ダンスホールの謎
今井涼
ダンスホールの謎
昭和11年、華やかなダンスホール「銀星館」では、毎夜のように男女が華麗なステップを踏んでいた。世間ではオリンピック開催が決まり、東京が活気づいていた時代。しかし、その裏では国際情勢の緊張が漂い、人々は日々の不安を忘れるために、夜ごと踊り明かしていた。
その中でも、一人の男は「天下無双」と称され、圧倒的な人気を誇っていた。
だがある夜、彼は忽然と姿を消した。彼の名は黒川怜司。ダンスの実力はもちろん、その端正な顔立ちと柔らかな物腰で女性たちを虜にしていた。
翌朝、怜司の部屋に入った従業員は、布団の下に不審な手紙を見つける。そこにはただ一言——。
「今夜、最後のダンスを——」
怜司はどこへ消えたのか。事故か、事件か、それとも自らの意志か。ダンスホールはざわつき、警察も捜査に乗り出すが、手がかりは掴めない。
事件に興味を持ったのは、ホールの新人ダンサー・美智子だった。怜司に憧れ、彼のように踊れることを夢見ていた。
「どうして、怜司さんは消えたのかしら……」
彼の部屋を訪れた美智子は、細かな違和感に気づく。散らばった小さな紙切れ。床の微かな傷。窓の鍵の位置。そして、怜司が愛用していたシューズが見当たらないことにも気づいた。
ふと、美智子はホールの古い設計図を思い出す。かつて倉庫だったこの建物には、物資搬入用の秘密の地下通路があったという話を聞いたことがあった。
「まさか…」
その夜、美智子は誰にも言わず、通路の入口があるという倉庫跡を探った。そして、埃にまみれた隠し扉を見つけた。そこには、怜司の足跡が微かに残っていた。
怜司は、ダンスホールの秘密の通路を使って姿を消したのだ。彼はその存在を知り、計画的に姿を消した。
理由は、怜司が抱えていた借金問題だった。ホールの常連客であり、裏社会と繋がりのある男から逃れるため、怜司は自らの失踪を"事件"に仕立て上げ、誰にも知られず姿を消す計画を立てていたのだ。手紙の「最後のダンス」とは、彼の人生における最後の舞台であり、新たな人生の始まりを意味していた。
美智子は、その真実に気づきながらも口をつぐんだ。怜司の計画を暴けば、彼の逃亡は無意味になり、追手に見つかる危険があったからだ。そして何より、怜司の「最後のダンス」を尊重したかった。
「怜司さん、どうか無事で……」
その夜、美智子は怜司の最後のダンスのステップをなぞるように、ホールの中央で静かに踊った。
それが、怜司に贈る“別れの舞”だった。美智子はそのダンスに、怜司への祈りと決意を込めて——彼の秘密が永遠に守られるように、と。
ダンスホールの謎 今井涼 @imai_ryo
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