わたしと夢と薄幸と
このめづき
第1話 わたしと夢と薄幸と
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
最初にあの夢を見たのは、確か小学校低学年の頃だったように思う。その日はわたしの7歳か8歳くらいの誕生日で、プレゼントを貰いケーキを味わい、普段は到底できない贅沢を存分に楽しんだ。
わたしは勿論、母も父も、写真立ての中の姉も、皆が笑顔だった。幸せで、ずっとこの時間が続けばいいと思った。その夜に布団の中で、わたしは初めてあの夢を見た。
翌日、父は亡くなった。
次にあの夢を見たのは、それから4年後だった。
父の3回忌が無事に終わって、母がようやく父との別れに踏ん切りをつけられたかという頃のある日、わたしが学校から帰ると、見知らぬ男性がいた。子どもながらに異様な気配を感じ取り、そしてそれは的中した。
母は、その男性との再婚を希望していた。聞けば、彼は母より年上なのだが、職場では後輩であり、ずっと懇意にしていたのだそうだ。父が亡くなった時からずっと母に気を配ってくれて、その健気な様子に段々と心惹かれていったのだそうだ。
わたしは反対しなかった。母はそんなわたしに、無理をしていないかと問い続けていた。無理もない。父が亡くなって3年もの間、わたしと母は互いに支え合って生きてきたのに、突然その中に知らない男が入ってくるというのだ。その状況からすれば、わたしが彼を拒絶したっておかしくはなかっただろう。
けれど、わたしが反対しなかったのは本心からだった。むしろ、賛成してさえいた。わたしが望んでいたのは、家族皆の幸せだけだった。何気ない日常、一家団欒が欲しかった。母の悲しむ顔なんて見たくなかった。彼が家にいることで母が笑顔になるのなら、わたしは喜んで彼を歓迎した。
それから彼も交えての生活が始まって、数ヶ月が経過した時、わたしはあの夢を見た。
ふと夜中に目が覚めて、それまで見ていたあの夢のことを考え、前にもこんな夢を見たなと思い出し、そして父との記憶が浮かんできて感慨深くなっていると、布団の傍に立つ人影に気がついた。それは、母の再婚相手だった。
わたしたちの仲は良好であったから、普段であればわたしは何とも思わなかっただろう。しかし、その時の彼のまとう雰囲気は、何だか奇妙だった。なにせ暗いから、表情まではよく見えなかったが、わたしが今までに見たことのない光が目に宿っているように見えた。わたしはわけもわからず、怯えた。すると、彼の手がわたしの服に触れてきて――わたしは、処女を失った。
それからすぐに母とあの人は離婚して、2ヶ月ほど経った頃だろうか、わたしはまたしてもあの夢を見た。
その翌日、母が職場で急に倒れ、救急車で病院に運ばれたと聞いて、わたしは授業を抜け出してお見舞いに向かった。溜め込んでいたストレスが祟ったのだ。幸い、しっかりと休養をとれば再び復帰できるだろうと医者には言われたが、それまでの生活費のあてはなく、わたしと母は途方に暮れた。
もう分かっていた。
わたしがあの夢を見ると、決まってその次には不幸が襲ってくるのだ。
あの夢が不幸の前兆なのか、それともあの夢が不幸を呼び寄せているのかはわからない。最初のうちは、幸福と帳尻を合わせるために、幸運な出来事の後に不幸が訪れているのかとも思ったが、父の死、再婚相手からの虐待、母の病と思い返してみれば、あの夢と不幸との関係をもう無視することはできなかった。
しかしそれはまあ、いいとしよう。
あの夢と、わたしの身に降りかかる不幸がつながっている、ということについては、もういい。神のいたずらとか、そういうことにしたっていい。
というか、夢が不幸を呼び寄せるのならまだしも、夢が不幸を予言しているというのなら、むしろ喜ぶべきなのかもしれない。
不幸を防ぐことはできなくとも、多少覚悟することができるようになるから。実際、身構えておくだけでショックが随分軽くなったこともある。いやまあ、何かが起こることはわかるのに何もできないというのに、無力感に苛まれることはあるが。
しかし、だ。
もう、そんなことどうでもいい……いや決してどうでもよくはないのだが、そうとさえ思ってしまうことがあるのだ。
なぜって。
「どうしてあの夢には『ゲーミングバナナ』を持って踊る姉が出てくるんだよぉおおおおおお!」
わたしは今日であの夢を見て9回目になるが、目覚めると同時にそう叫んでしまった。
ちょっと整理しようじゃないか。
まず、わたしはある夢を、人生を通して何度も見ている。その夢はおそらく、近い内にわたしに不幸が訪れるということを知らせるという、予知夢の類なのだろう。どういう不幸かはわからないが、とにかく不幸なのだ。それは経験則でもうわかっている。
だが、問題はその内容だ。
あの夢とは、虹色に光るバナナ、わたしが呼ぶところの『ゲーミングバナナ』を両手に携えた半裸の姉が、わたしの前で踊って踊って踊りまくるというものなのだ。
「頭おかしくなるわ!」
しかも夢らしく、見ている最中は視線をそらすこともできない。あの夢を見始めて4回目くらいから、あの夢は明晰夢となって、「あ、これ夢だな」とわかるようになったのだが、どういうわけか体は思うように動かない。
それはもう、拷問だ。
何が悲しくて、姉がどっかの部族衣装みたいな服を着て馬鹿みたいに踊る姿を延々と見なくちゃならんのだ!
誰だよわたしにこんな夢を見せてるやつは! 神か!? 誰でもいいから一旦出てこい! なんで予知夢でこんな内容の夢を見せることにしたのか、その辺について小一時間ほど問い詰めたい! もっといい夢絶対あったろ!
幼い頃は見てて楽しかったよ? 姉の踊りに合わせて夢の中で手拍子した記憶だってあるよ。でもさ、もうそういうので楽しめる年頃じゃないんだわ! こうなるともう逆に自分の精神年齢を疑い始めてるんだわ!
しかも、腹が立つことに、初めてあの夢を見た時に出てきた姉は12歳くらいの容姿だったというのに、さっきまで見てた夢ではどう見ても20歳超えているんだよ! なんで成長してんだよあいつ! 最後に会ったのいつだと思ってんだ! そして、そんないい年した大人がバナナ持って踊ってる姿を想像してみてほしい。……見ていてこっちが恥ずかしくなるだろう! なんだこれは! 共感性羞恥か!?
……ああ、ちなみに、書き方が紛らわしかったかもしれないが、姉は別に死んでないぞ。ずっと昔に、ちょっと事情があって親戚に引き取られていって、それ以来ずっとオーストラリアに住んでいるから、会ってはいないが。
ともあれ、久しく会っていないというのに夢の中に出演し続けているせいで、わたしの姉への好感度は年々下がる一方だ。もう顔も見たくねーよ。
……さて、目覚めてから布団の中でしばらくあの夢への文句を垂れ続けていたわけだが、ようやく落ち着いてきた。
そうして、一人マンションの一室にて、嘆息する。
どうしても最近は夢の内容の方に頭が向かってしまうが、この夢を見た後には決まって不幸がやってくる。今まで、その不幸を避けられた事例はない。どうあがこうと、不幸に襲われることは免れない。もはや、それは決定事項でさえあった。
だが……最近は、別に不幸を恐れてもいない。
今までに書いた、壮絶な不幸を見てきた者ならば、このわたしの姿勢に疑問を抱くかもしれない。
……その疑問には、あえてまだ答えず、ここで、4回目以降わたしがあの夢を見た時分と、その後に訪れた不幸とをダイジェストでご覧いただきたい。
・4回目:中学1年生。翌日学校にて、自分のお弁当を派手にぶちまけた。
・5回目:中学3年生。料理中に油がはねて左手を火傷した。後遺症はなし。
・6回目:5回目の翌日。料理中に包丁で左手を切った。痕はあるが完治済み。
・7回目:6回目の翌日。転んだ拍子に左の人差し指を強打した。ただの突き指。
・8回目:先月。電車で寝過ごして、目を覚ますとそこはどこか知らない駅だった。
しょっっっぼぉおおおおおおおおおおおおい!
しょぼいんだよ! なんで4回目以降急に規模が小さくなったんだよ! なんか不幸来なかったなぁとか考えて数日後に、「ん、もしかしてあれが不幸だったんじゃ?」みたいに気づくレベルの不幸しか来ないんだよ!
途中なんか3日連続であの夢見たし、しかも妙に左手への負担がでかかったわ!
というかっ!
避けられるだろこの程度っ! もはや単なるわたしの不注意じゃんっ!
父の命とわたしの処女と母の健康が損なわれたのはなんだったんだよぉおおおおおおおおおおお!
……ぜえ、はあ。
いいやもう。
わたしはいい加減に布団から出て、居間に向かった。
そうして朝食を作ろうとしたところで、昨日の夕食の高級寿司がまだ残っていることを思い出したので、湯を沸かすだけにとどまった。コーヒーを入れ、朝食を済ませたら、彼氏からのメールに目を通し、パジャマを脱ぎ、高級ブランドのスーツに身を包む。
……あの夢がわたしの特異体質か何かは知らないけど、最近何がムカつくってさ。
わたしは香水を軽く振りかけ、鞄を手にして靴を履く。勿論、香水も鞄も靴も有名ブランド物だ。そして外に出て、再び嘆息する。
「あの夢が関わってない時期は、基本幸運しか来ないんだよな……」
高校も大学も第一志望に受かったし、宝くじが当たってそれを元手に起業したら成功したし、恋人だってできたし。
清々しいほどに幸運しか来ないのだ。
そのせいで、すっごいいらない特殊能力があるのに、恨もうにも恨めない。
いや勿論、不幸しか来ない人生なんてもっと嫌だぞ。それは勿論。だが、文句を言う余地が一切ないほど幸運っていうのも、それはそれで嫌というか……自分がとんでもないワガママを言っていることは承知の上だが、もうちょい不幸でもいいんじゃないかな。
などと考えていたら、ガムを踏んだ。……はあ。これが今回の不幸っすか。
わたしと夢と薄幸と このめづき @k-n-meduki
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