第4話 滑り台

赤ちゃんの頃、健一は母に乳母車でさと子の家に連れて行ってもらっただろう。そして、健一が3歳くらいになった頃からは、健一は1人でも、ちょくちょく、さと子の家に、歩いて遊びに行ったそうだ。


健一がさと子の家に行く途中の、生垣が長く続く道すがらの光景が、健一の心をなごませてくれた記憶が、18歳の健一にもある。


一方、さと子も、さと子のママに連れられて、健一の家に何度も遊びに来てくれたそうだ。また、やはり3歳くらいになると、さと子が1人で健一の家に歩いて来ることもあったらしい。


この辺からは18歳の健一にも記憶が大分残ってくるのだが、さと子の家の2階にある、さと子の部屋には、天井まで届きそうな室内用の滑り台が部屋の左半分にあった。


当時の健一はさと子の部屋にある滑り台のことを、もの凄く羨ましく感じたものだ。


雨が降っても滑り台で遊ぶことが出来るし、何よりも、自分の部屋に滑り台があるなんて、最高に贅沢じゃないか。


でも、不思議なことに、3歳の健一はその滑り台が、何か、変わった、お化けのように感じることもあり、忌まわしい、とさえ思ったこともあった。


何故、そう思ったのか、その時の健一には想像もつかないのだが、第6感……、というものなのだろうか。


そんなある日、健一がさと子の部屋に遊びに行くと、さと子は、滑り台のてっぺんまで通じるはしごを登っていた。


さと子が着ている、薄青いふわふわのワンピースが微かに揺れていて、健一はそのワンピースから目が離せなかった。それが、さと子によく似合っていたからだ。


さと子は健一を見ると、何かのドラマで子役にでもなれそうな、誰にでも好かれるような顔をニコニコさせた。そして、さと子は滑り台のてっぺんに勢い良く登った。


健一はさと子の笑顔が大好きだったのだが、健一だけではなく、男でも女でも子供でも大人でも、この笑顔を好きになることだろう。


健一がさと子の笑顔が大好きで、その気持ちがさと子に伝わったから、さと子は


(健ちゃんと一緒にいるとホッとする)。


と言ってくれた可能性もある。


さと子は


「健ちゃん、おいで」


と言って、健一も滑り台の上に登って来るように促した。


健一はドキッとして、そして滑り台に登りたかったが、健一のオカシナ習性で、健一はいつまでもその滑り台には登らなかった。


もし、健一が滑り台に登って行けば、さと子はきっと、健一と手をつなぐために、さと子の心を感じられるはずの小さな手を、健一に対して差し伸べてくれたのではないか。


けれども、さと子は滑り台に登ろうとしない健一のことを、一向に気にする気配も見せず、体の向きを戻して滑り台のてっぺんから、笑いながら滑り降りた。


さと子はいつも、このように健一を受け入れてくれた。さと子は健一のことを変だとは決して思っていないと、健一は感じていた。

さと子は健一のことで機嫌を損ねることが無いようだった。


健一とさと子が生まれたばかり……、赤ちゃんの頃から、さと子と会えなくなるまでずっと、健一とさと子の関係はそのようだった。

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