【KAC20254】過去形ガールフレンド

紙屋

僕は、あの時恋をしていた。

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 悪夢、と呼ぶにはあまりに穏やかな、けれど胸を締め付ける後悔の物語。今日こそ、終わらせなければ。


 約束の時間まであと1時間20分。

 俺はお気に入りのシャツと普段は堅苦しくて着ないジャケット、少しだけ細身のパンツ。普段はあまり着ない組み合わせだけど、今日の気分にはぴったりだと思った。

 服が決まったら、次は髪型だ。普段は適当にワックスで整えるだけだけど、今日はSNSでバズったのを参考に、少しだけ丁寧にセットしてみる。


「よし、これでいいか・・・」


 鏡の中の自分を見て、少しだけ自信がついた。

 準備を終えて、外に出る。そして大急ぎで、電車に飛び込んだ。

 約束の時間まであと40分。


 電車の中で、僕は夢の内容を反芻していた。それは、中学校時代の、甘く切ない記憶。


 彼女と出会ったのは、中学校の入学式の少し後だったと思う。きっかけなんて、今となっては曖昧で、隣の席だったか、たまたま同じ班になったか、そんな些細なことだったのだろう。


 彼女は太陽のように明るい子だった。


「悠人!!」


 何回も何回も話しかけられた記憶がある。俺はそれを少しだけ煩わしく感じたものの、彼女のおかげで、俺の中学校生活は色鮮やかなものになっていた。

 最終学年になり、クラスが別々になっても、僕たちの関係は変わらなかった。休み時間になれば、彼女はいつも僕のクラスに顔を出し、くだらない話で笑い合った。他の人から見れば、僕たちはただの友達以上の特別な関係に見えていたのかもしれない。でも、一緒にいることが心地よかった。


 そして受験。


 彼女は、県内3番目の進学校へ。

 俺は県内1の進学校へ。


 卒業式。

 人混みを避け、僕たちは二人きりになった。友達だから、それは当然の成り行きだった。しかし、用意していた言葉は、喉の奥に張り付いた小骨のように、どうしても吐き出すことができなかった。彼女もまた、何かを言いたげな表情で、僕の言葉を待っているようだった。

 結局、僕が口に出せたのは、卒業祝いに買ってもらったスマホの連絡先を交換しようという、ただの提案だけ。彼女がどんな表情をしていたのか、もう思い出せない。

 ただ、彼女の瞳に、ほんの一瞬、失望の色がよぎったのだけは、覚えている。

 それから、何度か遊びに行った。でも、高校生活が始まり、それぞれの新しい環境に慣れていくうちに、会う頻度も、連絡を取る頻度も、徐々に減っていった。そして、高校3年生になる頃には、完全に途絶えてしまった。

 友達から聞いた話では、彼女には彼氏ができたらしい。

 その言葉を聞いても、俺の心は、自分でも驚くほど、静かだった。

 もう、何も感じなくなっていたのかもしれない。

 それとも、ずっと心の奥底に閉じ込めていただけなのか。

 今となっては分からない。


『次は◯◯。◯◯。』

 降りるべき駅の名前で意識が引き戻された。

 俺はその駅を降り、会場に辿り着いた会場は中学校の同窓会のために貸し切られたホテルの宴会場だった。


 久しぶりに会う顔、顔、顔。


「おー!久しぶり!」

「元気だったか?」


 あちこちで声が上がる。

 俺は少しだけ落ち着かない気持ちで、彼女の姿を探した。

 そして、見つけた。

 あの日と変わらない、明るい笑顔。

 彼女は、俺に気づくと、少しだけ目を丸くして、こう言った。


「悠人だ!!めっちゃカッコいいじゃん!!」


 その声は、中学の頃と変わらない、明るい声だった。そうだ。話しかけてくれたのはいつも彼女の方からだった。


「あぁ。ひさしぶり」


 俺は努めて冷静な声で、あの時と同じ声色で返事をした。


「元気だった?」

「まあ、それなりに。」

「そっか。よかった。」


 彼女は、そう言うと、少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「お互いに大人になったわけだし、今日は飲も!」


 彼女はそう言って、カクテルを片手に微笑んだ。そのように微笑む彼女を俺は知らない。


「・・・そうだな」


 俺もそう言って、笑みを浮かべた。

 そして俺達は別れ、別の集団と合流し、思い出話に花咲かせた。

 チラリと彼女の方を見ると、楽しそうに笑う彼女の姿が見えた。その姿は少しだけ大人っぽく、そして少しだけ遠くに見えた。

(ああ、もう、あの日々には戻れないんだな)

 そう思った。

 同窓会が終わり、会場を後にする。

 駅までの帰り道、彼女と偶然2人きりになった。


「今日は、本当に楽しかったよ。ありがとう。」


 彼女はそう言って、微笑んだ。


「ああ、俺も楽しかったよ。」

「あのさ、悠人。私、結婚するんだ。」


 彼女はそう言って、少しだけ照れくさそうに笑った。


「そっか・・・おめでとう」


 俺はそう言って、精一杯の笑顔を返した。


「ありがとう。あのね、私、ずっと・・・」


 彼女は何かを言いかけたが、すぐに言葉を飲み込んだ。


「ううん、なんでもない。じゃあ、またね。」


 そう言って、彼女は走りだした。しかし俺はそれを止めた。そしてあの時言えなかった言葉を紡ぎ出した。


「俺、ずっと唯のこと好きだった。」

「え・・・?」


 彼女は、驚いた顔で立ち止まり、こちらを振り返った。


「ずっと、言えなかったんだ。中学の頃から、唯のことが好きだった。でも、俺は・・・」


 俺は、言葉を続けることができなかった。


「・・・」


 彼女は、何も言わずに、ただ俺を見つめていた。


「ごめん。こんなこと、今更言っても仕方ないのに・・・」


 俺は、そう言って、俯いた。涙がでてくる。気持ちに整理がついていた筈だったのに。


「・・・ううん。ありがとう。」


 彼女は、そう言って、微笑んだ。


「私も、悠人のこと好きだったよ?」

「でも、もう過去のことなの。ごめんね。」


 彼女はそう言って、再び走り出した。俺は、その背中を見つめながら、つぶやいた。


「・・・そっか。」


(ああ、これで、本当に終わりなんだな)


 俺は、そう思った。

 胸には、ぽっかりと穴が開いたようだった。

 でも、不思議と、後悔はなかった。

 ただ、少しだけ、切ない気持ちが残った。

 駅までの帰り道、夜空を見上げると、星が、とても綺麗だった。


 そして、前を向いて歩き出した。

 俺の、新しい日々が始まる。

 その時、ふと、彼女の言葉が頭をよぎった。


「私も、悠人のこと好きだったよ?」

(過去形、か・・・)


 俺は、少しだけ切ない気持ちになった。

 でも、同時に、温かい気持ちも感じていた。

 確かにあの時、彼女も、俺と同じ時を共有し、同じ気持ちを共有していたんだ。

 そして、今、それぞれの道を歩み始めている。


(これで、よかったんだ)


 俺は、そう思った。

 過去の想いは、大切な思い出として、胸にしまっておこう。

 そして、未来に向かって、歩き出そう。


 そうすればもう10度目の夢をみることはないのだろうから。


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 ご愛読ありがとうございました。面白ければ是非★評価お願いします。


 書いている途中で


 駅に着き、改札を抜けようとした時、ふと、足が止まった。

 振り返ると、そこには、少し息を切らせた彼女が立っていた。

「あのね、悠人」

 彼女は、少しだけ潤んだ瞳で、俺を見つめた。

「最後に、もう一度だけ、話がしたいの」

 俺は、何も言わずに、頷いた。


 みたいな、ドロドロの不倫物を書くところでした。



 普段は『消えた天才〜フッカツノネガイとつけられた競走馬〜』という物を書いております。よろしければ読んでください。こっちはちゃんとハッピーエンドで終わります!

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