わたしのアイドル

黒墨須藤

天下無双のスーパーアイドル

 「アタシがアイドルになればいいのよ!」

 その言葉に、私はまたこの子はおかしなことを言い出したと思った。


 「ねえアルハラさん、いい考えだと思わない?」

 「誰よそのお酒で迷惑かけそうな人は」

 目を輝かせて言っているのは、隣の席のアイ。アイはバイタリティに溢れ……いや噴き出しているような子で、地味で慎重な私とは正反対なのだが、何の縁か因果か――こうして隣の席になってからは、よく話している。周囲からは【アイちゃん係】なんて言われているのだが、この底抜けに明るく、底が見えないエネルギーの、アイの相手をするのは嫌いではなかった。根暗な私としては。


 「古今東西、見た目良しの歌って踊れる無敵のスーパーアイドルってまだ出ていないじゃない?」

 そんなポンポン出てたら、無敵でもなんでもないじゃないの。もっともそういう話ではないのでしょうけど。

 「そうね、心当たりがないわね」

 「だから、なります!」

 そうメラメラと闘志を燃やすアイを見て、フッと失笑する。この子は、今度は何に影響を受けたのかしら。

 「それは良い目標が出来たわね。ほら見てアイ。先生も泣いて喜んでるわ」

 退屈過ぎて有名で、消費税より聞いている人が少ないと言われても無関心な先生も、泣くことがあるのね。


 「それでヴァルハラさん、さっきの話なんですけど」

 菓子パンを3つ平らげたアイは、渡したサラダをもしゃもしゃと食べながら、中断していたアイドルを目指す話を続けた。

 「実は先日オーディションを受けまして」

 そうだった、この子はそういう子だった。改めてアイのバイタリティに感服する。このオーディションなんですけど……と渡された資料には、誰もが知っている有名事務所の名前が書かれていた。

 「最終選考まで進んだんですが、落ちちゃったんです!」

 サラッと最終選考まで進んだ事実に驚いたが、正直アイの見た目は良いし、ちゃんとやればインターハイどころか、オリンピックだって出られる身体能力がある。むしろそれだけのスペックがあるのに、落とされたのか。

 それでまず、落とされた理由を考えてみることにして、試験の様子を聞くことにしたわけなのだが。

 「我が名はアイ! 天下無双のアイドルを目指してここに来た!」

 「……それ自己紹介でやっちゃったの?」

 インパクトが足りなかったかなぁと首をかしげるアイに、頭を抱えたくなる。インパクトは足りていただろう。足りなかったのは常識か。

 「アイちゃん、これアイドルユニットのオーディションだから天下無双はちょっと……」

 ああ! と納得したような様子のアイは、次に披露したというダンスをして見せる。それは見事な、ゆったり手を振る地元で最もポピュラーな盆踊りと、卓越した身体能力を活かした、リンボーダンスを……。よりにもよって、なぜその二つを混ぜてしまったのか。審査員も同じ顔をしていたと言うアイだが、絶対になって見せるという意志を、自己PRで見せたと言う。

 「だから私は、こう布団を持って……」

 「布団?」

 当然の疑問に、キョトンとするアイ。

 「だってほら、使うでしょって……あ、枕を持って行かなかったからかな」

 そこじゃない、突っ込むところそこじゃない。

 かくして、むしろなぜ最終選考まで残されたのか、不思議なオーディションだったらしい。

 その後私は、アイの身体能力を活かしたパフォーマンスを考えたり、トレーニングに付き合ったりと、忙しい学校生活を送ることになるわけだが―。


 「今、どうしてる? アイ……」

 舞台の袖であの眩し過ぎた日々を振り返る。


 「有原さん、スタンバイ良いですか?」

 呼吸を整え、スタッフに手を振る。

 スポットライトに照らされ、輝くステージが私を待っている。

 あの時、アイが言ったアイドルを目指す理由を胸に。

 「だってホラ、空から見つけやすいじゃないですか!」

 その言葉が今も胸に残る。


 「そりゃ、天下無双のアイドルにならなきゃね……」


 あの時、アイはもう私のアイドルなんだよって言えていたら、

 もしかしたら変わっていたかもしれないけれど。

 輝きたいと輝く君を見ていたから。

 

 「負けないくらい、輝くから」

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わたしのアイドル 黒墨須藤 @kurosumisuto

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