ふわふわの現実とちょっぴり怖い夢。

篠騎シオン

夢の世界へようこそ

あの夢を見たのは、これで9回目だった。


リンリンリンと私の意識をこっちに戻すベルが鳴り、現実へと帰還する。

私を守る、小さくて丸くて、でも全部がそろっている空間。

周囲を見て、ほっと一息つき、ちゃんと自分がいる場所を認識する。

私の居場所はやっぱりここだ。


体中に流れる冷汗が、夢の恐ろしさを物語る。

もう見たくないと何度願っても見てしまう恐ろしい世界。

ヒトの怖い顔、食べられないご飯、毎日毎日やってくる悲しいお仕事。


私は恐ろしい夢を振り払うように、もこもこの布団をぎゅっと体に巻き付ける。

途端に暖かくて柔らかい幸せの感触、なんとも言えない全能感。

天下無双な気分! ……ちょっと、違うかな?


手を伸ばせば綿あめのような甘いふわふわがあちこちに飛んでいる。

捕まえて口に含めば、これまた幸せが広がる。


「そろそろ、どこかに出かけようかな」


私がそう呟くと、どこからともなくたくさんの妖精さんたちが出てきて、私の身支度を始めてくれる。

水色のドレスに綺麗な編み込み、そしてワンポイントのアクセサリー。

あっという間に準備ができる。

妖精さんのセンスは今日もとても素敵だ。


彼女たちと同じような羽を取り付けてもらいながら、私は空中に浮いたタッチパネルをスライドさせて、お出かけ先を見繕う。


「ひな祭りのイベントがやってる!」


女の子は誰しもお姫様に憧れるものだ。

私は、そのイベントを目標にセットする。

すると、いつも通り私の世界はふわりと青い空間の中を駆け抜け、イベント会場へと到達する。

そこは自由な発想でたくさんのひなまつりについて作られた世界。

小鳥のヒナのお祭りや、純粋なひな祭り、恋愛ストーリー、ホラー……色んなひな祭りの世界が集結していた。


私はその中でも楽し気にダンスをしている一団に参加して一緒に踊りあかした。

あっという間に時間は過ぎ……、ううん、嘘。

ここでは時間がすぎない。

ここには永遠があって、延々と時間が進まなくて、ずっとみんな幸せで。

たまに望むと不幸のスパイスがもらえる、そんな完璧な世界。


完璧なはずだったのに。


それは、毎度起こってしまう。

私は望んでなんかいないのに。


トリの降臨。

小説サイトのトリが、私の妄想に終わりを告げる。


『そろそろ眠らないとダメだよ』



本当の現実に戻ってくる。

ワンルームの狭いアパート。机の上にはコンビニのケーキとカップラーメン。それから安い缶チューハイが何本か。

机の上の鏡を見ると、映るのは自分の覇気のない顔。

簡単に思い出せる。味のない現実。


一年に一度の誕生日、私は全力であちらの世界に浸る。

小説の世界にいるときだけはあっちが現実って思い込んで、ひっくり返して。

こんな苦しい世界は夢だと思い込んで。

9年前辛くてしょうがなかった誕生日に出会った、私と同じ日に生まれた小説投稿サイト。

ここに私はどれだけ救われてきたのだろうか。


けどもう、そろそろ卒業だ。投稿サイトも10年目になり、当時学生だった私もその分年を取った。

同級生は結婚したし、年の離れた弟には子供まで産まれた。

書籍化なんていう夢は捨てて、まやかしで現実を誤魔化さず次のステージに進まなきゃいけない。

もっと仕事に本腰を入れて取り組もうか。そうしたら、もう少し人の怖い顔を見ることもなくなるかも。


私はPCで青い箱のアカウントページをそっと開き、赤い文字に手をかける。

サイトの中での様々な思い出が駆け巡る。

新しい一歩。


クリックしようとした瞬間に、メールの通知のポップアップ。

興が削がれたとふっと笑いながら、メールを開くとそこには驚きの言葉が。


「書籍化の打診……?」


私の誕生日のその日。

トリが本当に降臨したのだった。

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ふわふわの現実とちょっぴり怖い夢。 篠騎シオン @sion

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