第14話 涙

夏休みが終わって幼稚園が再開した。


この日に起こったことがさと子にとって、どのような出来ごとだったのか、健一には想像できない。さと子本人でなければ分からないだろう。


そして、この次の日、健一の精神は分裂してしまう。


この日、幼稚園でスカートめくりが流行った。


最初のうちは男児達もそんなに一生懸命ではなく、健一も適当に他の男児達がやるスカートめくりに参加していた。


多くの男児達はちらほらと女児達を追いかけ回すのみで、女児達も笑いながら逃げ回っていた。


でも、こういうことは次第にエスカレートしていくものだ。


スカートめくりに加わる男児達が徐々に増え、そして女児達も次第に嫌けがさしてきたらしかった。


昼食後からスカートめくりが始まって、15分くらい経った頃、主にスカートめくりをされていたさと子は怒り出し


「そんなにめくりたいなら、めくればいいじゃん! 」


と怒鳴ってしまった。


(おお!それじゃあ、めくろうじゃないか!)。


と誰ともなく言い出して、さと子のスカートを男児達みんなでめくり続けた。


さと子も


(めくればいいじゃん!)。


と言った手前、スカートをめくらせてパンツが丸見えになったまま、突っ立っていることになった。


しばらく経ってから、さと子はスカートをめくらせたままゆっくりと歩き出し、それに合わせて、20人弱の男児達が腰をかがめてさと子のあとを付いて行った。


さと子は教室を出て、教室と同じぐらいの広さがあるベランダへ移動した。


教室とベランダをつなぐ入口で、どういうわけか健一だけ立ち止まった。健一は複雑な気持ちだった。


さと子の目から涙がスッと流れ落ちたのが、遠くからだが健一にも確認できた。


1人の小柄な男児が健一の近くをヒュッと走り抜け、男児達の群れをかき分けながらさと子の後ろへ近づき、さと子のパンツのゴムを引き下げた。

さと子のお尻が見えた。

小柄な男児がパンツのゴムから手を離すと、さと子のパンツはポンと元通りになった。


小柄な男児は、今度はトコトコと健一の近くに戻り


「尻見て来たぜ」


と言ってクツクツと笑った。


健一はこの時点でスカートめくりを見るのをやめ、ベランダと教室をつなぐ入り口から離れて教室に戻り、1人で壁ぎわに座った。


普通の男児ならどうするのか……、大好きなさと子を守るため、必死でスカートめくりをやめさせようとするのか……、それとも、最後まで黙って見届けるのだろうか……、または、健一のようにその場から離れてしまうのだろうか……。


健一は教室に戻ってしまうべきではなく、たった1人で、20人弱の男児達と戦わなければならなかったはずだ。


そして、15分くらい、みんなは教室に戻って来なかった。


教室の中からベランダは見えない。


さと子はどうなっただろうと、健一はぼんやり考えていた。


別の女児の誰かが先生を連れて来たような気配があった。


先生の


「コラー! 」


と叫ぶ声が教室の中まで聞こえてきた。


男児達がぞろぞろとベランダから教室の中へ入って来た。


最後に先生も教室の中に入ったが、女児達はベランダで待機していたらしい。


先生は


「座れ! 座れ! 」


と叫び、男児達はノコノコと教室の床に座り、健一もなんとなく壁ぎわから離れ、他の男児達に混じって床に座った。


先生が


「何をやっているんだ! あんた達は! 」


と、もの凄い剣幕で男児達を叱りつけた。だが、男児達は何も言わず揃って床を見ているだけだった。


先生は


「もう二度とこんなことをするんじゃない! 」


と怒鳴ったが、男児達は無反応だった。先生は半ば呆れ声で


「そんなにスカートをめくりたいのなら、先生のスカートをめくりなさい」


と言った。


先生はおそらく40歳以上だったから、男児達のうちの1人が


「エ~っ」


と、ため息ともつかぬ小さな声を短くあげた。


先生はもうどうしようも無いといった感じをさせて、ベランダにいた女児達に教室に戻るよう指示をして


「さあ、もう午後のお絵かきをやりますよ。」


と言った。


それから健一はさと子の方を見ることができなかったし、さと子も健一に話しかけてくることがなかった。2人は珍しく幼稚園が終わるまで全く接触することが無かった。


いつもだったら、幼稚園が終わったあと、母やさと子のママが迎えに来るまで、健一とさと子はしばらく一緒に遊ぶのだが、その日はそれもなかった。幼稚園から帰る時も、方角が違うし、健一とさと子は別々に帰った。


スカートめくりの翌日、女児達は皆スカートを履かず、短パンを履いて幼稚園に来た。


ある女児が健一に向かって誇らしげに言った。


「もうこれで、めくれないでしょ」


健一は


(別にもう、どうでもいいのだがな)。


と思った。健一は特にその女児には何も言わず、その女児にくるりと背を向けた。


そして、さと子はスカートめくりの翌日、幼稚園に来なかった……。


その時、健一は嫌な予感がした。

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