File.7 死神パルカ

(はめられた。迂闊うかつだった……。まさかガリが裏切るなんて……)


 痩身の男が去っていく足音が消えて間も無くの頃。


(いや……、こんな状況だ。そりゃ誰だって己の命が惜しいよな……)


 豹変してしまった仲間の裏切りと自身の甘さに憤っていた心はやがて消沈し、男は扉に背をつけズルズルと座り込んだ。


(自分の隣にはヨミがいた。恐怖も紛れたし、二人で協力して休憩も取れた……)


(その頃、あいつは独りでずっと気を詰めて、いつ陰から現れるかしれない化け物、恐怖に耐え続けてた……)


(再会したときにはもう心が壊れてたんだ。普段からキャラクターを演じることで恐れや本心を隠していたんだろう……)


(気付かなかった、気付いてやれなかった。責めることはできないな……)


(くそっ、自分がもっとちゃんと反対していればこんなことには……、いや、詮無いか)


(さてと、自分はこれからどうなる? 化け物どもに見つかって喰われるか、このままここで飢え死にか……)


(なんにせよ、本当にこれで詰み……)


 深く深く息を吐き顔を上げ後頭部で扉をゴンッと叩いて真っ暗な天井を仰ぐ。


 脳裏に浮かぶのは柿崎が引き摺られていく光景とこの小屋を覗き込む前に一瞬だけ見えた悲しみに満ちた顔。


 そして———


(走馬燈にしては最近の事すぎないか?)


 男が自嘲する。


「はぁ、よっこらせ」


 そしておもむろに立ち上がった。


「そうそう、そういや、あいつだけは必ず帰すって決めたんだったな」


 誰もいない真っ暗な小屋で男が独り言を呟いて笑う。


(柿崎もガリも化け物どもも己のやりたい事を自分勝手にやりやがって……。そんなら自分もやってやる!)


「動ける限り、やってやる———かっ!!」「に゛ゃっ!!」


 言葉と共に扉に足裏を繰り出す。


「…………」


 だが当然その程度で扉は開かない。


(いやいや、落ち着け自分。漫画やゲームじゃないんだから、こんな脳筋な行動で出れるわけないだろ! ちゃんと考えろって……ん?)


 違和感を感じた男が振り返り懐中電灯で暗い小屋の隅を照らす。


「今なんか……、猫みたいな……。声?」


 照らされた室内、雑多に置かれた木箱の向こうにあった灰色の何かが男の声に反応してビクッと跳ねた。


「…………」


「…………」


「……にゃ……にゃ〜〜ん」


「……ああ、猫か。猫ならいいや。さーてと、なんか使えそうな物はっと」


「〜〜っ。ざ、ざ〜んねんはずれ〜。ネコじゃありませ〜ん。正解は美少女死神のパルカちゃんでした〜」


 そんな叫び声と共に木箱の奥から飛び出したのはこの場に似つかわしくない灰色髪の可憐な少女だった。


(自分から出てきちゃったよ……、参ったな。今これ以上に厄介ごとが増えるのはちょっと……な)


「な〜んて……」


「ん? あぁ、お、おう……」


「…………」


 灰色髪の少女の登場と共に小屋の中に何とも言えない空気が生まれ沈黙が下りる。


(紫色の瞳にゴスロリ衣装……、外国人か?

まぁ化け物じゃないならなんでもいいか……)


「なに黙ってる! お前はなにゃ——っ」


「なにゃ?」


「な、に、だ!」


「何だ? あー、人間。だ」


「ニンゲン? あ、わかった! 怪異に呑まれちゃったんだ〜。愚かで無知な、ざぁこ、に、ん、げ、ん♡ アハハハハ、神ウケる〜」


 困惑する男のことを指差し灰色髪の少女が目を細め八重歯を見せつけて高笑う。


(何だこの娘……。今のこの村の状況分かってるのか? てか今、こいつの言葉……)


「ざぁこ、ざぁ〜こ♡」


(怪異……。たしかにそう表すのがしっくりくる……)


「ね、ねぇ……?」


(それに人間と答えたことに対する態度と浮世離れしたこいつの見た目……)


「ぉ、ぉーぃ」


(飛び出してきた時に言ったこいつの……。いやいやそんな馬鹿な……)


「んぐぐぅ……な、なんで黙ってる、の? おこった? ま、まさかほんとはニンゲンじゃない……とか? ないよ、ね?」


「なぁ———」


「きょわわぁっ!!」


「おわっ! ど、どうした!?」


 急に振り向いた男にその顔を覗き込んでいた灰色髪の少女が飛び跳ね驚き、それに釣られて男も驚く。


「び、びっくりさせるにゃ!!」


「いや、こっちのセリフなんだが……。な、なぁ、お前こそ何なんだ? ここで何してたんだ?」


「うわ!? ナンパだ、キモ〜い。まぁこの美少女新米死神のパルカちゃんにあこがれるのは分からないでもないけどっ」


「へー、ただの迷子か」


「うわっ、理解力ざぁこざぁこじゃん。パルカはし、に、が、み!! ちょーしこいたざぁこ怪異をぶっ殺すためにやってきた冥界の執行官」


「厨二病の迷子か。可哀想に、お大事に」


「うざ〜。そんなんだからニンゲンってざぁこばっかなんだ〜」


「…………」


「レスパも弱々じゃん。泣いちゃう? まぁいいやっ、パルカが無知で、蒙昧で、憐れで〜ざぁこざぁこなおまえに今ここで何が起こってるか教えてあげる!」


「! 何か知ってるのか!?」


「当然! パルカは死神だから!」


(死神、ねぇ……)


 灰色髪の少女が己の言葉に食い付く男の反応を見てふふんと鼻を鳴らし薄い胸を張る。


「じゃあ、この村はなんだ?」


「えっ? 知らな〜い」


「…………」


「?」


「あの化け物達は何だ?」


「わかんな〜い」


「…………」


「おい、おまえっ! 何っ、その目つき! 人に聞けばぜったい答えが貰えるとか思ってんの? ざ〜んね〜んでした〜世の中そんな甘くありませ〜ん」


「……じゃあこの赤い世界は?」


「“朱月あかつきとばり"」


「お? えっ? あ、あかつきの……、なんだって?」


 期待せずなげやりに放った問いにまさか答えが返ってくると思っていなかった男は慌てて聞き返す。


「あ、か、つ、き、の、と、ば、り。ちゃんと聞いてよ。耳までざぁこなんだ〜」


「何なんだそれ」


現世うつしよを閉ざして幽世かくりよを開く……結界。らしい」


 まるで講釈をするように灰色髪の少女が得意気に人差し指を立て話す。


 しかし少女の言葉の最後ついたそれは伝聞であることを示していた。


(現世を閉ざして幽世を開く結界? 幽世ってのは、たしか死後の世界とか妖怪とかがいるってされる世界のことだったか……?)


「一度入ると取り込まれて出ることのできない閉ざされた世界。まぁめったに“朱月の帳”が降りることなんかないんだけどぉ」


「珍しいことなのか?」


「並の怪異じゃムリ。よほどカルマを溜め込んだ怪異か、それこそどこぞの神とか〜」


「待て待て、カルマってのは?」


「はっ、ほんとな〜んも知らないで生きてるんだ〜ニンゲンって。神ウケる〜」


(いやいや、“カルマ”という言葉自体は知ってるが……)


「ふふ〜ん、しょうがないからタダで教えてあげる〜。カルマってのは怪異の“力”。保有するカルマが高まればより深い怪異となって時にはこ〜んな世界に干渉する結界まで作り出しちゃう、力の源みたいなもののこと!」


「そのカルマが高まる原因は?」


「色々〜、祈りられることや怖れられることで力をつけることもあるし〜。ざぁこニンゲンがざぁこなりに健気に頑張って筋肉や知識をつけるみたいな方法を使う場合もあるし」


「それは……、食事もか?」


「あ〜それもそう、むしろそれが一番聞くかも。効率的にはやっぱり食べることが一番手っ取り早いからっ、おまえ生贄って知ってる?」


「ああ……」


「さすがに知ってるよね。怪異にとってあれほど効率よくカルマを溜められる手段はないらし〜よ。なんたって祈り捧げられながら糧を恵まれるんだもん」


「……仮にもし狂った神がいたとして、そいつに生贄を捧げればどうなる? 大人しくなるのか?」


「いま言ったじゃん。当然、カルマを得て力が高まる。大人しくなるどころかますます増長するんじゃない?」


「…………」


「ま、生贄を求める時点でまともな神じゃないじゃん?」 


(案外まともなことを言うな)


「それで? 結局、朱月の帳ってのを終わらすにはどうしたらいいんだ?」


「原因になってるヤツをぶっ殺す」


「そりゃ分かりやすいな。お前がぶっ殺してくれるんだろ? とっととやってくれ」


「うわ、そうろ〜。そんな簡単にできるならやってるっつ〜の」


「せっかちを早漏と言い換えるのはヤメロ。何でだ? なにか条件があるのか?」


とばりを下ろすほどだもん。下ろしたヤツの性質とこの場所の成り立ち。あと神眷しんけんがいるかとかあー……めんどくさ」


「急にやる気なくすなよ。神眷ってのは?」


眷属けんぞく〜、直接神から祝福受けた〜」


(喋り疲れたのか完全にテキトウモード突入って感じだな……。しかし、存外に有益な情報が手に入った……)


(まぁ、厨二病の戯言って可能性も無いではないけど。今の状況自体が現実離れしてるからさもありなん、だな……)


(神を殺す……か、ご大層なことだ)


「じゃあまあ頑張ってくれ。できるだけ早く頼む」


「えっ!? ちょっと待って! おまえ! ここまで聞いといて手伝わないつもり?」


「悪いが、自分にもやることがあるんだ。いや、そもそもお前はここで何してたんだ?」


「うっ! ゔぅ〜」


(なんだ? このお子様はなにを唸ってる? あ、ああ〜そうか……)


「いや、あのな? 化け物の村っても、さすがにトイレはさがせ———ぐほぉっ!」


 怒りの前蹴りを腹にくらい男が息を漏らす。


「そんなわけないじゃん! デリカシー死んでんのっ?」


「ぐぉぉ……。じゃあ何でこんなとこにいるんだよ……」


「……ぃから……」


「は? いから? なんだって?」


「〜っ! だ〜か〜ら〜! 怖いから!!」


「…………」


 目を瞑り両手を握り締め力一杯放たれた言葉に男が絶句する。


「いや、お前さっき神をぶっ殺すとかなんとか」


「神はいい! 村のふいんきとヤツらが怖いのっ……だからっ! 手伝え、ニンゲン!」


「いや、自分はさっきも言ったが連れを探しに行かないとだな……」


「それ見つけてどうするの? ここでいっしょう暮らすつもりなの? バカなの?」


「お前協力させる気あるのか?」


「と、に、か、く〜。おまえはパメラに協力するしかないのー」


「分かった分かった。とりあえずまずはここから出る方法を考えよう。どのみちこの扉が開かないとどうしようもないからな」


「? そんなの開かなくても———」


 男の言葉に死神少女はキョトンとした顔でつかつかと小屋の端へ歩きそこにあった木箱をずらす。


「ここから出ればよくない?」


 そこには人が屈んで抜けられそうな穴が開いていた。


「普通に出口あんのかいっ!!」

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