布団屋と天下無双のバレリーナ
本を書く社畜
序章:布団屋の引きこもり
地方都市の片隅にある小さな布団屋「ふわり布団店」。創業50年を超えるこの店は、昔ながらの手作り布団を売りにしており、地元住民から親しまれている。だが、近年はネット通販や大型チェーン店の台頭で客足が減り、悠然とした静けさだけが店内に漂っていた。
佐藤悠斗は、その店の奥でひっそりと布団を縫い上げていた。18歳、高校を卒業してから半年が過ぎても進学も就職もせず、家業を手伝うふりをしながら引きこもり生活を続けている。彼は極度の人見知りで、店番は母親に任せきり。自分が前に出ることは避け、ただ黙々と布団作りに没頭する日々だった。
「悠斗、ちょっと手伝って! お客さん来たわよ!」
店の奥から聞こえる母親・陽子の声に、悠斗は肩をすくめた。客対応なんて苦手だ。どうせまた「布団オタク」みたいなことを言って引かれるだけだろう。そう思いながらも、仕方なく作業台から立ち上がる。
店内に出ると、一人の女性客が立っていた。その姿に悠斗は思わず目を奪われる。
長い金髪をポニーテールにまとめた華やかな美貌。スラリとした体型に動きやすそうなカジュアルな服装。どこか舞台映えするような雰囲気を持つその女性は、悠斗の目には非日常そのものだった。
「こんにちは。この店ってオーダーメイド布団も作れるんですよね?」
女性客――橘美咲は明るい声で問いかけた。その名前は全国的に有名だ。天才バレリーナとして数々の大会で優勝し、「天下無双」とまで称される実力者。そんな彼女が、なぜこんな田舎の布団屋に?
陽子が笑顔で対応する中、美咲は舞台用寝具について質問を重ねていく。その内容が専門的すぎて陽子では答えきれず、ついに悠斗が引きずり出される形となった。
「えっと……舞台用なら、軽量で保温性が高い素材がいいと思います。それと……」
悠斗は緊張しながらも、自分の知識を総動員して提案を始めた。美咲は真剣な表情で彼の話に耳を傾け、その目には驚きと興味が宿っている。
「すごいわね。そんな細かいところまで考えてるなんて、本当にプロみたいじゃない」
その一言に、悠斗の胸がざわついた。誰かから直接褒められるなんて久しぶりだった――いや、それどころか、自分の得意分野が認められたことなど初めてかもしれない。
美咲は彼の提案したオーダーメイド布団に興味を持ち、その場で注文を決めた。そして帰り際、ふと振り返ってこう言った。
「夢を追うって素敵よね。あなたも何か挑戦してみたら?」
その言葉は悠斗の心に深く刺さった。挑戦? 自分にもそんなことができるだろうか?
美咲との出会いは、彼の日常を静かに揺さぶり始めていた。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます