第6話 健一……3歳の春
次の夏になると、健一もさと子も4歳になる。その前の春のうちに、そろそろ、幼稚園に通った方が良いのではないか、ということを、健一の両親やさと子の両親が考えていたらしい。
健一の家から歩いて5分ほどのところに、春日幼稚園があった。
さと子の家から出発すれば、途中に健一の家があって、その先に春日幼稚園がある、ということになる。
健一の母と、さと子のママは、早目に幼稚園の入園手続きを済ませていたらしい。
健一の母は
「健一、しっかり、さと子ちゃんの面倒を見るんだよ」
と健一に命じた。
(そっか、俺は男の子だから、女の子であるさと子を守らなくてはいけないんだな)。
と健一は肩に力が入った。
幼稚園に通う時は、さと子と、さと子のママが、健一の家に来て、それから、健一、健一の母、さと子、さと子のママの4人で幼稚園へと通う。
そんな毎日が始まった。
さと子のママと健一の母はもう気心が知れていて、幼稚園への道中、ペチャクチャ、ペチャクチャ……、どうでもいいようなことを、かしましく話していた。
その時、健一とさと子の小指が自然と触れあった。
健一とさと子はその後、どちらからともなく手をつないで、母達の前を黙ってゆっくりと歩いた。
さと子と手をつなぐのが心地よくて、この時間が少しでも長く続くように、健一はゆっくりと歩いた。
健一はさと子の手を離そうかとも思ったが、離さなかった。相手がさと子でなかったら、手を離したかもしれない。
しかし、不思議なことに、この時ばかりは
(さと子の手を離したくない)。
と健一は思い、それを実行した。
リンゴジャムや滑り台の件を考えると、健一は自分の欲望に素直でなかったはずだ。何故この時に、手を離さなかったのか。健一はさと子の心がどんどん自分に近付いてくるのを感じた。
とにかく、健一とさと子は手をつないだまま、黙って歩き続けた。
やがて、4人は幼稚園に到着し、健一の母とさと子のママは幼稚園の先生に挨拶をしてから、2人揃って帰って行った。
健一とさと子が手をつないでいると、それを見たある男児が
「手、つないでる!」
と叫んだ。他の男児達も
「仲良いなあ!」
等と、はやし立てた。
健一は思わずさと子の手を離してしまい、さと子の手は空中に何かを探しているような感じになった。でも、さと子もゆっくりとその手を下げた。
もしこの時、健一がさと子の手を離さなかったらどうなっていただろう。
健一は手を離したことを、とても残念に思い、自分の心の傷が少し深まったことを初めて実感した。
健一が手を離したのは、さと子を見捨てた、ということだ。
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