと回し、BGMは懐かしの八十年代ミュージック。


 俺はとにかく頑張った。



 だが、その時はやって来た……


「はい、そこまで。動かないで。通報があってね」

 そう言いながら、テーブルに置いた包丁へ視線が向かっている。


「駅前の使用許可証と、身分証明書」

 そう職務質問だ。


 許可取りのときに、演芸の許可は取れたが、物販の許可が取れなかった。

 そしてさらに……


「あんた、包丁を振り回していたね」

 そう言ってじろり。


「はっ、いや…… お客様にリンゴの皮をむいて…… 」

 そう言ったが、当然許されない。

「考えたら判るだろうが、日中の駅前で、包丁を振り回せば危険だからね」


 言葉は優しいが、顔は笑っていない。

「荷物を持って付いてきて」

 俺は警察署へ、ドナドナされていった。




 だが…… 

「話しをする前に、布団のご説明を。このお布団は従来品と違いまして……」

 俺は天下無双の販売員。目の前に人が居ればお客様だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC20255 踊るセールスマン 久遠 れんり @recmiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ