自由のヒント[KAC20254]

ガビ

自由のヒント

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 俺、加賀光輝が女装をする夢だ。

 一応、言っておくと俺は男だ。


 だから、スカートやワンピースには縁がない。

 多様性がどうとか言われているが、影ではみんな、そういった性癖を持った人達を蔑んでいる。


 だって、SNSを見ていたら結局そうじゃないか。特にXとか。

 だから、この夢を見る度に思う。


(夢で良かった。現実だったら全てを失うところだった)


 それまで積み上げてきた友人関係も、俺に好意を寄せてくれているだろう片平ゆゆも、きっと離れてしまう。


 だから、俺は一生女装はしない。

しかし、青春力を持つあのイベントに、このルールは壊されてしまった。


「では多数決の結果、ロミオ役は片平ゆゆさん。ジュリエット役は武田倫太郎くんに決定しまいた!」


 性別が逆だろう。

 というツッコミを、俺はできなかった。


(どうして、こうなった。)


 俺は確認のために、30分前のことを思い出していた。

\



 しぶとい暑さが、ようやく大人しくなってきた9月の下旬、我が2年1組の文化祭会議が行われた。


 俺としては、変に工夫をしてスベるよりも、焼きそば屋でもやる方が良いと思っていたが、発言力のある女子の中に演劇部の安藤がいたがマズかった。


 大変なのは目に見えているが、安藤グループのゴリ押しにより演劇をすることになってしまった。

 しかし、不幸中の幸いは、脚本がオリジナルではなく定番のロミジュリであったことだ。


 ほとんどの人が知っている物語。

 故に、話としての完成度は高い。


 問題は、どの役割を担うかだ。

 できるだけ、目立たなくて楽なやつが良い。

 しかし、些細なこの願いも叶うことは無かった。


「じゃあ、まずはロミオ役! やりたい人いる!?」


「はい!」


 どうせ、誰の挙手せずに微妙な空気が流れると思っていたが、勇者が現れた。


 しかし、その声は男子にしては高い。

 声の主に視線を向けると、俺に気がある可能性のある片平さんだった。


「ゆゆ! え!? 男装するってこと!? 良いじゃん良いじゃん! 美人だし似合うんじゃない!?」


「出たよ。目立ちたがり……」


 クラス全体がザワザワする。

 そこには好意的なものから、嫉妬に近い悪感情もあった。

 しかし、当の本人は飄々としている。


「えっと。他にやりたい人いる?」


 安定の沈黙。


「じゃあ、ロミオ役は決まりだね。次はジュリエット! どうですか!?」


「はい!」


 またもや、瞬時に挙手をする勇者がいた。

 しかし、それは同一人物だった。


「え? 片平さん。さすがに1人2役は……」


 困惑する文化祭実行委員の飯野さん。


「あぁ。ごめんなさい。紛らわしかったですね。推薦したいんです」


「あぁ。なるほど。どうぞどうぞ」


「はい。加賀くんです!」


 ワァァァァァァ!

 と、やかましいほどに教室が沸く。


「加賀くんか。中性的な見た目してるし、良いかもね。男女逆転してるってのもウリになるし。加賀くんさえよければだけど」


 もちろん、断ろうとした。

 俺は目立ちたくないんだ。そんなのやるわけがない。


 しかし、気づいたらこう答えていた。


「やります」

\



 数日経った今でも、あの時の自分が分からない。


 あの選択をしたから、放課後になっても演技の練習をしなければならなくなった。

 しかし、1度引き受けてしまったのだ。

 やれることはやらなくては。


 慣れない演技は難しかったが、こういうのは恥ずかしがっているのがバレたら終わりだ。とにかく全力でやる。


「加賀くん。頑張ってるね!」


 監督の安藤に褒められる。

 捻くれ者である俺だが、褒められて悪い気はしない。


「衣装できたよー!」


 そんな中、家庭科部の白井さん一派が嬉しそうな声を出しながら教室に入ってきた。

 白井さんが持っている、白を基調としたヒラヒラしたドレスが俺の衣装だろう。


「ほらほら! 着てみて!」


 押される形で空き教室に押し込まれる。


「……」


 女ものの衣装を着る。

 繰り返し夢で見ていた、女装をする。

 そのことにドキドキしている俺は変態なのだろうか。


 服を脱いで袖を通した瞬間、何事にも変えがたい興奮を覚える。


 着替え終わり、ガラス窓に映った自分を見て、頬が赤くなる。


(これは……ヤバい)


 自分の姿に見惚れていると、ガラッと扉が開いた。


 片平さんだ。

 ロミオ役の衣装を着た片平さんだ。


「可愛いね」


 そう言われた瞬間、俺はこれを言ってもらうために生まれてきたのだと馬鹿らしいことを本気で思った。


 本当の自分を認めてくれた気がした。


「良かった。目覚めたらしいね」


 だから、次に続く片平さんのセリフの意味なんてどうでもよかった。

 ただ、もっと可愛いと言ってもらいたい。

 まるで、ギャンブル中毒者のように、それを望んでいた。


「おいで。可愛がってあげる」


 その声に逆らうことはできずに、片平さんに近づく。

 しかし、片平さんは俺が辿り着く前に、身体を無理やり抱き寄せた。


「可愛い。可愛いよ」


 男の格好をしているが、確かに胸はある。


 俺の雄としての本能が反応してしまうのが情けない。

 この距離だったら、片平さんにバレているだろう。


 必死におさめようとするが、厄介なアイツは言うことを聞いてくれない。

 このままじゃ変態と罵られても反論できない。


「良いんだよ。変態でも」


 しかし、片平さんはそんな俺すらも受け入れてくれた。


「みんな、隠してるだけで変なところがあるんだよ。加賀くんの場合がこれだっただけ」


 みんな。

 ということは、片平さんにも変わった趣味があるのだろうか。


 考えようとしたが、片平さんに唇を奪われて、思考力が完全に失われた。


「これからは、君は私のもの。良い?」


「はい……」


 俺は、トロンとした声でそう答えることしかできなかった。




-了-

 

 

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