第19話 友達枠

※彩音視点に戻ります※


 映画を観終わった朱音とわたしは、横長の椅子に座って吉田君と藤井君が出てくるのを待っている。


「映画観たあとって、テンション下がるのなんでやろな。色々共感したいのに、上手く言葉が出てこーへんっていうかさ」


 わたしが言えば、朱音もパンフレットを見ながら応えた。


「あー、分かる。めっちゃ話したいのに、何か、ぎこちなくなるよな」


「そうそう。あれってさ、わたしらだけなんやろか?」


「さぁ? 他知らんからな。吉田君と藤井君見たら分かるんちゃう?」


「せやな」


 よし、朱音とは普通に話せている。


 映画館で手を繋いでいた時に、手汗を気にしたり漫画のように映画館でキスなんてしたりするんだろうか……なんて変な妄想をしていたことなんて朱音は気付いていないだろう。


 まさか今1番話したくない男2人とお茶をするなんて思っても見なかったが、ホラー映画に比べたら幾らかマシだ。


「あ、2人出て来たで」


 朱音の言葉で映画館の入り口に目をやる。


「あれ? あの2人テンション上がりまくりやな」


「テンション下がるのあたしらだけみたいやね」


 吉田君がいつもに増して何かを語り、藤井君が顔を真っ赤にさせながらツッコミを入れているように見える。遠目からなので、内容までは分からないが。


「何話してるんやろ」


「彩音、気になるん?」


「いや、別に……男なんて所詮クズやし」


 そう、男なんて信用出来ない。


「それにしても、ホラー映画観てあのテンションはヤバない?」 

 

「違うもん観よったんかな?」


◇◇◇◇


 そして4人でワッフルのお店に入った。朱音以外は、若干緊張した面持ちで。


 メニュー表を見ながら聞いてみた。


「藤井君、甘いの大丈夫なの?」


 吉田君が甘党なのは、前回のファミレスで確認済み。だから、藤井君に聞いてみたのだが……。


「え、俺?」


「ハチミツたっぷりベリーのワッフルですね。繰り返します。ハチミツたっぷりベリーのワッフルで間違いないでしょうか?」


 既に注文した後だった。店員さんが2回も繰り返していた。


「はは……俺、カッコ悪。コーヒーにしときゃ良かった……飲めんけど」


 藤井君は机にガンッと頭をぶつけて項垂れた。痛そうだ。


 そのおかげもあり、場の空気が少し和らいだ。皆が各々好きなものを注文し、お冷やでひと息ついていると、項垂れたままの藤井君を見ながら吉田君が言った。


「藤井君って、見た目によらずシャイで面白いんよ」


「なッ、お前が過激過ぎるんじゃ」


「「過激って……?」」


 わたしと朱音がハモれば……。


「「おおー、ハモった」」


 吉田君と藤井君もハモった。


「「そっちもな」」


「「うわ、関西弁。尊ッ」」


 わたしら双子よりも息のあった男子2人。ついつい笑ってしまった。


「「あ、小鳥遊さん(彩音ちゃん)が笑った」」


 またまた男子2人がハモれば、2人は顔を見合わせた。


「今のは彩音ちゃんじゃろ?」


 藤井君が言えば、吉田君も言った。


「じゃけん、小鳥遊さんって……ねぇ?」


「う、うん」


 どうしたのだろうか、2人はわたしと朱音を交互に見た。


「こっちが小鳥遊さんで、こっちが朱音さん」


「こっちが彩音ちゃんで、こっちが小鳥遊さん」


「うん、どっちも合ってるわね」


 朱音が応えれば、点と線が繋がったよう。藤井君が吉田君の頭をわしゃわしゃかき混ぜた。


「お前、紛らわしいんじゃ」


「藤井君こそ」


「てことは、彩音ちゃんと吉田は……」


 ビシャッ。


「ごめん、こぼしちゃった」


 朱音が水を盛大にこぼし、藤井君の服まで濡れた。朱音は、急いでそこにあったおしぼりを取って藤井君の服を拭いた。わたしと吉田君も机の上を拭く。


「お姉ちゃん、気を付けてよ」


 朱音を見れば、何故か謝っているのは朱音ではなく藤井君。


「ごめんって」


「えっと、何で藤井君が謝ってんの?」


 藤井君はバツが悪そうに笑って朱音を見た。朱音は溜め息を吐きながら藤井君のズボンを指差した。


「あたしが拭いたら、これが勃ってん」


「なッ、違うじゃろ」


「たつって、何が?」


 キョトンと藤井君を見れば、顔を真っ赤にされた。


「うわ、マジで勃ったんちゃうやろな」


「ち、違うわ!」


 朱音と藤井君の会話を聞きながら、吉田君が何かをメモっている。


「吉田君、何書いてんの?」


「いや、今の藤井君のとこを小鳥遊さんに変えて描けば……って、小鳥遊さん!? これは違うんよ。気にせんとって」


 吉田君は焦ってメモをカバンに収めた。


「……?」


 怪訝な顔で見ていると、注文した品物の数々がテーブルに並べられた。


「お待たせ致しました。以上でお揃いでしょうか」


 それからは、ワッフルを食べながら吉田君と藤井君に私生活を細かく問われ、受け答えするという時間が続いた——。


「あたし、帰る前にトイレ」


「あ、僕も」


 朱音と吉田君がトイレに行ったので、自ずと藤井君と2人きりになってしまった。


「あ、彩音ちゃん。外で待ってよっか」


「う、うん」


「もう日が暮れとるね。親御さん大丈夫?」


 思った以上に4人で話をしていたようで、外は既に日が落ちていた。


「あー、うん。いつも2人一緒だからあんまり心配はされてないかも」


「そっか」


「……」


 気まずい。非常に気まずい。


 と思っていると、藤井君がガバッと頭を90度に下げた。


「彩音ちゃん、ごめん」


「えっと、藤井君……?」


「俺、別に2人が双子じゃけんどっちでも良いとかじゃないんよ」


「いや、でも。お姉ちゃんに告白して」


「あれは、彩音ちゃんが男不信に……」


「藤井君?」


 藤井君が頭を下げたまま黙ってしまった。かと思えば、1人でぶつぶつと何か呟いている。


「いや、ここで男不信じゃなくなったら吉田とくっついて……でも、俺も友達枠に入りたいし。でも、アイツとくっつくのも嫌なんよ。あれ? 俺はどうすれば良いんだっけ?」


「藤井君……?」


「と、とにかく! 俺は彩音ちゃんともっと遊びに行きたいんよ! ダメ……かな?」


「いや……」


 そんな捨てられた子犬のような目で見られたら断りづらい。


 言い淀んでいると、先に吉田君が戻って来た。


「藤井君、そんな顔しとるのに、もっとスマートに誘えんのん」


 吉田君は、カバンからパンフレットを取り出した。


「小鳥遊さん、卒業旅行行かん?」


「卒業旅行!?」


「小鳥遊さん、行きたがってたでしょ。卒業旅行」


 その言葉は憧れだ。中学時代は虐められていたので、そういう系のイベントとは無縁だった。そして、今回も友人から誘われたが、アルバイトをしていないわたし達のお小遣いでは到底無理で、断念したのだ。


 そう、お金がないのだ……。


「吉田君、ごめん」


「旅行って言っても広島県内じゃけん。お金は1人1万あれば余裕でお釣りが返ってくるよ。なんなら、藤井君がバイトするし」


「うんうん……って、吉田。お前がやれや!」


「良いけど、藤井君がバイトすれば、泊まりも夢じゃないよ」


「泊まり!?」


「男女別れて、安いビジネスホテルのシングルベッドに2人で寝ればさ……」


 藤井君が何か想像したのか、顔を赤らめた。そして、挙手をした。


「俺、バイトするわ!」


 そこへ朱音も戻って来た。


「何々? なんの話?」


「実はな————」


 卒業旅行の話をすれば、朱音は、藤井君と吉田君を交互に見た。


「彩音とは行きたいけど…….」


 渋った後、朱音はわたしを見た。


「彩音は? どうしたい?」


 正直なところ、卒業旅行はしてみたい。


 ただ、問題は吉田君と藤井君。さっきの謝罪と言い普段の気遣いと言い、もしかしたら、わたしが何か勘違いをしているだけなのかもしれない。


 だからといって完全に信用したわけではないが、それでも、今日一緒に過ごしてみて分かったことがある。


 それは、恋愛対象として見なければ、嫌悪感よりも楽しさが勝ったということだ。


卒業旅行してみたい」


 藤井君が驚いた顔をした。


「彩音ちゃん、それって……」


「チッ、友達枠勝ち取ったわね」


 朱音が呟いたのは聞こえなかった。


「お姉ちゃん、良い……かな?」


「彩音が行きたいなら仕方ないでしょ」


 こうして、4人で卒業旅行に行くことが確定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る