【KAC20255】死神とダンス
三毛猫みゃー
ラーメン天下無双
「ん? ここはどこだ?」
俺は寝ていた布団から起き上がり辺りを見回す。見覚えのない部屋に見覚えのない布団。六畳ほどの部屋に古いテレビが一つと、丸い小さなテーブルが布団の傍らに一つあるだけの部屋だ。
「あっ、起きられましたか?」
俺が起きたことに気がついたの、ガラス障子の奥から声がかけられた。
「はい、えっと俺はどうしてここに?」
そう声をかけると、ガラス障子が開いてピンク色のかわいいエプロンをした女性がお盆を持って部屋に入ってきた。
「覚えていませんか?」
女性は持っていたお盆をテーブルにおいて、その上に乗っていた水を差し出してきた。
「ありがとうございます」
水を受け取り一口飲む。すごくのどが渇いていた。何があったのか口がひりひりしていたが水を飲むことでそれも若干おさまった。
「もう一杯入れますね」
「すみません、ありがとうございます」
冷水筒から再びコップに水が注がれ、それを受け取り飲み干す。口のひりひりがおさまった。それにしてもどういう状況だろうか? えっと今日は確か……。
◆
普段は通らない道を通っている。俺は無双太一。長距離トラック乗りをしている。今日は後輩が急遽休むということで、手の空いていた俺が代わりに荷物を運んだ。最後の配達を終えての帰り道、このまま直帰の許可を取っているのでどこかで飯でも食って帰ろうかと思っていた。
「おっ、ちょうどいいなあそこにするか」
駐車場はほぼ埋まっていたが、大型トラック用の駐車スペースが空いていた。入口には列ができていて人気の店なのがわかる。
「店名は天下か。ラーメン屋で間違いないよな?」
列の最後列に並び順番が来るのを待つ。換気扇から豚骨スープのいい匂いが漂ってくる。待つこと数分店内に招き入れられる。
「空いている席へどうぞー」
元気な女性の声が聞こえた。その声に従い空いているカウンター席に座る。メニューを開いて真っ先に目に入ったおすすめを選ぶ。
「すいませーん、この天下ラーメンを一つ」
「天下一丁」
店員がそう奥へ声を掛けると威勢の良い声で「天下一丁」と返事が来る。
待つことしばし、カウンターの上にラーメンが置かれる。
「天下ラーメンになります。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「ええ、ありがとうございます」
「ごゆっくりー」
どんぶりをカウンターからおろして中身を確認する。汁は豚骨だろうか白濁のスープと少し太目の麺でできたオーソドックスな豚骨ラーメンに見える。まずはレンゲでスープを掬って口に運ぶ。
「甘いか?」
過去に食べた豚骨スープに比べると甘い気がする。マズくはない。続いて麺を箸ですくいズルズルと一気に吸い上げる。
「ぶふぉ」
熱い、いや辛い。そう感じ吹き込んだ所で俺は……。
◆
そこから記憶がない。もしかすると俺は麺を喉につまらせて死にかけていたのか?
もしかすると気が付かないうちに死神とダンスっちまっていたか。
「うふふ、死神とダンスなんて面白い人ね」
どうやら声に出ていたようだ。
「おう兄ちゃん目覚ましたか」
いつの間にか近くにきていた男が声を掛けてきた。ツルツルの頭にねじり鉢巻き。その声は厨房のほうから聞こえてきていた声とそっくりだ。つまりここは先程のラーメン屋でこの人が店長なのだろう。
「すみません、ラーメンを一口食べた後の記憶がなくて」
「わはは、気にすんな。兄ちゃんみたいなのは年に一人か二人はいるからな」
「そうなんですか?」
「おうよ、兄ちゃんこの店は始めてだろ? そんで店内の案内やメニューも対して読まなかっただろ?」
「えっと、まあ、はいそうです」
「だろうな。そうだな腹は減っているだろう、店はもう閉めたし時間が大丈夫なら改めて食っていくといい」
先ほどの麺を一口食べた時のことを考えると断ったほうがいい気もするが、断るのも失礼かと思い布団から起き上がり店長と店員の後についていく。先程の店内までくると先ほど座っていたカウンター席に案内される。
「ちょっとまっててくれ」
店長が厨房に入り、私の隣には女性の店員が座る。
「このお店の麺はね、すっごく辛いの」
「麺が辛いですか?」
「そう、珍しいでしょ」
「もしかしてスープが甘いのは」
「うん、よーくスープを絡めて食べるのがこの店の食べ方なのよ。ほらメニュー表にも書いているでしょ?」
完全に見落としていたが確かに書いている。改めて店内を見回すとそこかしこにそれっぽいことが書かれている。
「待たせたな。食い方聞いたか?」
「はい、ほんとうにすみません」
「気にすんな、それよりまずは食べてくれ」
パキリと割り箸をわり、麺をスープに十分絡めてから口へ運ぶ。恐る恐る麺を口に含む。辛い、だけどうまい。甘いスープが程よくからみ、麺の辛さがいい感じで薄まっている。だがすごく辛い。だが気がつけば完食していた。
「めちゃうまかったです」
「あったりめーよ」
「あはは、あなた顔が汗まみれよ」
店員が手ぬぐいで俺の額をぬぐってくれた。
「あ、ありがとうございます」
ラーメンの辛さで体が温まり汗が吹き出していたが、この体のほてりはそれだけではないのを自覚した。
◆
それから数年後、俺はラーメン屋にいた。店の名前はラーメン天下無双。数年ラーメン天下で修行をした後に、店長が引退するタイミングで店を受け継いだ。そして店名をラーメン天下無双に改名した。
それから更に数年。テレビの取材などでただでさえ人気だった店が更に盛況となった。店を拡張して店員も増えた。
そしてそんな俺の隣にはあの時の女性が共にいる。そしてその女性に似た娘が注文を受けている。実のところ天下のラーメンに惚れたというよりも、彼女に惚れたというのが真相だ。
「天下無双入りまーす」
「無双一丁」
今日もラーメン天下無双は盛況だ。
【KAC20255】死神とダンス 三毛猫みゃー @R-ruka
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