仏恥義理母見参!

紫月音湖*コミカライズ・電子書籍配信中

ヤンキー語は好きですか?

 春のぽかぽかとした日差しが降り注いでいる。絶好の布団干し日和だ。

 家族皆の布団を干して掃除機をかけ終えた頃に、洗濯終了の合図が鳴る。昨日は雨だったので、今日の洗濯物は二日分だ。手早く終わらせてしまおうと掴んだ黒いTシャツには、赤い文字で「愛羅武勇」と書かれている。その他にも「夜露死苦」や、「摩武駄致」と書いたものもある。全部私のTシャツだ。

 これはこの国、日本のヤンキーという人種が作り出した言葉だと夫が教えてくれた。


 私はイタリア人と日本人の混血で、結婚するまではずっとイタリアに住んでいた。夫とはイタリアで出会い、恋に落ちた私たちは、結婚と同時に日本に移り住んだのだ。

 父が日本人であるから、日本文化もそれなりに知っているつもりだった。けれどある時たまたまネットで見た「天下無双」という言葉の意味がわからず、夫に聞いたことがある。それが、私がヤンキー語にハマるきっかけとなったのだ。


 当時私は息子を産んだばかりで、そのあまりの可愛さに毎日が輝いて見えていた。夜泣きも大変だったけど夫とも協力できていたし、どんなに疲れていても息子の笑顔を見れば疲れなどあっという間に吹き飛んでいく。

 私の息子は、文字通り天使だった。息子の愛らしさには他のどの子も敵わないだろう。まさに天下無双。この広い世の中で比べるものがないほど優れていると、夫が教えてくれた意味にぴったりだ。そう得意気に言ったら、夫は少し唸って「ちょっと違うかな」と困ったように笑っていた。


 懐かしい記憶に、洗濯物を干す手が止まってしまった。

 愛らしかった息子も、今は高校生だ。ずいぶんと男らしく成長したが、母から見れば今も可愛い一人息子である。

「愛死天流」と私が刺繍した特注のおくるみの中で、小さな手足をぱたぱたと動かして可愛いダンスを披露していた息子の姿が脳裏によみがえった。その姿に頬を緩ませながら洗濯物を干していると、玄関の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。足音だけでわかる。コンビニまで出かけていた息子が、帰ってきたようだ。


「あ、おかえり。威李叉いりさ

「ちょっ……、何やってんだよ! 布団! 勝手に干すなって言ってるだろっ」

「だって天気いいから、つい」

「つい、じゃない! 外から丸見えだろ!」

「えー? 別にいいじゃない。天下無双布団」


 一人息子である威李叉の布団には、私が夜なべして天下無双の文字を刺繍してある。もうずっとこの布団を使ってくれているのに、未だに人の目に触れるのは恥ずかしいらしい。そういうところも可愛いと思ってしまうのは、もう親ばかと言われてもしょうがないだろう。

 そういえば最近、何だかいい感じの同級生がいるらしいとママ友の噂話で聞いた。何でもひなまつりペアとか呼ばれているらしい。一度息子にさりげなく聞いてみたら、耳を真っ赤にしてふて腐れてしまった。可愛いぞ、息子め。

 まだ付き合ってはなさそうだけど、そのうち家に連れてくることもあるかもしれないし、今のうちからいろいろと準備しておこう。

 まずはさりげなく……「走死走愛」と刺繍したコースターでも作りますか!



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