第12話 思いやり

これから書くケーキについての出来ごとは、健一が知らなかったことで、後で母が隣家の鈴木さんから聞いた話を元にして想像したものだ。


大家さんの都合や家の老朽化等もあって、健一達の借家が取り壊されなければならなくなったらしい。


健一の一家は今まで住んでいたところから、歩いて10分ほど離れた別の借家へ引っ越すことになった。


その別な借家はさと子の家から幼稚園の向こう側にあった。


だから、もう健一と母は、さと子やさと子のママと一緒に、幼稚園へ行けないことになってしまった。


健一達家族がその別の家に引っ越しを終えたのは、健一の誕生日の前日、7月19日。


ところが、その翌日の7月20日、健一達が以前まで住んでいた家にさと子が遊びに来たそうだ。


しかも、健一の誕生日のために作ったケーキを持って。


さと子は、さと子のママに教えてもらいながら、一生懸命、健一の誕生日ケーキを作ったのだそうだ。


幼稚園も夏休みになっていたし、健一達も大家さんの都合に合わせて、あわてて引っ越したので、不運にもさと子のママが健一達の引っ越す日にちを勘違いしていたらしい。


今まで健一達が住んでいた家にさと子が来ても、その家にはカギがかかっていて、さと子もどうしたら良いか分からず、うろうろしていたら、隣家の鈴木さんが


「健ちゃんは引っ越しちゃったよ」


と、さと子に声をかけてくれたそうだ。


それで、さと子はケーキを両手に持ったまま、トボトボと自分の家に帰ったという。


この時さと子はどんな気持ちだったのだろう。


母からこの話を聞いた時、健一は胸を締め付けられるような気持ちがした。


ただ、さと子が可哀想だとか、この後さと子に何か埋め合わせをしようとか、さと子が苦しい思いをしただろうかとか、そういうことまでは、当時の健一は考えられなかった。


もし、健一がもっと、さと子の気持ちを想像して、さと子を慰めることができるような人間だったら、18歳になった時、健一は精神病にならなかったかもしれない。

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