File.8 村の成り立ち

(歩きづらい……)


 頑丈な小屋からさしたる労もなく抜け出した男が心の中でぼやく。


 理由は明白。


 その者の左半身に灰色髪の少女がまるでぶら下がるように取り憑いているからだ。


(ヨミも大概だったが、こいつはもうほとんど体浮いてるんじゃないか?)


 ガクガクと震えギュッと目を瞑り歩く自称死神の少女の姿にため息が漏れる。


「おい———」


「にょわ! にゃ、にゃに〜?」


「にゃにじゃない、歩きづらい。持つのはいいからもうちょい離れてくれ」


「く、くるしゅうない」


「いやいや、苦しいから! すそが引っ張られて首が絞まってるって! せめて目を開けて歩いてくれ。てかつむってた方が怖いだろうに」


「前を見る役目はおまえにまかせた……」


「任せんな! 急いでるって言ってるだろ!」


「だってそこら中にキモいのあるし、グチョグチョするし……。はぁ帰ろっかな……」 


「帰んな! じゃあもうおぶってやるから」


「おぶる? まさか!? パルカを背後から奇襲された時の盾にするつもり!?」


「んな重くて役に立たそうな盾はいらん」


「んなっ! パルカが重くて役に立たない敗北者だと!? はぁはぁ、取り消せよ、その言葉……」


「言ってないし。もうちょい声を抑えろ、あまり騒ぐと見つか———」


「ひっ———!?」


「こっちから声が聞こえルヨー」

「メスメスメスどこイッター」


 前方から現れた鼠顔のわらべ、男はその姿をいち早く見つけ死神少女の手を引いて物陰へと素早く身を隠す。


(言ったそばから早速おでましか……、しかしこっちには気付いない様子だ。このままやり過ご——— ん?)


 不審な動きに気付き男がかたわらに目をやる。


 そこにいた死神少女がギュッと目を強く瞑り耳を手で塞ぎ、大きく息を吸って———


「あーーあーー! きーこーえーなーいーー、なんにーもー見ーえなーい、きーこーえーなー——っん!? んー!? んーんー!」


「(ちょちょちょ、お前なにしてんの!?)」


 隣でわめき出した口を急いで塞ぐ男、死神少女がその行為に目を白黒させて暴れる。


「(なんなの? 敵なの? 呼んでるの? やめろ暴れるな暴れ———)」


 ———ガリッ


「——っい!? でででででででで——!」


 死神少女が己の口を塞いでいた手に鋭い犬歯を食い込ませた。


「なにすんの!」


「こっちのセリフだ!」


「アッチにいたってー」

「メス?」

「オス」

「チェーー」


 喧々轟々、見つかってもなんら不思議ではない場面であったが幸運にも難を逃れる。


(雄? もしかしてガリか? いやでもあいつならヨミと行動してるだろうし……)


「ちょっと急ぐぞ!」


 そう言って男が死神少女を肩に担いだ。


「えっ? うわっ! セクハラ!!」


「あ、そこの人骨、今動いた——」


「ひっ! み、見えなーい」




(いない……、遅かったか。いやそりゃそうか……。だが村の様子も朱月の帳とやらにも変化はない、まだヨミを捧げたってわけじゃなさそうだ)


 痩身の男の案で女と分かれた場所に戻ってきたがそこには何の痕跡も見当たらない。


「なになに〜もしかして置いてかれたの〜、神ウケる。ほらほら泣くぞ泣くぞぉ」


(移動したとして化け物の目は避けるはず……、となるとこっち———っ!?)


「無視するな〜〜。…………待っておいてかないで——わぷっ! 急に止まるにゃっ!」


 民家と民家の間、細い路地を抜けた先。


 そこにズタズタに喰い荒らされた痩身の男のむくろが転がっていた。


 ついばむように喰われた死体と血の海。


 皮膚と肉の剥がれた四肢から覗く白い骨と引き摺り出された臓物。


 両眼をえぐられ、顎を失い、頬肉を穿うがたれ、頭蓋を割られ、中身をすすられ、脳髄のうずいこぼれている。


「うっ……っ……っく」


 あまりに凄惨な光景に思わず吐き気を催した男、咄嗟に口を抑え必死に堪えた。


「うわぁ、ざぁこ〜吐きそうになってる〜。気ぃよわよわ〜♡ どれどれ〜なにが———」


 突然止まった男が顔をしかめて震えてる様子を死神少女が面白げに揶揄やゆし、自身も男の背から顔を覗かせ前方を確認して———


「ヒュッ————」


 その光景に息を呑む。


 そして————


「おぅぇぇえぇぇぇ……ゔぅぇ………」


 ビチャビチャビチャビチャァァァ————


 盛大なリバース。


「げろげろげろげろぉ……うぇ、うぇぇ〜ん……」


「いや、お前は我慢しろよ。色んな意味で」


 壁に手をついてしゃがみこみ、涙を流して嗚咽を漏らながら地面に吐瀉物をぶち撒ける自称美少女死神少女。


(まぁ、こいつの代わりに怖がってくれるおかげで自分は平常心でいられる。感謝だな)


 そんな少女の背中をさすりながら男は改めて死体に目を移す。


(ガリ……、苦しかっただろ。……ん?)


「どぼじだの゛?」


「休んでろって」


 何かに気が付きむくろへと近付く男。


(これは、日記? いや業務日報か)


 剥ぎ取られ周囲にばら撒かれた衣服の残骸の中から一冊のノートを拾い上げる。


(死体は一つ、なにがあったんだ……。ヨミ……、どこに行った……)


 落ちていた痩身の男の眼鏡を拾い、彼と行動を共にしていた筈の女の身を案じた。




「落ち着いたか?」


「うん……」


 民家の中ですっかり意気消沈してしまった死神少女に声をかけながら先程拾った日誌を捲る。


(1967年、石上畜産第一食肉加工場業務日報……。そうか、ここは屠殺場跡地だったのか……)


(しかし、不知村なんて単語はどこにもないな、至って普通の作業場……ん? 新聞の切り抜き?)


———石上畜産第一食肉加工場、作業員連続失踪および不審死事件の概要……


———家畜の凶暴化により捜査難航……。市は猟師を派遣して、これを鎮圧……


———現地にあった家畜の慰霊用御神体と共に埋葬……


(御神体と共に処理した家畜の埋葬!?)


「どーしたのー、ヘンな顔して〜。あ、元々か〜」


「怨霊の仕業か?」


「ひっ……な、なに? お化け!? ど、どこ!?」


(いや、単なる霊ではないな。村の化け物はなんか違う。強いて言うなら……)


 漏れた呟きに挙動不審を起こす死神少女を無視して男は思考を続ける。


(カルマによって変異した家畜動物の霊? 怪異とはそういうことか……)


(ということはやはり、この時埋められた御神体がこの怪異の、朱月の帳の……)


(そうなると破壊するのはキツイな、掘り起こすなんてことはまず不可能……)


「ね〜ね〜、何か分かった?」


「神ってのは土の中からも祝福をもたらすのか?」


「はぁ? 何言ってんの? んなわけないじゃん」


「ん? そうなのか?」


「あたりまえ〜。その姿を見せて威光を示さないと信仰なんて得られるわけないじゃん。ニンゲンはすぐ神の姿を想像して創造するでしょ?」


「ってことは掘り返されたのか?」


「なにが〜?」


(いや……、もしくは……)


(ヨミのことは気になる、だが現状どこにいるかわからない。それならばやはり元凶を取り除く為に動くべきか……)


 何かを思い立ったかのように男はすくっと立ち上がり民家の出口へと向かって歩き出す。


「おい! むしすんなー! ……。ねぇ、ちょ、ちょっと! 行くの? 待ってよぉ」



 村の奥地、古びた家屋の並びを抜けるとその先に平屋建ての作業場が姿を現した。


 男と死神少女はそのまま歩を進め息を殺して建物の中へと侵入を果たす。


「(こ、こわ〜……く、ない! ない!)」


「(何と戦ってるんだ? だから外で待ってろって言ったのに)」


「(ざぁこニンゲンににゃにができる。パルカが居なきゃ悪、即、死、のくせに!)」


「(意味が分からん。取り敢えず静かにしてくれよ?)」


「(うるしゃい!)」


 跳ねっ返りの少女に溜息を吐きかつて食肉加工場であったそこを進み———


「これは……」


「ひぃぃ……」


 天井から伸びるフックに吊るされた大量の死体が目の前に現れた。


 衣服が剥がされぶら下がる男女の遺体。


 裸で釣られた体は全てこっちを向き、顔はむこうを向いている。


(首を折られて絶命したか。あの女性たちみたいに……)


 その光景に男は数時間前に見た女二人組の最後を思い出した。


(顔にフックを突き刺して吊るされているな。口か目か……、どちらにせよ前からは見ない方がいいな)


「ゔぅ〜〜〜」


「パルカ———」


「ひぎゃっぅ!!」


「絶対振り返るなよ?」


「えっ、振り返る?————」


「あっ、バカっ————」


 男の忠告を秒で破った死体少女、その紫の瞳と吊るされていた女の片方の目が合う。


「きゃぁぁぁぁーーーー!!」


「お前いい加減にしろよ?」



 平屋の作業場にこだまする死神少女悲鳴だったが幸い周囲に化け物の姿はなく、囲まれてしまうという最悪のシナリオは回避された。


「ゔぅ、さっきのはおまえが悪い! あーいうふうに言われたらぜったい見るもん!」


「じゃあ見ろと言ってたら?」


「見る!」


「詰んでる……」


 釣られた肉には慣れたのか、足取りは重いながらも軽口を交わし進む。


 やがて二人の前に赤い光がガラス窓から漏れる鉄製の大きな扉が現れた。


「カルマ……。あれ、カルマの光」


 縮こまっていた死神少女が前方の光を指差しながら言う。


(引き戸の隙間から光と同じ色の、もや?)


「ちなみによわよわニンゲンにはこのモヤモヤはけっこう毒だったり〜」


「っ! ぶねぇ。それを先に言ってくれ!」


 扉に手を掛けようとしていた男が死神少女の言葉に焦って飛び退く。


「あはははは、必死すぎ〜、神ウケる〜」


「はぁ、ウケるはいいから。開けてくれお前は平気なんだろ?」


「とぉ〜ぜん、このパルカちゃんをざぁこざぁこニンゲンといっしょにしないでよね〜」


 フンスッと鼻を鳴らし薄い胸を張る死神少女。


「おまえはさっき外で待ってろーとか言ってたけど、ついて来てくれたパルカにカンシャするがいい〜、もしついて来てなければおまえはえいえんとここでムダに時間を潰して———」


「いいから早よ開けろ、無駄な時間を使うな」


「ほんっと口の聞き方をしらないヤツ〜、はぁ〜ウザ〜。早く終わらせてか〜えろ〜」


 不貞腐ふてくされた死神少女が投げやりにガーーっと勢いよく扉を開ける。


 そこには———


「ひょわーーーー!!」


 目の前に現れた苦しみに満ちた顔。


 頭だけになって卓に置かれた男と目があった死神少女が悲鳴を上げて退がっていた男の背に回り込み取り憑いて震える。


「っ!!」


 男にはその顔に見覚えがあった。


「柿崎……」


 それは豚巨漢に引き摺られ連れ去られた、あの軽薄な男、その頭だった。


 晒し首のように置かれたそれは恐怖に歪み凄惨な死に様を無言で語っている。


「ううううう〜〜……」


 男は頭を振って感情を切り替え背後の死神少女に視線を移す。


「おい、大丈夫か? 落ち着いたら前に出て見てくれ」


「ゔぅ、パルカは負けにゃい」


「はいはい凄い凄い。あれが神か?」


 男が指差す先、軽薄な男だった首の向こうに牛をかたどったと思わしき木製の置物が鎮座ちんざしていた。


「ん〜よくわかんに゛ゃい、でもこの怪異の元凶なのは間違いにゃい」


 柿崎と呼ばれた男の頭の横を恐る恐る通ってその置物に近付いた死神少女が噛み噛みの言葉で答える。


「そいつを破壊したら終わるのか?」


「ん〜、防護が成されてるっぽい」


「防護?」


神眷しんけんによる保護みたいなもの〜、ざ〜んね〜ん、神眷を殺さないと手が出ません〜」


「無理して煽るな」


(神眷、神眷ね。ああ、分かってるよ柿崎……。あの豚面ぶたづら、だろ?)


「神眷とやらに心当たりがある、お前はここで待機しておいてくれ」


「こ、ここで!?」


「なんだ? 死神様とあろうものがもしかして怖い、とか?」


「こ、こわ……く、な……。こわいぃ〜〜」


「ちょ、ここは強がれよっ」


 外聞もなく泣き出した死神少女が牛の御神体のそばから駆け出して男にすがり付く。


「化け物も死体も全部、こ゛わい〜よぉ〜」


「…………よく聞けパルカ。化け物たちは今、奉納の為の贄を探してる。つまりここには戻って来ないんだ」


「………うぅっ……」


「ここにいるのは襲ってくる化け物じゃない。憐れな犠牲者だ。怖がる必要はない、彼らの中には怨みはないだろ? ただ皆んな怖くて悲しいんでるだけだ」


「……っ」


「彼らの魂をしずめて安寧あんねいをもたらせられるのはお前だけだ。パメラ」


「ゔぅ〜」


「ここを頼む」


「…………分かった。でも……ゔぅ、なんでもない! さっさと行っちゃえ」


「ああ、じゃあな」


 怪異が消えれば現世と幽世かくりよ隔絶かくぜつされる。


 失敗したら死に別れ、成功しても別離の時。


 束の間の戦友、男と死神少女はあっさりと最後の別れを済ませ別の道を歩き出した。

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