聖女として召喚されたけど魔法が使えない私はとりあえず眠ることにした

宮永レン

聖女として召喚されたけど魔法が使えない私はとりあえず眠ることにした

 目を覚ますと、そこは見知らぬ石造りの部屋だった。


「ここはどこ?」

 たしか新年度から残業皆勤中の私は、会社のデスクで仮眠を取っていたはずだ。


「リアルな夢」

 座り込んでいる石畳は冷たく、ごつごつとしている。


「おお、聖女様の召喚に成功したぞ! 聖女様、どうか我々をお救いください!」

 周囲に目を向けると大勢の白いローブを着た人々が、こちらにひれ伏していた。


「せ、聖女様……?」

 私は目をぱちくりとさせた。


「この国は長年の魔族との戦乱、ならびに病に苦しんでいるのです。どうか、聖女様のお力を使い、我々に聖なる加護を与え、魔族を討ち果たしていただきたい!」

 真っ白な顎髭を生やした神官みたいなおじいさんが、涙目で訴えてくる。


 ……とはいえ、私には治癒魔法なんて使えない。

 夢、ではないの?


 やっと就職できた職場が、ブラック企業だった。朝から晩まで働かされて、満足な睡眠もとることができずに、心まで疲れ果て、生きる気力も失っていた。


 来世は好きなだけ眠れますように――たしか仮眠の前にそう願った、と思う。


 もしかして、それがこんな形で叶ったの?

 いや、叶っていない。さんざん働かされてぼろ雑巾みたいになった私に、ここでもまだ働けとこの人たちは言っている。


「う……」

 絶望的な気持ちになって滂沱の涙を溢れさせると、人々がざわめいた。


「聖女様が我々のために涙を流しておられる!」

「慈悲の涙じゃ、ありがたい……!」

 人々は手を合わせ、その場に這い蹲って崇めてくる。


 私は自分の境遇に泣いてるんだってば。


「聖女様、寝床に横になったまま動けぬ者たちにもその慈悲を与えていただけませぬか?」

 さきほどの神官が泣きながら言ってきた。


 むしろ私が寝たいわ!

 ん、そうか。布団があるならそこで寝ちゃおう。

 私は気を取り直して神官の後をついていた。


 ところが――。


「こんな環境で寝たら、疲れも取れないし病気にもなるわよ……」

 寝床とは名ばかり。床の上に薄い毛布を敷き、そこに横になっているだけの人々。聞けば別に臨時で設置されたものではなく、これが通常の寝床だというのだ。


「この世界には、ふかふかの布団が必要よ!」

 私は拳を硬く握りしめ、大きな声で宣言した。


 こうして、聖女の力(という名の異世界知識)を駆使し、私は布団作りを始めた。

 羊毛を集め、布を織り、綿を詰めて……試行錯誤の末、ついに極上の布団が完成。


「これぞ、天下無双の布団!」

 この布団を使えば、誰でも安眠でき、翌朝には疲れが吹き飛ぶことだろう。


「おお! これは……なんと素晴らしい!」

「神の御心に触れているかのような安心感!」

「一生ここで暮らしたい!」

「なんというヌクモリティ!」

 人々は驚き、感動し、やがて布団の奇跡の噂はたちまち人の口を伝っていく。


 その後、私は布団の良さを広めるべく、『布団教』を創設し、さらに布団のアップデートにも余念がなかった。


 畜産家に依頼し、上質な羽毛を集めると、神極の羽毛布団を開発する。夏は涼しく冬は温かい。


「みんな、規則正しい生活をするのよ! 夜はちゃんと寝て!」

 教会の壇上に立ち、両手を振り上げると、純白の羽根が宙を舞った。


 そこに軽快な鳴き声が響く。純白の翼をもち、長い尾羽を引いて宙を旋回したそれは、私の肩に留まった。


「トリの降臨だ!」

 教会は喝采に包まれ、あれほど病で鬱々としていた人々の姿はもうどこにもなかった。


「どこか飛んできたのかしら。綺麗なトリさんね」

 私は、美しいくちばしを撫でる。


 人々に快適な睡眠を提供し、健康を促進する教えは国中に、いや世界中に爆発的に広まった。


「聖女様! 布団のおかげで病が癒えました!」

「ありがとうございます! 私も布団教に入信します!」

 こうして、私の周りには信者が増えていった。


 ある日、隣国の王子が訪ねてきた。


「聖女殿の布団の力、試させてもらう」

 彼は勇敢な戦士であり、武闘大会では『天下無双』の称号を持つ青年だった。


 私は彼に特製の布団を勧め、一晩寝てもらうことにした。


 翌朝——。


「すごい……体が軽い……」

 彼は目を輝かせ、いきなり私の手を取った。


「今なら、苦手なダンスも踊れる気がする! 私のお相手になっていただけませんか?」

 これはもしや、聖女が王子様と結ばれるとかいうやつでは?


「は、はい……」

 私は胸を高鳴らせて、もう片方の手を王子に伸ばした。


「待ってくれ。彼女はすでに俺のものだ」

 その声は私の耳元で響いた。


 驚いてそちらに目を向ければ、あの純白のトリが大きく翼を広げ、宙に舞うと、たちまち人の姿になった。いや、普通の人に翼は生えていないか。


「ま、魔王だー!」

 人々が悲鳴を上げ、私の手を取っていた王子もたちまち腰を抜かしてしまった。


「聖女よ。おまえの布団の寝心地に世界征服などどうでもよくなってしまった。これからも隣で眠らせてくれ」

 ゆっくりと降りてきた魔王は白銀の長髪を揺らしながら、私の前に膝をつき、手を取ってキスをする。


「えええっ!?」

 私は飛び上がりそうなほど、驚いた。


「さすが聖女様だ! ついに世界に平和をもたらしてくれた!」

「布団聖女様、万歳!」

「布団教、万歳!」


 なにがなんだかわからないけど、争いのない世界はいいことだ。


「俺と結婚してくれ」


「き……急に言われても困ります~っ」

 私はそう答えると、自室に駆けこんで布団の中に飛び込んだ。


 今までカレシなんてできたこともないのに、いきなりあんなイケメンを前に落ち着いて対応できるわけがない。


 でも、いつの日か――。


「魔王? それなら私の隣で寝てるわよ」

 と、言える日が来るかもしれない。


 布団教は、今日も多くの信者に支持されているのだった。




 ―了―


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